第二十四話、『自慢の息子』
『日常』編 【1/6】
大地に巨大な穴が開き、吸い込まれるように足場が瓦解していく。
地下帝国の崩壊。それを地上から眺める女が一人。
「これは……大変です!」
女は急いで連絡を取り、指示を仰いだ。
片手に収まるほど小さな通信用の魔道具で。
『……なるほど。地下帝国は崩壊した、か』
「はい……この様子では『次元の扉』を掘り起こすのも無理そうです」
『そうか。掘り起こせないのなら良い。あのまま奴らに占拠され続けるよりはずっとな』
いつも通りの冷静な声を聞いて、女は安堵する。
『それで、例の彼はどうした?』
「どうやら地下帝国の崩落に巻き込まれたようです。助け出した方がよろしいですか?」
『いや、助ける必要はない。死んだのなら「神器」だけ回収してくれればいい。だが、あの女からは絶対に目を離すな』
「はい。承知しております。ではこのまま監視を続行します」
『抜かるなよ。これは世界の命運をかけた戦争だ』
通信を切断すると、靡く海色の髪を抑え、静かに崩落を傍観していた。
世界連合。四聖神の一人。
東方統括軍大将にして『青龍』の名を冠する女。
スクルド=ノクティウスは、静かに奈落を俯瞰した。
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そこはモノクロの世界だった。
分厚い曇天。灰色の火煙。豊かな村は一夜にして灰と化し、焼け爛れた遺体がそこら中に転がっている。
「また来たのか」
後ろから陽気な声がかかる。
振り向くと、僕が最も尊敬する人物がいた。
不機嫌そうな顔で、倒壊した家の屋根に座っている。
「お前も懲りねえな。お前だって分かってんだろ。俺と母さんが死んだことくらい。それなのに何年も記憶に蓋をして、夢で思い出してはピーピー泣きじゃくりやがって」
「うん」
「まあでも、ちょっとはマシな面してんじゃねえか」
父さんが僕の顔を見て微笑む。
「あの光の精って父さん?」
「ああ? 馬鹿か、お前。死者が生者に口出しできるわけねえだろ。ありゃ、お前の驚異的な直感力を具現化したもんだ。言ったろ? お前には『力の流れ』を見る力があるってな」
力とは、何もそのままの意味だけじゃないのかもしれない。
自身が無意識のうちに使っていた驚異的な直感力。
最適な未来を選びとるための『道』を選びとる力。
「というかお前、いつまでソフィアの救出に時間かかってんだよ。お前まさか、ルナちゃんとのうふふな日々に現を抜かして――」
「忘れてねえよ。ちゃんと覚えてる。ソフィアは僕が必ず助ける」
「ならいいんだ。もしお前がソフィアを忘れてたら、化けて出て殴りに行くところだ」
「殴られるのは嫌だな」
でも本当にこの親父なら化けて出て来そうだ。
「これに懲りたら、もうここには来るなよ」
「うん。分かってる」
「俺と母さんのことはもう忘れろ」
「それはできないよ。絶対に忘れない」
忘れなきゃ前を向けないわけじゃないから。
父さんの言葉も。母さんの言葉も。
今でも僕という人格を形成する一部だ。
「……ねえ、父さん。僕は、二人が望むような息子になれてたかな?」
「はあ? 馬鹿かお前は。どうなりたいかはお前自身が決めることだろ。それにお前はいつだって、俺たちの自慢の息子だ」
父さんが光に包まれて消える。
その直前、誇らしげに笑っていた気がした。
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「あ、起きた! 大丈夫、お兄ちゃん!?」
見知らぬ天井。
視界の端から、緑の髪の少女が顔を出す。
僕を「お兄ちゃん」と呼ぶなんて一人しかいない。
「良かったです。ルノアさん……」
反対側から金髪の少女が覗く。
余程不安だったのか目尻に薄ら涙を溜めている。
「……ノノ。……アイリ」
「ほら、わたしの方を先に呼んでくれた!」
「そ、それはノノが久しぶりにあったからだよ!」
あれ? もう僕、興味ない?
僕の視界の中で二人の少女がいがみ合っている。
「二人ともルノア様が困っていらっしゃいますわよ」
「ラーファさん」
「ご機嫌いかがですか? 三日も寝ていらしたんですわよ」
「三日もですか?」
「はい。その間、二人はずっと看病していたんですわ」
ノノが得意げに微笑み、アイリが恥ずかしそうに目を逸らす。
「そっか。ありがと。二人のおかげで体調もいいよ」
布団から手を伸ばして、二人の幼い看護師を撫でた。
「えへへ。もっと褒めていいよ」
「別に大したことじゃないですよ……」
対象的な反応を見せる二人。
にしても、ラガスの時と比べてノノが元気だ。
いや、この天真爛漫な笑顔こそ彼女本来の姿なのだろう。
にしても、よく生きていたものだ。
あの崩壊に巻き込まれなかったのだろうか。
「というか、ルナは!?」
「ご無事ですわ。と言いますか、ルノア様を担いで這い上がってこられたのがルナ様ですのよ」
「……かっこ悪いな。また助けられたんだ」
でも結局、あの扉は調べられなかったな。
あのレベルの崩壊なら、まず掘り起こせないだろう。
でも色んな収穫はあったし、敵の輪郭は見えた。
「ラーファさん。あの後、どうなりましたか?」
「捕らえられていた者は皆無事でしたわ。幸運なことに、奴隷たちが収容されていた場所では落石の被害がなかったですので。今はギルドに保護してもらっていますが、目処が立てば故郷に返す予定です」
その他、ラーファが正確に状況を話してくれた。
流石に敵メンバーの安否までは分からないらしいが、ほとんどが崩落に巻き込まれているだろうとのことだ。
この三日間だけで、様々なことが上手く運んでいるようだ。
「……それとその、申し上げにくいのですが。あの後、ソフィア様について探ってみたのですが……めぼしい成果はありませんでした」
「そうですか……ラーファさんが申し訳なさそうにする必要はありませんよ」
そうは言うが、正直ショックはデカい。
完全にソフィアを探す手がかりが潰えたのだ。
「……そう言えば、ルナは?」
「ルナ様は今朝、飛び出していかれましたわ」
「……ッ! なんで!?」
まさか、あのことまだ気にしてるのか。
僕はベッドから飛び起きて、駆け出した。
全身の骨が悲鳴を上げている。
思えば、あの日だけで散々無理をした。
ラーファは追ってこなかった。
無駄だと知っているからだろうか。
どこかも分からない宿屋を飛び出す。
大通りは賑わっており、左右を見渡しても銀髪の少女は見当たらない。
「……なんでだよ! ルナ!」
「えっと……何かな?」
と、後ろからルナが声をかけてきた。
宿屋から出てきたのだ。
ラーファのやつぅ……。
「ビックリしたよ。急にルノアが飛び出していくから。良かった、目覚めんだね――って、うわっ!」
安堵すると全身から力が抜けた。
それをルナが力強く支えてくれる。
「まだ全然立てる身体じゃないじゃない!」
「いなくならないよな!? ずっと傍にいてくれるよな!?」
「き、急にどうしたの? いなくなんて……ならないよ」
力強く金色の双眸を見つめると、ルナが視線を逸らした。
あれ? やっぱり避けられてる?
そう言えばあの時、ルナに好きなんて言ってしまったな。
そんな、ルナとの妙な距離感に引っかかりながら、ベッドに戻った。
本気で暫くは動けそうにない。
ラーファからこそっと教えて貰ったが、本当にルナは出ていこうとしていたらしい。
それを全力で止めたのもラーファで、ルナが出ていくと僕がどんな反応をするのかルナ自身に見せつけたかったのだと。
結果的にルナが残ってくれていて、ラーファには感謝しかない。
「それで、あんなことって今までなかったのか?」
「うん……《龍化》ってスキルが私たち龍人種には備わってるんだけど、あれはまだ第二段階だし、我を失うことなんてなかったんだけどなぁ」
「長年の封印のせい?」
「そうかも……でもやっぱり、暴走してルノアを傷つけたのは私のせいで――」
「バカかお前は」
深刻そうに眉を寄せるルナにデコピンする。
こんな弱々しいルナは見たことがない。
「ルナが生きてくれて良かった」
ただ、それだけ。
僕も怪我はあれど生きている。
結果的に捕らえられていた人は全員無事で、天族の里で魔法陣を打ち消した過誤もこれでチャラだ。
結果オーライ。終わり良ければなんとやらだ。
沈んだ表情のルナの頭を撫でると、突然席を立って、慌てたように部屋を飛び出して行ってしまった。
やばっ。調子に乗ってしまった。
小さい頃、お母さんに頭を撫でられると安心したら、他人の頭を撫でる癖があるんだよなぁ。
「ふふ」と、その様子を見てラーファが微笑みを零す。
「……僕、避けられてます?」
「いえ。ルノア様はもう少し、女心を学ばれた方がよろしいですわよ」
「はあ……」
よく分からないが、ラーファが言うのであればそうなのだろう。
そう言えばソフィアにもよく怒られていた。
兄のように接するのも時には良くないのかもしれない。
その後、二人の小さな看護師の献身的な看病の甲斐あってか、順調に回復に向かった僕は、天族の里へと向かった。




