第十八話、『牙』
『奴隷商会』編 【3/8】
《視覚共有》とは本来、身近な人の視覚にアクセスするだけのスキルだったが、アイリのそれは、距離的な制限が存在しなかった。
その記憶をなぞるように移動し、正確な位置を割り出していく。
「にしても凄い記憶力だね」
「あ、はい。天族は思考することに長けてますから。あ、そこを右です」
僕はアイリを肩車しながら、早歩きで進んだ。
馬車で連れ去られたので、かなり遠くまで運ばれているはずだ。
そんなこんなで、5日もそれを繰り返した。
ユシィが「暇じゃ暇じゃ」と駄々をこね始めた。
その様子にアイリが申し訳なさそうにしてるし、もうどっちが子供か分からないな。
「ゆっくりでいいよ、アイリ」
それに当たり前だが、視覚共有ということは、アクセス先のその人が見た光景しか見れないのだ。
外が暗かったり、眠っていたりすれば、その間は見ることが出来ない。
それに長時間スキルを使うと頭痛がするらしく、全ての視界を見ていたわけではないらしい。
曲がり道のない街道ならいいが、多くは聞き込みや地理的な想像力で補わないといけない。
それから更に数日が経過して、ついに目的地に近づいてきた。
「ここです! あの石を最後に見ました!」
アイリが巨大な石を指さした。
やはり人通りのない森の中だった。
「確かここで一度止まって、すぐに馬車から降ろされたんです」
「地下とかかな?」
「……すいません。ここからは上手く繋がれなくて」
「なら、妾が《千里眼》で辺りを見てやろう」
相変わらず僕はお荷物なようで、三人で話が進んでいく。
ここはクムティカ大森林に劣らずの広大な森で、確かに巨大な施設があったとしても発見は難しいだろう。
「うむ……空からは見えんの」
「じゃあ、やっぱり地下か。どこかに入口があるんだろうな」
だとしても、ここでどん詰まりだ。
方法としては根気強く入口を探すか、また同じように奴隷が運び込まれるのを待つか……どちらにせよ時間はかかりそうだな。
「主様よ。南西の方角から馬車が一台向かってきておる」
長期戦を覚悟した直後、唐突にユシィが《千里眼》を開眼させながら言った。
僕はときより引き運が強いな。ルナの迷宮のときも、偶然落ちた奈落が最奥へと繋がっていたし。
僕たちは茂みに隠れて馬車の到着を待った。
数分後、一台の馬車が石の前で止まった。
「あの馬車……みんなを攫った馬車と同じです!」
馬車なんてどれも同じに見えるが、アイリがそういうのであれば間違いないのだろう。
それにこんな場所でただの行商人が止まる理由がない。
御者が二人。そのうちの一人が馬車を降り、崖を触り始めた。
そして何かをかざした瞬間、崖の一部が発光してゆっくりと長方形の扉が開いた。
「やっぱりあれも魔法だよ」
魔法が廃れたこの世界で、魔法。
『服従の刻印』といい、一体どういうことだ?
「妾は左の背が高い方を」
「じゃあ私が崖を触ってた方で」
短く言葉を交わし、ルナとユシィが飛び出した。
流石の手際というか、二人の御者は反応すら出来ずにほぼ同時に倒れた。
「凄まじいですね……あのお二人」
「まあ、3000年の時を経て復活した伝説だからな」
アイリと苦笑いを交わす。
「多分、この水晶が鍵になってるんだよ。これはルノアがもっといて」
僕は受け取った水晶をポケットに仕舞い、その場を見渡した。
まずは荷台の子供たちを開放してやろう。
縄を解いて飯を与えて安心させなければ。
怯えさせないためにはまず第一印象が大切だ。
「おほん!」と咳払い一つ。笑顔を作る。
そして檻の鍵を外した――その瞬間。
中から『何か』が勢いよく飛び出した。
「――――ッ!」
咄嗟に腕をクロスさせて防ぐ。
明らかな敵意。遠慮のない飛び膝蹴りだ。
僕と同じくフードを深く被っているため、人相は伺えない。
そいつは細い刀身の長剣を構え、襲いかかってきた。
僕はすぐさま短剣を抜き、『虎神流』の構えをとる。
その太刀筋に一瞬の動揺は見せたものの、そいつは気にせず剣を振るった。
「――!?」
だがその一撃は空を切り、体勢を崩して地面に転がった。
しかし受け身を取ったのか、瞬時に立ち上がると、そいつはすぐさま警戒態勢を作った。
この軽快な身のこなし。戦闘に慣れている。
「……ルノア様?」
しかし――彼女は、警戒態勢を解いた。
この声……このシルエット、僕は知っている。
「わたくしです! ラーファです!」
フードの下は、キリッとした目元の美少女だった。
灰色の髪、反った耳、鋭い八重歯――クールビューティと名高い狼人種だ。
「ラーファちゃん!?」
「ルナ様も! 再会できて光栄ですわ!」
「元気だった? というか何でここに?」
そう言えば、ルナはラーファたちがラガスの街から出発するときに護衛として付き添っていたから仲が良いんだった。
「ついに奴隷商会の尻尾を掴み、その喉元に噛み付こうかという時に、この馬車を発見して飛び乗ったんですの」
「もしかして!」
「はい! わたくし達は今、奴隷解放団体『牙』として活動しております!」
その笑顔を見る限り、あの後は何事もなく順調にことが運んでいるらしい。
となると、各地で獣人奴隷を吸収して、今や巨大な団体に成長しているのかもしれない。
「にしても一人で飛び乗ったの?」
「恥ずかしながら、考える前に身体が動いてまして。仲間たちは近くの街でわたくしの帰りを待っていると思いますわ」
ラーファがはにかんで頬をかく。
荷台を覗くと、中で縄で繋がれた子どもが抱き合っていた。
にしても、やはり子どもの割合が圧倒的に多いな……。
「これからどうするの? その水晶があれば、中に入れると思うけど」
「妾とルナ姫に任せれば良い! 小悪党など一網打尽にしてくれようぞ!」
「……ぶっちゃけ、それが一番手っ取り早いんだけどな」
「「!?」」
同時にユシィとルナが驚いたように僕を見た。
「え、何その反応」
「い……意外だね。ルノアは自分も戦いたいって言うと思ったよ」
「最近は分をわきまえてるよ。前ほど強さに飢えちゃいない」
そのせいでラガスのときは迷惑をかけた。
自己満足の正義じゃ誰も救えない。
それは分かっているつもりだ。
「でも『服従の刻印』がある以上、奴隷が戦闘に駆り出されるかもしれないんだよな……」
「それでは、わたくし達『牙』が力を貸しましょう。元より、奴隷の解放こそ我々の悲願にして、この身はルノア様に捧げると誓っておりますゆえ」
ラーファが胸に手を当てて敬礼する。
ここまで畏まられると逆に胸が痛い。
「……では、ラーファさんは一度アイリと荷台の子どもたちを連れて戻ってください。その間、僕たちはこの辺りに異変がないか見張っています」
「承りましたわ。ですが、お気を付けくださいまし。わたくし達が想像しているより、奴隷商会は強大な存在やもしれません」
それは僕も薄々気づいていた。
魔法といい何かがおかしい。
それに密輸組織とはまるで規模が違う。
「くれぐれもわたくし達が駆けつけるまでは無茶をなさらぬよう」
「はい。分かってます。アイリのことを頼みます」
獣人が奴隷として扱われ始めたのは、400年ほど前の話だが、まさかその頃から奴隷商会は存在していたのだろうか。
「そんな! 私もここに残りたいです!」
話が決着しかかっていた頃、アイリが残りたいと言い始めた。
正直、ラーファと再会せずとも一度近くの街に引き返すつもりだった。
これ以上、アイリを危険に晒すことはできない。
「ダメだ。危険すぎる。気持ちは分からなくもないけど、アイリはラーファさんと一緒に近くの街に戻るんだ。――足手まといだ」
強く言うと、アイリは今にも泣き出しそうに唇を噛んだ。
僕が言うのもなんだが、アイリはまだ小さな子供だ。
「嫌です!」
しかし、アイリは食い下がる。
その気持ち自体は痛いほど分かる。
僕もソフィアを奪われ、自分の無力を呪っていた。
ここはもっと強く言った方がいいだろう。
「ここまで来て、何もできないなんて嫌です!」
アイリが意志の強さを見せつけるように詰め寄ってくる。
大股に一歩ずつ歩み寄り、手を伸ばせば掴める距離に来た時――腕輪の『王家の紋章』が煌々と発光した。
「――な、なんだ!?」
それと呼応するように、地面に青白い光で巨大な魔法陣が浮かび上がる。
ルナの封印を解いたあの時と――いや、天空神殿へと通じる転移魔法陣を発動させた時と同じだ。
この腕輪は所謂、四大迷宮へ辿り着くための『鍵』だとルナが言っていた。
この地にある何かが、王家の紋章と反応して僕を地の底へと招こうとしている。
「ルノア!!」
ルナの声を最後に、全ての音が消えた。
粘土のようなぬかるみ匂いも、肌を撫でていた秋風も、色鮮やかな光景も、何もかもが一瞬にして変わった。




