第十二話、『忘れ去られた遺物』
『天空神殿』編 【4/7】
「ぐすん……調子に乗ってすいませんでした」
僕たちの前にユクシアが正座している。
こうなると、本当に子供のようにしか見えない。
心做しか、戦闘中よりも小さく見えるし。
「次やったらただじゃおかないから」
「はい……もうしません」
「声が小さい!」
「もうしません!」
玩具を片付けないで怒られている娘と、叱る母。
そんな構図。
先程まで殺し合っていたとは思えないな。
「ところで、なんで王家に反逆なんてしたんだ?」
「誰もやってなかったからじゃ」
「は?」
「誰もやってないことをすれば歴史に名が刻まれるじゃろ」
「王家に恨みとかは?」
「ない! じゃから、うぬが誰であろうと恨んだりはせん」
ユクシアが腕を組んで断言した。
良かった。一族の恨みを僕で晴らそうなんて展開にならなくて。
「本当にバカだよね。あんなことさえしなければ、魔帝にだってなれてたかもしれないのに」
「妾はそんな肩書きなどいらん!」
バカにするな、とばかりにむくれるユクシア。
「その、魔帝とか魔王とかってなのなの?」
「等級って言う、ただの肩書きだよ。大体レベル150から250が『王等級』。250から350くらいが『帝等級』。そして350以上が『神等級』だよ」
レベル。純粋な戦闘力を数値化したもので、魔物の討伐や迷宮の攻略などクエストの難易度としても用いられている。
「それにユクシアは魔神候補の筆頭とされてたから」
そんな魔王を圧倒するルナ。
本当に僕は、伝説の前に立ってるんだな。
「それで、この阿呆魔王どうするよ」
「そうだね。まあ、悪さはしないと思うけど」
「いい子にする! いい子にするから捨てないでくれ! また一人ぼっちは嫌なのじゃ!」
ユクシアが泣きながら足元に縋ってきた。
そう言われると、僕もルナも弱い。
にしても哀れだ。本当に魔王なのか。
でもそっか。何千年も地下に封印されて、目覚めたらこの広い宮殿に一人ぼっち。――分かるよ、寂しいよな。
「じゃあ、一緒に来るか? まあ、当分はこの宮殿に住むことになりそうだけど」
「本当にいいのか!? いや、仕方ないなぁ。そこまで言うなら、妾もついて行ってやらんこともないぞ」
一瞬ただの幼女だったが、腕を組んで威厳を保ったつもりのようだった。
でもニヤケが止まらないあたり、よほど一人が寂しかったのだろう。
ルナはどこか心配そうにしていたが、ともかくユクシアが仲間になかった。
~~~
ルナによると、転移魔法陣のほとんどが機能していなかったらしい。
破損したり、魔法陣が塞がれていたり、土の中に埋もれてしまっているなどの理由だろう。
今使えるのは、クムティカ大森林のものを含め4つ。
「でも、カルト港の近くに一つあったから、予定通り奴隷商会より先につきそうだよ」
シスタムの町からカルト港まで、どれだけ馬を酷使したとしても最低15日はかかる。
ソフィアが攫われて4日。まだ余裕はある。
僕たちはルナの案内の元、転移の間に向かった。
横幅は20メートル、天井までは30メートルもあろうかという巨大な通路の奥に、だだっ広い円形の空間がある。
中央には巨大な象が仁王立ちし、来た道を含めて16方向、等間隔に通路が分岐している。
このホールが人々が合流する中継地点だ。
通路の上には案内用の看板があり、古代文字でおそらく地名か国名が書かれている。
そんな中、ユクシアは壁に飾られた巨大な絵画を物憂げに見つめていた。
顔立ちの整った、胸元に王家の徽章をつけた黒髪の青年が描かれている。
「見てみい。虚しいとは思わんか? かつては大勢の者でこの空間は賑わっておった。しかし今となっては、ネズミ一匹おらん、忘れ去られた過去の遺物に成り下がっとる」
ユクシアにも何か思うことがあるのだろうか。
虚しい……とは違うが、寂しくはある。
絵画も、ベンチも、案内表示も、転移魔法陣も、何も変わらず残り続けているのだ。
「どんなに優れた英傑も、不死の存在も、誰の記憶にも残れぬのなら、それは存在していないのと同じことじゃ」
それはまるで、不死魔族である自分に言っているようだ。
魔族の中でも長寿命で、さぞ多くの別れを経験しただろう。
その中で、忘れられる恐怖も知っているのだ。
王家に反旗を翻したのだって、それが理由なのかもしれない。
誰かの記憶にしか人は生きられないから――。
「世界を漂い続けるこの宮殿も、今も帰らぬ主人を待ち続けているようじゃ。何千年もな。そんな虚しいことないじゃろ?」
「でも、僕はここにいる。ルナも、ユクシアも。ここは僕たちが使えばいいんだよ。三人には広すぎるけどな。――忘れるわけねえよ。死んだとしても」
王家の末裔だからといって、我が物顔で居座るつもりはない。
でも、誰の記憶にも残らないのなら、僕たちが使ってやりたい。
「そうじゃな。――うぬよ、妾のことはユシィと呼ぶがいい! 本来なら、妾より強き者にしか呼ぶことを許さぬが、特別じゃ! ルナ姫の主様であるなら、妾の主様も同然じゃからの」
僕はユクシア――ユシィと、少し仲良くなった。
ちなみにルナに封印されたことは根に持っていないらしい。
正々堂々と戦い負けたので、寧ろ慕っているのだと。
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「多分、これがカルト港の一番近くに繋がってる魔法陣だと思う」
通路を更に進むと、巨大な空間に五つほどの転移魔法陣の石版が設置されていた。
その内三つはすでに光を失っている。
こちら側に欠損がない以上、転移先の魔法陣に何らかの問題が生じているのだろう。
「よし、じゃあ乗るよ」
入る時は王家の紋章が必要だが、出る時は必要じゃない。
僕たちは手を繋いだまま、その石版に乗った。
――しかし、転移は起こらなかった。
「どうして!」
「おそらく、原因は地殻変動じゃろうな」
慌てる僕とは裏腹に、ユシィは冷静に魔法陣を分析していた。
「こちら側も向こう側も正常に起動しておる。転移が起こらないのは、座標が大きくズレてるからじゃろうな。精密に計算された魔法陣に狂いが生じておる。転移魔法陣というのは、そこまで便利なものではないからの」
「なんで、向こうの魔法陣のことまで」
「妾には《千里眼》がある」
振り向いたユシィの左目は、金色に輝いている。
魔族は生まれつき片目に『魔眼』を宿すと言うが、その一種なのだろうか。
「どうすれば……」
「妾に任せれば良い!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに返答される。
「魔法陣の作成は妾の十八番じゃからな! 明日の朝までには直してやろう!」
自信満々にユシィが宣言する。
嘘……あのユシィが頼りに見える!?
「今、失礼なこと考えたじゃろ!」
感動する僕を見て、ユシィがへそを曲げる。
にしても、ユシィがいて良かった。
僕とルナだけじゃ、この地点で詰みだったからな。
「流石は魔族だな」
「いやいや、ユシィが特殊なだけだから! 転移魔法陣の作成に、一体どれだけの人材と時間が必要だったか!」
ルナが僕の考えを必死に訂正する。
にしても、不死で魔法技能は魔族随一、遠くを見通す魔眼に、魔法陣を身体に五つも宿していてる……か。
ルナがボソッと言っていた『本来、魔王で収まる器じゃない』という意味が分かった気がする。
「はあ……本当にあと少し頭が良ければね」
ルナが可哀想な子を見る目でユシィを見守っていた。




