第十一話、『古代龍族vs古代魔族』
『天空神殿』編 【3/7】
「流石は我が盟友よ! やはり生きておったか!」
とことこと子犬のように歩いてくる狂魔王ユクシア。
ルナを見ると、微妙に嫌そうな表情を浮かべていた。
「ルナの知り合い?」
「あー……あの子はね、ただのバカだよ」
「だ、誰がバカじゃい!」
ユクシアが子どもっぽく反抗する。
ダメだ。もう凄みとか何も感じない。
「あの子、勇者が魔王と戦う英雄譚を今でも憧れてるんだよ。配下が12人なんてのも、世界を滅ぼそうとしてるのとかも多分ウソ。いちいち玉座に座ってたのも演出だよ」
呆れたようにルナが言う。
随分と彼女のことを分かっているようで。
「でも、なんで天空神殿なんかに」
「それは妾がこの天空神殿の地下に封印されてたからじゃ! そこにいるルナ姫によっての!」
「そうなの!?」
「……あの子――ユシィはね、魔族の仲間を率いてアルカディア王家に反旗を翻したんだよ。それで彼女を倒して王家に引き渡したのが私」
ユクシアが偉そうに胸を張っている。
なんでちょっと誇らしげなのか。意味が分からん。
「そして3000年の時を経て蘇ったら、アリストリアはもう滅びておった! そして魔大陸にも行けず、こうして暇しておったのじゃよ」
「え、じゃあ僕をここに連れてきたのって」
「うむ。ただの暇つぶしじゃ!」
こいつ……マジで殴っていいかな。
普通に殺されるかもとか思ってたんだぞ。
魔王とか言うからビビっていたが、よく見ずともただの少女だ。
「だから、あの子とまともに話そうとしちゃダメだよ」
でも、会話から察するに、ユクシアもまた封印から目覚めたばかりで、ラグナロクの原因は知らないのか。
「それじゃあ、3000年前の続きをしようぞ! 伝説の戦い、ここに顕現しせり!」
ユクシアは漆黒の羽を広げ、理性の欠けらも無い狂笑を浮かべた。
血走った目。享楽に呑まれ、狂気に満ちた笑み。
「だから、あの子は苦手なんだよ。狂魔王。別名、阿呆魔王」
「誰じゃ、その不名誉な通り名をつけたのは!」
「ルノアは離れといて。あの子はやると言ったらやるし、バカだけど魔王の肩書きは伊達じゃないから。バカだけど」
二回言った……。
しかし、ルナの表情から余裕が消えた。
「魔族の特徴はその並外れた魔力保有量と、魔法技能にあるんだ。その中でも、あの子は特別だよ。通常、魔法陣は身体に一つしか刻まない。多くても二つ。――でも、あの子は両手の手の平に一つずつ、胸元に一つ、全部で三つの魔法陣を刻んでるんだ」
ルナは胸元の『龍神の紋章』のみだと言っていた。
二つ目を刻むと制御ができないらしい。
それほどでに三つの魔法陣とは異常なのだ。
「フフフ……侮ってもらっては困る。妾はバカじゃった。うぬとの敗北で学んだのじゃ。復活した妾は、更に二つの魔法陣を追加した! 妾って最強! フハハハハ!!」
ユクシアは両足首の魔法陣を指さして自慢した。
その高らかな笑みを前に、ルナは割とガチ目に引いている。
「……すごいよね。あの子は本気で、多ければ多いほどいいって思ってる。――でも、それを可能にさせる実力があるんだ」
ルナの目付きが変わった。
一分の油断のない、鋭い鷹の目のような眼光だ。
そういえば、ルナが戦うのを見るのはこれが初めてだ。
龍族とは言え、その姿はとびきりの美少女という以外は僕たち人族と変わらない。
「――――」
嵐の前の静けさが生まれる。
二人は互いに火花を散らしながら、微動だにせず対峙した。
息も忘れて、その光景に陶酔した。
瞬きすらしなかったはずだ。
しかし――二人の姿は同時に消えた。
「――――ッ!!」
そして、伝説同士が衝突した。
二人は魔法ではなく、拳に力を乗せてぶつけ合った。
衝撃波がカーペットをズタボロに引き裂き、シャンデリアが落下して砕け散る。
そこからは何が起こってるかも分からず、凄まじい破裂音と衝撃波があたりに渦巻いていた。
「ほれほれほれ! 動きが鈍っておるぞ、ルナ姫よ!」
「そっちこそ、そんなに成長が見られないけど!」
壁や床に巨大なヒビが入るほどの熾烈な殴り合い。
そんな戦闘を繰り広げながら、二人は対話していた。
でも、その動きはまるで目で追えない。
前にルナに聞いたが、魔法陣が身体ごと切断されると、魔法陣の効果は消滅してしまうらしい。
だから魔法の撃ち合いは、基本的に魔法陣の狙い合いとなる。
そのため、魔法陣を四肢に刻むメリットは小さく、ルナもユクシアも、主要な魔法陣は胸元に刻んでいる。
「ぬ――ッ!」
多量の血吹雪が散り、小さな腕が飛んできた。
ユクシアの手だ。右手の魔法陣が死んだ!
魔族が使う『魔神の紋章』は龍族のそれとは違って、命魔法を除く七属性しか使えない。
だから腕を生やすことはできない。
これでルナが一気に優位に――なんて、甘い話はなかった。
ユクシアの腕は一瞬で完治していた。
そこに刻まれた魔法陣とともに。
「よもや妾が不死魔族であることを忘れたわけではあるまいな! そろそろ本気を出してはどうじゃ! その裸のままの姿じゃ、妾は倒せんぞ!」
「――くっ!」
無論、ルナは服を着ている。
裸というのは、ルナが龍族本来の容貌をしていないということだろう。翼も尻尾も角もない。
その戦闘はまさに天変地異かこの世の終わりを見ているかのようだったが、ルナが押されていることは分かった。
違う。ルナは僕を守りながら戦っているんだ。
魔法の塊が降ってる度、直前に真っ二つに両断されるか消滅している。
部屋を出ようかと思ったが、下手に動けばそれはそれで迷惑にしかならない気がして動けない。
「あの頃のうぬはどこへ行った! そろそろ手加減は飽きてきたぞ!」
ユクシアの伸ばした左手の紋章が、銀色に光り輝いた。
今まで使っていなかった魔法陣だ。
その直後、壁や床が音を立てて崩れ、ルナが遥か後方の壁まで吹き飛ばされた。
「まだ本気を出さぬつもりか! なんじゃ、そこの坊主を殺せば主は本気を出してくれるのか!」
「冗談……私はただ、君を心底舐めていただけだよ」
「おお! それじゃ、その姿が見たかったのじゃ!」
ユクシアが目を輝かかせて歓喜に震える。
土煙の奥から姿を現したのは――まさしく龍人だった。
気高き一本の角、銀の翼、腕や足は銀の鱗に包まれている。
これが本来の龍人としての姿。
ため息が出るほど純麗で美しい。
「ルノア――出来れば、目を瞑っててくれないかな?」
ルナは少し寂しげな目で僕を見て、優しく微笑んだ。
それからは目を瞑っていたので、何が起こったのかは分からない。
暫くの間、凄まじい轟音が響いていたが、 ある時を境に静寂が訪れた。
目を開くと、勝負は決着していた。
ユクシアは腰を床につけ、ルナに見下ろされていた。
「……力は鈍っておらぬようじゃな」
僕はもしかしたら龍族を甘く見すぎていたのかもしれない。
ユクシアは決して弱くはないだろう。
でも、ルナが圧倒的すぎたのだ。
――まるで相手にならない。生物としての格が違う。




