9話「おもてなしにはメイドあり」
もちろん、その男女というのは有川さんとてんまだった。
「ん?どうしたん?」と有川さん。
「兄貴、そんな趣味があったとは……」とテンマ。
「何を言いたいのかなんとなくわかってしまう自分が嫌だが、違うわ。最低男ではない、吉田健三だ」
「それ、”ぞう”って読むのね。ステータスの字を読んで”さん”って呼んでたわ」と花咲さん。
「兄貴は兄貴っす」とテンマ。
「健さん……うん、それにしよう」とひらめいた顔で有川さんは言う。
その後、『なんちゃって食事屋』という食べ物屋さんで各自食事を買って袋に入れた。そして私たちはユキさんと共に宿屋に戻った。部屋に戻ると、残り二十分で出なくてはいけない時刻だった。
「じゃあ、着替えよう。汗とかできたないし」と有川さんは言う。
その言葉に賛成し、障子をまた仕切りにして着替える。
私は先ほど買った下着と”ペンペンクサ”に取り換える。テンマは青い”ヒキニート”を着ていた。お互い着た服を中に入れられるようになっている袋に入れる。このリュックはこういう袋で仕分けができるようになっているようだ。
「私たちは着替えたけどそっちはどう?」と有川さんは聞いてくる。
「こっちも平気だ」と私は答える。
「じゃ、開けるね。楓、ありがとう。オープン」
有川さんと花咲さんによって開かれた障子から二人が現れる。
ベースを黒にして服と肌を境にした裾に赤い線が三センチ程度の大きさで引かれているようなドレスに黒のニーソックスを着ているようだ。彼女の革靴は確か黒なので確かに合いそうである。灰色のワンピースに灰色の翼、靴下は短めの黒だった。
「天使専用があってよかったぁ。これで羽が出せる」
「羽が出せないとどうなるの?」と私は聞いてみる。
「ムズかゆくなるのよ、これが」
その時だった。ベルが鳴った。部屋の外にあるそれを鳴らすボタンを誰かが押したようである。
「時間のお知らせかな?」
私は鍵を開けて扉を開ける。
「ユキさん?仕事は?」
そこに立っていたのは彼女だった。
「お願いがあります。私も連れて行ってください。もし断るならこれで胸を刺して死にます」
そういうので近くにいた他のお客さんたちが私たちを見る。私は気まずいと思い、彼女の手を急いで取って中に連れ込んだ。
「ユキさん。急にどうしたの?ここにいたくなった?」
「違います」
「じゃあ、どうして?ユキさんがいないと困るでしょ、この旅館?」
「いや、困らないわね。だってこの子と契約したのはこの日のためにあるんだから」という声が聞こえると思い、部屋の玄関を見てみる。そこには風呂に入ってた時にのぞき見をしたテンマを苦しめた写真に写っていた例の女性と食堂であった彼女の姉ユリ・アモネーラさんだった。
「女将と姉様……」
「女将!?」と私とテンマは同時にこの言葉を発した。
「なんじゃ、そんなに驚いて。そんなに驚く輩はたいていのぞき見したものしかおらん。まさかとは思うが……まぁ、よい。ユキはな、お前たちのような者を待っていた。それまで私を雇ってほしいと言っていた。女将である私にできることはお客様を喜ばせることとこの旅館で働く彼女たちの成長を見守るだけよ。だからこそ彼女の望みはできるだけ叶えてやりたいものだ。ちなみにそのナイフはおもちゃだ。どうするかは君たちが決めてやれ。ついでに女将である私が気が付かないとでも思ったのかは知らないが、そこの黒い服を着た女が幽霊で金を払わずに泊まっていることも見逃してやろう」
「ユキさんやみなさんがいいのなら彼女のことは任せてください」
私はそう彼女たちに言った。
『宿屋のメイド、ユキ・アモネーラを仲間にした』
システムメッセージが私の目に映る。
「よかったね、ユキ」とユリさんは言う。
「ありがとう。ユキ、どんなことがあってもお前の家はここだ。私たちはお前の帰りをいつでも待っている。いや、ユキだけではない、君たちもだ。必ず帰ってこい、そしたら歓迎して祝ってやる。おもてなしにはメイドありだからな」
そう言うあなたは浴衣ですけどね、とツッコミいれるのはやめておこう。
「さて、忘れ物はないですか。じゃあ、ロビーまで案内します」と女将は言う。
私たちはユリさんと女将を先頭に荷物を持って歩く。そして来たエレベータに私たちは乗り込む。しばらくして新たな町に向けて出発するのを歓迎するかのようにエレベーターの扉が開かれるのだった。
私たちは宿のロビーを出る。そして共に付いて来た女将に部屋の鍵を渡す。女将は「彼女のことを宜しくお願いします」と言って私の右手を両手で掴み軽く握りしめながらお辞儀をした。私もそれに倣ってお辞儀を彼女に返す。そしてユキさんの姉のユリさんはというと、彼女をハグするなり頭をなでたりしていた。
そんなこんなで彼女たちと宿で過ごした謝意を込めた挨拶を交わし、ここの宿を出た。