神様、敵がかなり多いです
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──神様、敵がかなり多いです
都市評議会が決議を出し、広瀬たちはその内容を知るために都市評議会議事堂を訪れることとなった。
計画の立案者として広瀬は招かれており、神であるイブリスと、司祭であるマルグリットと彼女の部下たちもアーカムの中心地にある都市評議会議事堂に足を運んだ。
「上手くいっているといいんですけどね」
「神の命令に逆らうならば神罰を下すのです」
不安そうな広瀬とは対照的に、イブリスは武闘派そのものの意見をのたまう。
「そうならないことを祈りたいです。平穏無事に神殿を建てて、みんなが納得して愛される形で信仰を得たいですよ」
暴力と恐怖で信仰を得るのはもう十分だ。これからはもっと穏やかにやりたい。
「さて、立派な建物ですね。市庁舎よりも立派です」
都市評議会議事堂は日本の国会議事堂クラスの大きさがあった。
赤レンガと鉄の柵で囲まれ、その中には石造りの歴史ある建造物が聳えていた。それは立派の一言に尽きる。
「って、あれ? 人がいませんね」
だが、そんな立派な施設を警備する人間はいなかった。ひとりも。
広瀬にはシティ・ウォッチを壊滅させた覚えはあるが、議事堂に殴り込んだ覚えはない。何らかの警備があってしかるべきはずなのだが。
「困りましたね。こんな広い建物のどこに行けばいいのか」
「簡単です、守護者君。神は正面から出迎えられるべきなのです」
誰かに案内してもらおうと思っていた広瀬に、イブリスが先頭に立ってドンドンと議事堂の巨大な正面玄関に向かっていった。
「いいんですかね……」
広瀬はどうにも納得しにくいながらも、そして胸騒ぎを感じつつもマルグリットたちを連れてイブリスと共に正面玄関へと向かった。
アーチ状の入り口を広瀬が潜ると、その先はホールになっていた。
赤絨毯が敷き詰められ、各方面への廊下や階段が伸びる広大なホールだ。議事堂を訪れたものを歓迎するための場所だ。
だが、広瀬を歓迎したのは荘厳なホールではなかった。
「そこまでだ、イブリスの亜神!」
広いホールには10名の男女が揃っていた。
全員が揃って鋭く殺気立ち、体には銀色の鎧を纏い、手には弓とクロスボウや長剣、ハルバード、戦槌などなどの凶器を手にしている。しかも、それらを全て広瀬に対して向けて。
広瀬の嫌な予感は的中したのだった。
「あのう、都市計画についてのお話を……」
「フン。アーカムの中心を乗っ取り、再びイブリスを現世に召喚し世界に荒廃をもたらす計画など神々の名において我々が阻止する! お前の世界の秩序を乱す所業もこれまでだ!」
この状況でも穏便に済ませようとする広瀬だったが、10名の男女の中でもっとも年齢が高いと思われる初老の男性が発言を遮った。
「我は鍛冶の神ブリギッドの信仰の守護者! エイブラハム!」
初老の男は戦槌を手に高らかに宣言した。
「私は豊穣の神プルートスの信仰の守護者! バーナデット!」
「俺は商売の神ヘルメスの信仰の守護者! チェスター!」
「あたしは芸術の神ガンダルヴァの信仰の守護者! ドミニカ!」
「吾輩は知識の神メティスの信仰の守護者! エリファレット!」
「わたくしは恋愛の神イシュタルの信仰の守護者! フランチェスカ!」
「自分は冥府の神オボツカグラの信仰の守護者! ガートルード!」
「わしは労働の神セルマーズの信仰の守護者! ヘストン!」
「あちきは美貌の神グラティアエの信仰の守護者! イングリッド!」
「僕は誕生の神パールヴァティーの信仰の守護者! ジェシカ!」
続いて残りの9人が次々に名乗りを上げた。
彼らは全員がこのアーカムで信仰されている神々の信仰の守護者。つまりは亜神だ。不老不死の肉体と強力な力を持った人外の存在である。
「あ、亜神がこれだけ集まっているなんて……」
目の前の光景にマルグリットがジリッと後ろに下がって呻く。
「あ、こんにちは。俺はイブリス様の信仰の守護者をやっている広瀬浩之と言います。後進のものですが、どうぞよろしく」
とりあえずは挨拶だ。コミュニケーションにおいて挨拶は重要である。まあ、この場合は広瀬は単に現実逃避をしているだけなのだが。
「やはりイブリスか。破壊神を崇める破滅主義者だな」
「違いますよ! 自分は平和主義者ですよ! 平和万歳! ノーモアウォー!」
最初に名乗った初老の男──エイブラハムが告げるのに、広瀬はブンブンと首を横に振った。彼の仕えている神は戦争と武力の神なのだけれども。
「アレシアとセドリックを叩きのめしてよく言いやがるぜ!」
「あれは事故なんですって……」
商売の神ヘルメスに仕えるというチェスターが吐き捨てるように告げた。
本来ならばイブリスの暴挙を阻止するために全ての神々の信仰の守護者が集まるはずだった。
が、医療の神ベールに仕えるアレシアはイブリスの名前を聞くだけで震えあがって動けなくなる有様であり、広瀬に吹っ飛ばされたセドリックはベールの神殿で包帯だらけの状態だ。
「そうだ! マコーリー・ファミリーのような犯罪組織を利用していることも既に分かっているのであるぞ!」
「い、いやあ、それは事の成り行きで、なんとなく……」
続いて知識の神に仕えるというエリファレットが指摘するのに、広瀬は気まずそうに背後のマルグリットを振り返った。
彼女と彼女の部下は表向きは犯罪組織から足を洗ったことになっているが、イブリス教徒になってからもやっていることは大して変わっていない。
「貴様の傍若無人な暴挙もここまでだ、イブリスの亜神。神々に仕える我々が終わらせてくれる。覚悟しろ」
「話せば分かりますって! 話し合いましょう!」
弓矢を番え、刃を向けてくる信仰の守護者たちに広瀬が制止の声を上がる。
「やっちまってください、ヒロセ様! ヒロセ様なら連中を打ち殺すことぐらい余裕ですよ! 一撃で撲殺できますよ!」
と、マルグリットが広瀬の背後に隠れていらぬ声援を送って来た。
「守護者君。連中をやっつけて、イブリス様の力を示すのです。イブリス様の圧倒的な力の前に連中は平伏し、市民たちもそれに続くでしょう。さあ、鏖殺してしまうのです」
更にイブリスがペッタンな胸を張って実に物騒な命令を下して来た。
「いやいや。これ以上、揉め事を起こしたら信仰どころじゃなくなりますよ。ここは出直して──」
ふたりの意見を無視して、広瀬はここから逃げようとした。
だが、それは阻止された。
「神々の名において、そこまでだぞ! シティ・ウォッチだ!」
出口である議事堂の正面玄関前にシティ・ウォッチの大部隊が展開していた。
あの髭のダンディなリミントン大佐が先頭に立って長剣の刃を広瀬に向け、シティ・ウォッチの隊員たちは分厚い盾と長い槍を構えたファランクスの陣形で誰も逃がすまいとしている。
シティ・ウォッチは辛うじて再建された。リミントン大佐が尽力して資金と人を集め、再びアーカムの治安を守り、現れたイブリスの亜神の手からアーカムを救うために。
「……はあ、ダメだこりゃ……」
「早くやるのです、守護者君。連中に神の怒りの鉄槌を下すのです」
前門の信仰の守護者、後門のシティウォッチという状況に深く諦めの溜息を吐く広瀬に対してイブリスが彼の服の裾をグイグイと引っ張って急かした。
「行くぞ、イブリスの亜神!」
各神々の信仰の守護者たちは、広瀬が頭を抱えている間に問答無用で襲い掛かって来た。
まず攻撃を仕掛けたのはフランチェスカとガートルード、そしてヘストンとイングリッドにジェシカの5名。
フランチェスカは愛の弓矢とでもいうのか長弓から弓矢を放ち、ガートルードは死神のような大鎌を振るい、ヘストンは巨大なハルバードを構えて駆け、イングリッドは2本のダガーで踊るように斬りかかり、ジェシカは鋭い槍を突き出してきた。
信仰の守護者という亜神なだけあって、その迫力と脅威はシティ・ウォッチの比ではない。
「ああ、もう! 正当防衛! これは正当防衛!」
そんな5名に広瀬は拳を振るった。
広瀬には格闘の全く経験はない。よって、彼はグルグルパンチというように腕を兎に角振り回した。
それだけなのだが──。
「グアッー!」
「ゲガェー!」
「ウブッー!」
「ギャー!」
近接戦闘を挑んだガートルード、ヘストン、イングリッド、ジェシカの4人が議事堂正面ホールの天井まで吹き飛んだ。加えて手に持っていた武器は粉微塵となり、残骸が残るのみ。
「う、嘘……」
フランチェスカは呆然として議事堂正面ホール天井のステンドガラスを突き破った後で、勢い良く床に落下して伸びた4名を見た。
彼女の放った戦車にでも突き刺さる威力の弓矢も広瀬のパンチで弾かれており、広瀬は掠り傷ひとつ負っていない。
「亜神を5名も相手にして無傷だって!? そんな馬鹿な!?」
「あ、ありえませんぞ!」
フランチェスカに続いて他の信仰の守護者たちもうろたえた。
「クソ、セドリックがいてくれたら……」
集まった信仰の守護者のひとりが呟く。
セドリックは正義の神テミスに仕える信仰の守護者として、ここに集まった誰よりも強い力を有している。
が、その彼も今はベールの神殿のベッドの上だ。
「落ち着け! 怯まずに戦えば勝機はある! 我に続け!」
亜神たちを一蹴した広瀬に対して後退しようとする信仰の守護者たちに、鍛冶の神ブリギッドの信仰の守護者であるエイブラハムが叫んだ。
彼は自分の背丈の2倍はある戦槌を軽々と振り回し、広瀬に突撃する。
「やるしかない!」
「私たちにしかできないことです!」
彼に続いてバーナデット、チェスター、ドミニカがそれぞれの武器を手にして広瀬に向かう。
「エイブラハム、援護しますぞ!」
「あ、あちきもまだやるわ!」
後方ではエリファレットがクロスボウを構え、エリファレットが再び弓を番える。
「オオオオッ!」
「うわっ! 危ねっ!」
先陣を切ったエイブラハムが重低音の雄叫びを上げ、恐るべきまでに巨大な戦槌を広瀬に頭に向かって振り下ろした。これでは広瀬の頭はトマトのように弾けてしまう。
……はずもなかった。
「な、な、な、なにい!?」
戦槌は広瀬がとっさに手を振るっただけで蒸発したように砕け散った。鋼鉄の塊が木っ端微塵である。
「我ながらちょっと危なくないか、これ」
砕け散った戦槌と自分の手を見ながら広瀬は額を押さえた。
「流石ですぜ、ヒロセ様! その調子で締め上げてやってください!」
「うむ。亜神の身分でありながら、神に逆らう不届きものたちに神に代わって罰を与えるのです」
で、マルグリットとイブリスは大満足で声援と命令を送ってくる。
「クソ! まだやれる! 一斉に仕掛けるぞ!」
「了解!」
だが、エイブラハムは諦めずに拳を構えて打撃を繰り出し、残りの亜神たちが一斉に広瀬に武器を振るった。
「てい」
それに対して、広瀬はなるべく注意しながら再び両手でパンチを放ち──。
「グアアアアアッ!」
まずはエイブラハムが鼻血を噴出しながら宙を舞った。
彼は音を立てて議事堂の天井にぶつかり、更に音を立てて床にぶつかり、また衝撃で跳ね上がり、ピンポン玉のようにして上下にバウンドしながら議事堂の奥へと消え去った。
「ブアッー!」
「ヒギッー!」
「ノアッー!」
そして残りの3人も同じように吹き飛び、ズザザッーと実に痛そうな音を立てて議事堂の赤絨毯をスライドしていくと、ピクピクと痙攣するだけに成り果てた。戦闘可能とは思えない。
「なんたることだ……」
「あ、あれは化け物だよ……」
目の前の惨状に後方支援だったチェスターとフランチェスカは思わず後退りする。
「あの、まだやります? 流石に知識の神様と恋愛の神様の方では戦闘とか向いていないのでは……」
広瀬も自分のやっちまった悲惨な光景に重い気分を感じながら残る2名に問いかけた。
知識の神と恋愛の神の司っているものが戦闘に向いているとは思えないし、実際に向いていない。戦闘に関しては戦争と武力の神であるイブリスに圧倒的な利がある。
「舐めるでない、イブリスの亜神! 我々は信仰の守護者! アーカムを守ると言う義務がある!」
「そうよ! 諦めないんだから!」
だが、それでも彼らは立ち向かった。
「てい」
そして、吹っ飛んだ。
チェスターとフランチェスカは共に綺麗な放物線を描いて階段に突っ込み、ドンガタンバタンと音を立てて階段から転がり落ち、またしても痙攣するだけの姿に成り果てた。
亜神10名。これにて壊滅。
「すげえ! すげえですよ、ヒロセ様! イブリス様の信仰の守護者の名は伊達じゃないですね!」
これまで背後に隠れていたマルグリットが前に出て来て、彼の周囲で飛び跳ね拍手喝采で広瀬を讃えた。
「実によくやったのです、守護者君。これで人間たちは何を崇めるのが正しいことなのかを知ることでしょう。そう、崇めるべきはこのイブリス様であると知るのです」
イブリスも神らしく尊大な態度でペタンコな胸を張って広瀬の働きを褒め称えると、背伸びして広瀬の頭を撫でながら、神らしく尊大な台詞をのたまう。
「何かもう引き返せない気がしてきた」
そんなふたりには構わず、広瀬はノックアウトされた10名の信仰の守護者を見ると深く溜息を吐いて額を押さえた。
「さあ、守護者君。残りの連中もやっつけるのです」
「残りの連中?」
そんな広瀬の腕をイブリスが引っ張るのに、彼はイブリスの指す方向を見た。
「……あ」
「……あ」
イブリスが指し示すのは議事堂の正面玄関。
そこにはまだシティ・ウォッチの大部隊が残っており、シティ・ウォッチの指揮官であるリミントン大佐と広瀬の目が合った。
「しょ、諸君! シティ・ウォッチの名誉ある義務を果たすべきときだ! 我らは恐れず、我らは引かず──」
「逃げろー!」
リミントン大佐が長剣を振りかざし、猛々しい号令を出す前に、シティ・ウォッチの隊員は全員が武器を捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
まあ、亜神10名をパンチ3発でノックアウトした相手に勝てるはずもないので、仕方がないと言えば仕方がない。
「…………」
残されたのはリミントン大佐、ただひとり。
「…………」
「…………」
広瀬とリミントン大佐の間に実に気まずい空気が漂う。
「あの──」
「戦略的撤退を敢行する!」
漂う居心地が悪い空気をどうにかしようと広瀬が声をかけようとしたが、リミントン大佐も武器を捨てて颯爽と逃げ去った。彼は2度も広瀬に打ん殴られているので仕方がないといえば仕方がない。
「クソッタレなシティ・ウォッチの連中が逃げていきやがりますよ! ざまあみやがれですね、ヒロセ様! 最高です!」
「マ、マルグリットさん。その、胸が当たってますって」
長らく商売の敵だったシティ・ウォッチが惨めに逃げ去って大喜びのマルグリットが広瀬に抱きつき、イブリスとは対照的である豊満な胸をグイグイ、ムイムイと押し付けてくる。この祭服、生地が薄いのでなおのこと刺激的だ。
「これで信仰の敵は去ったのです。イブリス様の勝利です」
「で、これからどうするんです? どう考えても、これじゃあ神殿作って貰えそうにないですよ……」
満足そうにイブリスに広瀬が荒れ果てた議事堂の内部を眺めて告げる。
天井の綺麗なステンドガラスは粉々で、壁には亀裂が走り、階段は壊れ、赤絨毯は滅茶苦茶。そして10名の亜神が未だに呻き声を上げている。
これを見て、神殿を建てましょうという人間はどこを探してもいそうにない。
「簡単です。人間たちが神殿を建てるまでは、イブリス様がここを神殿とします」
「え?」
ここはアーカムの政治中枢たる都市評議会議事堂だ。
イブリスはそこを占拠すると宣言したのである。もはやこれはテロリストだ。
「あたいらも人間を集めてきますぜ! 議事堂だけじゃなくて、市庁舎も占領してやりましょう! シティ・ウォッチも他の亜神もいないなら、イブリス様がこの都市の最高権力者ですよ!」
「ちょ、マルグリットさん、待って──」
広瀬が止めるのも空しく、マルグリットはマコーリー・ファミリーの構成員とイブリスの信仰者たちを集めに走っていった。
「おらあ! イブリス様に楯突く奴は痛い目をみるぞ!」
「退け退け! 俺たちはイブリス教徒だぞ!」
マルグリットの集めた5万人のイブリス信仰者たちは神々に仕える信仰の守護者が壊滅し、シティ・ウォッチが逃げ去ったアーカムの中心部に集結するや、市庁舎や各省庁を襲撃した。
かくして、イブリスによるアーカム政治中枢占領は成された。成されちゃった。
「どうすんの、これ……」
マルグリットから相次いで報告される“戦果”に広瀬は頭を抱えた。
もちろん、アーカム側も事態を黙認するつもりはない。
臨時の市庁舎と議事堂とアーカムの西部に設置し、市長と議員たちは対策を話し合った。
が、シティ・ウォッチはイブリスとの戦闘を拒否し、唯一の希望である神々の信仰の守護者たちは揃ってベールの神殿のベッドの上。
「やむを得ない……」
7日間に渡るイブリスのアーカム中枢占拠の末に、アーカム側から白旗を掲げた軍使が議事堂にやってきた。
そう、彼らは降参した。
「ア、アーカム都市評議会はアルハザード・パークでの神殿の建設を認め、イブリス信仰も認めます。そ、その代わり、96時間以内にアーカム中枢から撤退していただきたい」
「いやあ。本当にすいません。ご迷惑をおかけしました」
アーカム側が完全に折れ、ついに待望の神殿建設が決定したのだった。
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