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episode 08

「……イリス、本当にイリスだ……。なんでここに? 一人できたの? 学校へも行かず? そんな、イリスがどうして」


 その映像を食い入るように見つめ、〈ドール〉は口元を手で覆った。

 二人はゲストルームで、人形師と小さな客人のようすをリアルタイムで視聴していたのだ。キールは自分の携帯末端をテーブルに置いて、それを映し出していた。あらかじめ、ルタから頼まれたとおりに。

 キールは知っていたが、イリスが案内された客室は、監視カメラがそうと気づかれない位置に設置してあったのだ。


「最初からそう言っただろ。お嬢さんが来てるって。ああもう、凶暴さは主人譲りか?」

 鳥の巣にされた髪に手ぐしを通しながら、キールはぼやいた。先ほど担ぎ上げてイリスの元へ連行しかけた時、突如〈ドール〉は強硬に抵抗したのだ。その後、連行を諦めて再度ゲストルームへ戻ってきた。


「イリスに限ってこんな無茶なこと、するはずないんです」

「そっちだって相当無茶やってここにいるけどな。一人で、家の人にも告げずこんな遠くまで、しかも夜中に到着して、工房へ不法侵入して、泥棒と間違われかけたんだって? 駅から工房まで半日歩いたとか?」


 脇からの容赦ない指摘にも〈ドール〉は意に介さない。〈ドール〉がひたすら視線を送る先で、背筋を伸ばしてソファに座ったイリスが、人形師と面会している。人形師に不用心で無鉄砲だと叱られて、彼女のあるじは項垂れていた。胸元を探るように手が動いている。

 空中に映し出されていた映像が不意に消えた。音声だけが流れてくる。ハッと我に返った〈ドール〉は、呆れた眼差しが突き刺さっていたことに気づいた。


「人の話聞いてる?」

「……私は〈ドール〉です。イリスのような危険は――」

「ある。〈ドール〉は誘拐……盗まれるパターンがある。記録(メモリ)消されて、工房の刻印消されて、場合によっちゃ見た目変えられて、真っ新な状態で取引に出されるんだ。〈ドール〉の所有は工房以外に認められない今、売買は禁じられているけど」


 そんなものはバレなきゃわからないからな、とキールは心中でつぶやく。

 基本的に〈ドール〉は人を傷つけられない。主人を守るため、己を守るため抵抗することはあるが、致命傷を負わせることも、殺意を抱くことも禁じられている。警護が目的の〈ドール〉であれば、ある程度の倫理コードが解除されるため、暴力的手段に訴えることも可能になるが、家族向けのそれにそんな能力は付加されない。


 ラブロックの家族向け〈ドール〉たちは、荒事に向かず、一般人以上に平和主義だ。狙われた場合、逃げるしか打てる手段がない。

(人と見分けが付かないから、ある種のカムフラージュになってるけど)

 目の前の小さな〈ドール〉を見下ろして、キールは苦々しく思う。こんな小さな女の子が、夜中に街中をふらつけば目立って仕方がなかっただろう。人か機械(メカ)か関係なく狙われる危険があった。大丈夫だなんて、どの口が言うのか。


「でも、〈ドール〉はある程度修復も可能です。人と違って――」

「バラされて復元できても、記録(メモリ)が完璧に戻るとは限らない。容物(いれもの)だけ無事でも、お前は戻らない」

 そうなれば形だけそっくりな別物だ、とキールは吐き捨てた。


「ルタもお嬢さんに言っただろうけど。本体のやり取りができないなら、パーツだけでも欲しいって連中はいるんだよ。全身切り刻まれて、無事だって言うのか。厄介の度合いは人も〈ドール〉も変わらねぇ」

 闇取引は一向におさまらない。それだけ〈ドール〉愛好家は多いのだ。〈ドール〉は上流階級における一種のステータスである。

 人形師がそのことに憤り、嘆く姿を何度もキールは見てきた。傷つきながら〈ドール〉を守ろうと懸命に動く様を。


 キールは冷ややかに言い放った。

「お前がしでかしたことは、イリスお嬢さんより質が悪い。その自覚はあるか? お嬢さんが今、ルタに叱られている理由が自分にあるってことは?」

「……私は、そんな、自分のことなんて……」

 主人と同じく、悄然と〈ドール〉は肩を落とした。


「……イリス……」


 弱々しく漏れ出た声は、流れ出る音声にかき消された。両手で隠された顔は、苦く歪められている。

 泣きそうだ、とそれを眺めるキールは思う。イリスと名前を呼ぶたび苦しいなら、切ないなら、呼ばなきゃいいのに。そう呆れながら、キールは再び空中に映像を映し出した。映像の中では、イリスが画像データを空中に投影している。


 キール、あの子の傍にいてあげて。その、逃げ出す可能性もゼロじゃないし。できれば、二人で私たちのようすを見てて貰えると助かる。あと、叱ってくれるとありがたいかな。あんな風に凹まれると、きつく言えなくて。

 悪いけどよろしく頼むよ。キールのコミュ力に期待しているから! ……泣かせないでよ。


 ルタからの指令を脳裏に浮かべ、キールは乾いた笑みを浮かべた。すでに〈ドール〉は泣いていて、ごしごしこすった目元が赤くなっている。


「だからお嬢さんに会えばいいってさっきも言ったのに」

 先ほどあった全力の抵抗をキールは思い出す。髪はぐちゃぐちゃにされる、顔と腕は引っかかれる、引っ張ろうとすれば重しのように体重をかけて嫌がる。あげく大事な帽子を投げ捨てられた隙に、全力で逃亡され、しばしの鬼ごっこである。やっとの思いで捕まえ、ゲストルームに戻るよう説得して、今に至るが。


 イリスの映像を見せるまで露骨に警戒していたが、その様子は威嚇していた彼女の主人にそっくりだった。

(似ていないって思ったけど、一緒に過ごす時間が長いと似てくるのかな)

 主人の性格や癖、言動が移るほど、近しい存在なのか。


「それができるぐらいなら」

「実家ならぬ工房へ駆け込みませんってか。何か誤解があるんじゃないか。ちゃんと話し合ったか。あの子は自慢の良い子なんだろ。何の不満があるんだよ」

「不満なんて! ただ、話し合うまでもなく……明らかなことだって」

「契約の解除を頼むほどの、工房へ逃げ込むほどの明らかなこと? お嬢さんが何かやらかした?」

「イリスに問題なんてありません。わ、……私が」


 小さな〈ドール〉は赤い目でキールを一瞬強くにらみ、顔を歪めさせた。

「私が……失敗したんです……。間違えたんです! あの子を傷つけるばかりで」


 まるで自分の罪を告白するように、彼女は歯を食いしばって吐露する。

「私は、あの子にとって不要どころか障害だった。それじゃ、本末転倒じゃないですか。何のために存在しているのか、わからない。人のこころがわからない欠陥品なんていらない」

 役立たずより役に立つ道具を傍へ置くほうが、ずっといいに決まっている、と蚊の鳴くような声で吐き出した。未完成な欠陥品だと、繰り返す。その言葉が、ざくざくと自分を切り裂いている。


「自分じゃない別の〈ドール〉がお嬢さんの傍にいても?」

「……それを選ぶのは、私じゃないんです」


 大事な家族なのよ。

 会わせて、ください。


 自分の主人がそう人形師に頭を下げたことも、この〈ドール〉は知らない。

 映像の中で、少女が〈ドール〉の話を始める。少女の成長に合わせて、〈ドール〉がボディを毎年換えてきた話、双子のようにデザインされていた話、主人の傍にいて常に導いてきた話。イリスはキールが危惧していたよりずっと冷静にルタと話せていた。


(あの子はまるでわかってない、か)

 ちらりとキールが目を向けると、話題の主は耳をふさぐようにクッションに顔を埋めていた。イリス、と時折名前を呼んで、涙ぐんでいる。

 イリスの言いたいことが何となくキールには理解できた。二人は根本的にすれ違っているのだ。〈ドール〉がこころを持つ故に。


「あのさ。耳が痛いことを言うけど」

「あなたの言うことは、ほとんど耳に痛いです……」

「事実しか言ってないけどな。じゃ、一つだけ。家族は、不要だとか害になるとか失敗するだとか、関係なく家族なんだってわかるか」

「……私は人間ではないので、それに当てはまりません」


「あのなあ、お前はどういうつもりでお嬢さんの傍にいたんだよ」

 家庭教師か、ベビーシッターか、家政婦か。主人を導けなければ失格になるのか。

 戸惑ったように瞬くばかりの〈ドール〉の反応は、キールの予想通りだった。


(こころがあるって面倒なんだな。ただの道具じゃないから)

 自分を否定されるのが怖くて、先に拒絶した。見捨てられるぐらいなら、先に距離を置いてこれ以上傷つかないようにした。

 本当に人間と変わらない。これのどこが機械なのだろう。どうしてこんなものを生み出すのだろう。人は必要とするのだろう。擬似的でも感情を得たことで、余計に手がかかるだけではないか。こころがある故に、苦悩しているのだ。〈ドール〉も人間も。


『そういうものだから、いっそう愛おしいんだよ、キール』


 ふと人形師の声が耳の奥をくすぐる。人形師であれば、きっとそう言うのだろうか。



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