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揺れる眸  作者: 佐倉硯
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柔らかな眸

お母さんへ。



お元気ですか?


私は相変わらず元気です。


お母さんが居ない間、いろいろなことがありました。


二週間前、突然男の人から告白されました。


告白なんて初めてだったし、相手はなんと先生だったの!


すっごくすっごくビックリして、最初は断ろうと思っていたのに、なぜか付き合うことになってしまって。


黒澤十五って言う変わった名前の先生なんだけどね。


そりゃもう、すっごく怖いの。


いっつも無表情で何考えてるのかわからないし、授業は厳しいし、生徒には冷たいし。


けどね、私にはすっごく優しくしてくれて、照れたように笑う仕草なんかすっごく綺麗なの。


男の人に綺麗だって言うのはちょっとおかしいかもしれないけれど、でも先生にはピッタリの言葉。


お母さんも一度見たら絶対にそう思うよ。


先生はね、スーパーとかも行ったことがないくらい超お金持ちなの。


正直、それには未だについていけてないんだけれど……。


お母さんは、私にお付き合いしている人が居るって知ったら、やっぱり驚くかな?


しかも相手は先生だから、許してもらえないかな?


理解してもらえない覚悟はできているの。



でもこれだけは伝えておきたいの。


私ね、今すごく幸せなの。


先生と出会う前も十分幸せだったけれど、先生と出会ってからもっと幸せになったの。


先生は色んなことを教えてくれたよ。


人を思いやる気持ちとか、人を支えることとか、誰かを愛する楽しさとか、たくさんたくさん教えてくれたの。


授業で学べないことを、いろいろな気持ちをたくさん教えてもらったよ。


先生には、とても辛い過去があって。


これはお母さんにもいえないけど。


たくさんたくさん傷ついて、たくさんたくさん後悔して生きてきた人なの。


だから、その分、たくさんたくさん人に優しくできる人なの。


辛かった過去を乗り越えて、今がんばっている最中なんだよ。


ねぇお母さん。


私ね、きっとお母さんに許してもらえないと思う。


だけどね、止められないの。


先生が好きって気持ち。


もう止められないの。


バカな娘でごめんねお母さん。


もし今度、日本に帰ってきたら、先生に会ってほしいなぁ。


無理なら無理しなくていいんだよ?


ただね、先生にお母さんを紹介したいの。


もちろんお母さんに先生を紹介したいって気持ちもあるけど。


私のたった一人の家族だよって、先生に自慢したいんだぁ。


なんか久々のお手紙なのに、先生の話ばかりでごめんね。


お母さんが帰ってくる日、楽しみに待っています。


体に気をつけて、お仕事がんばってね。



今田蝶子より





郵便局でエアメールの手続きを済ませて出て行けば、見慣れた青いフェラーリの車が止まっていた。

周囲の人は皆、興味津々でそちらを見つめながら通り過ぎ、運転席側のドアに寄りかかって待つその人に黄色い声を上げる。


蝶子が笑顔でその人に歩み寄れば、その人は吸っていたタバコを携帯灰皿に押しつけると、ワシャワシャと蝶子の頭を撫でて微笑んだ。


今まで女の人みたいに長めだった髪をバッサリと切り、短髪になってしまった十五の姿は未だに見慣れるものじゃない。

けれど、例えどんな姿になろうと十五は十五で、蝶子に対する態度に変わりはなかった。


「手紙、出してきたのか?」


「はい。お母さんたらようやく手紙寄越したかと思えば、今はフランスに居るとか……もう、相変わらず楽天家というか自由奔放と言うか……」


蝶子がぶつぶつと文句を言えば、十五はクスクスと笑って、蝶子に車に乗るよう促す。

十五の指示に従いながら、蝶子が助手席に回り乗り込むと、十五も同じタイミングで運転席へと滑り込む。

しっかりとシートベルトを締め、車をゆっくりと発進させれば、十五は笑みを絶やさぬまま蝶子に言った。


「蝶子は母親似だな」


「え?……私、楽天家ですか?」


「楽天家と言うか、たぶん何でもかんでも楽しもうとする素質があるというか……」


「それを楽天家と言うんじゃ……?」


「……失言」


「十五さん?!」


素直に自分の非を認めた十五に、蝶子が声を荒げれば、十五はケラケラと笑って蝶子をなだめる。


「それほど怒ることじゃないだろう。蝶子は自分が母親に似ていると言われて嫌なのか?」


「嫌じゃないですけど、なんだか十五さんにバカにされた気分……」


「おいおい、卑屈になりすぎだろう。俺は褒めたのに」


「すごいわ……褒め言葉が卑屈に聞こえるなんて……十五さんたらすごい話術」


「……今のは?」


「悪口に決まってます」


ツンッとソッポを向いて蝶子が言えば、十五はのどの奥で笑いながら先に見える信号が赤に変わった為にブレーキを踏み始める。

ゆっくりと止まった途端、十五は蝶子をこちらに無理矢理振り向かせて、間近に迫りながら笑顔で尋ねた。


「で?何だったっけ?もう一度言ってもらえる?」


「うぎゅ……」


その笑みが余りにも恐ろしく、蝶子が冷や汗を垂らしながら視線をそらす。

あいにく、顔は十五に捕まれてそらせないため、蝶子ができる最大の抵抗だったが、十五は難なくそれを無視して蝶子の唇に自分の唇を重ねた。


「は……むっ……ん…………と……ごさ……」


「お仕置き。悪い子だねこの唇も……君自身も……」


ニヤリとほくそ笑む十五に、蝶子は「うぅ……」とうなりながらも弱々しくにらみつける。

十五はそれを無視して、蝶子から手を離すと、同時に青くなった信号に従い車を再び発進させた。


何もかもが元に戻った気がした。


十五は相変わらず口説き上戸だし、茅や栞達との付き合いも相変わらずだ。

何も変わらない日常が取り戻せたかと思ったのは数日の間だけで、十五の劇的な変化に周囲は驚いていた。


相変わらず学校では無表情で冷酷な“氷王子”は健在だ。


ただ、いつも敬語を使っていた十五が、目上の人以外には敬語を使わなくなっていた。

普段から敬語を使っていた十五が、生徒からどう思われていたのかはよく知っている。

取っつきにくい先生だと思われていた分、生徒に敬語を使わなくなった十五は、少しずつ生徒から信頼を受け始めていた。

今の今までは、誰とも親交を持たずに、自分の領域を作っては誰にも踏み入れさせなかった。


アッサリとまでは行かないが、誰もを拒絶するような態度は見せず、友好的になってきていると思う。

今まで蝶子や家族以外の人には“私”と言っていた一人称も、今では“僕”になっている。

なぜ“俺”じゃないのかと尋ねれば、それはプライベートでしか使わないと教えてくれたけれど。


複雑な気持ちになるのは蝶子だった。


だんだんと先生らしくなっていく十五を見るのが、嬉しい反面、遠い存在に思えてくる。

元々、彼は先生であり自分は生徒、それに御曹司と一般庶民という格差もある。

一層離れていく存在に、もどかしさを覚えていたが、そんな気持ちになる分、こうやって二人きりで会える優越感はたまらない。


やっと十五を独り占めできるのだから、喜ばずには居られない。


悔しいけれど、自分は確かに彼に溺れていることが自覚できてしまう。


この人にギャフンと言わせられる日が来るのだろうかと蝶子がムクレていれば、十五はそれを察したように、運転しながら優しく頭を撫でてくれた。


「適わないことだらけだ」


「え?」


「俺は君が居なければ生きていけないよ」


「……そ、そんな大げさな……」


蝶子が少しだけ呆れながら言えば、十五はまっすぐ前を見たまま言った。


「俺は確かに見たよ。君がサナギから蝶になる瞬間を。それはとてもとても眩しくて、目が眩むほど愛しくて。この人に、守られていると自覚している」


「……私、そんなに十五さんの役に立ててないわ」


「わからない?」


「ええ」


蝶子が落ち込んだように言えば、十五は突然進路を変えて人の気配がしない場所まで車を移動させる。

人も車もほとんど通らない河川敷に車を止めてエンジンを切ると、シートベルトをはずして即座に蝶子を抱きしめた。


「この温もりだけで生きていける……」


ほぉっと安堵のため息を耳元で漏らす十五に、蝶子は照れくさそうにシートベルトをはずし、十五の背中に手を回す。

暖かく、優しい温もりが全身を包み込んで。


幸せという言葉を噛みしめて。


千鶴と和解して、十五は今まで以上に蝶子を大切にしていた。

それは蝶子も自覚しているし、何より千鶴にもらった助言が何より心強い。



――人は脆くできている


――だから傷つけ合うことで


――自分は強いとごまかす


――けれど忘れてはいけない


――人は怖くて脆いものだ


――けれど


――人ほど優しく強いものはない


――心があるから


――人は人であり続ける


――強くなる必要はない


――優しさこそ強さだ


――人は


――それを伝えるために


――生きていくのだから


赤の他人に優しくできるかと言えば、答えはNOだ。

けれど優しくしようと努力すればできないものはない。

あとはホンのヒトカケラの勇気。


それを持つ人が少ないだけで。


だからせめて、知っている人には優しくできればいいと思う。

大切な人を大切だと思えるようになりたい。

恥ずかしさなんて二の次で、好きな人を好きだといえる勇気くらいは持っていたい。

例えそれが恋人で……十五でなくとも、栞や要や、茅、大輔、アル、ミツ、自分に関わる全ての人に、優しくしてあげたいと思う。


誰かに優しくしてほしいと願うなら、誰かに優しくしてあげなければならない。


それが無駄になったとしても、いつかは必ずその優しさが自分に返ってくるはずだから。



「十五さん」


蝶子が小さく呟けば、十五はゆっくりと顔を上げて蝶子をみつめる。

その表情があまりにも可愛らしくて、蝶子は優しく笑いながら十五に尋ねた。


「十五さんの眸には誰が写っていますか?」


聞き覚えのある言葉に、十五は一瞬きょとんとして、すぐに理解したようにクスクスと笑ってジッと揺れる眸で蝶子を見つめた。


「俺の最愛の人……君しか写っていないよ……蝶子」


「ご褒美です」


嬉しそうに笑いながら、蝶子は柔らかな眸を閉じると、静かに十五と唇を重ねた。







2007.11.21 執筆了

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