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揺れる眸  作者: 佐倉硯
23/26

罪の重さ



今もあの笑みが



脳裏に焼きついて離れない



あの時



自分の犯した罪を



あの人のせいにしなければ



狂ってしまいそうで



きっと



今まで生きてこれなかったと思う




「ねぇ、あの人でしょう?黒澤財閥の御曹司って」


「えー!超かっこいー!私ねらっちゃおうかなぁ!」


「だったら私のほうが可能性あるって!アンタより可愛いし?」


「なまいきぃ!じゃあどっちが先に落とすか競争しない?」


「あははっ!賛成!」



言ってろブス共。


耳障りな噂話しか聞こえてこないこの環境に、自ら飛び込んだ自分の行動を酷く後悔していた。

人のことをそういう肩書きでしか見られないお前達に、俺は絶対見向きもしない。

自分自身に言い聞かせるように何度も頭の中でそれを繰り返し、俺は図書室のドアを開けた。


黒澤財閥の次男、黒澤十五。


それが俺であり、俺の肩書き。

自分の家が、世間一般で言う金持ちなことに嫌だと感じたことはないが、それに媚びる世間一般が大嫌いだった。


武者修行とかいう理由で一般高校を受験したのがそもそもの間違い。

金持ちがそこに居るだけで、周囲が浮き足立って俺に媚を売る。


女子も、男子も、先生でさえも、俺に遠慮し、崇拝し、媚びてくる。


気持ちが悪い。


反吐が出る。


親の金がなければただの男だ。

そんな俺を見てくれるやつがこの世に存在するのかさえ分からない。


つまらない高校生活を、このまま続けていかなければならないのかと思うだけで泣きたくなる。

泣いたところでどうにもなんねーけど。


テスト前の図書館は生徒で溢れかえっていた。


俺が入ってきて顔をあげれば、静かにするのが厳守のはずの図書室がざわめき立つ。


いらねぇんだよ。


そんな視線。


苛立ちながら向けられる視線を無視して図書室の中を徘徊する。

立ちながら教科書を広げている生徒も居る。

どうやら本当に席はないらしい。


ふと、視線を図書室の端に向けた。

一人用の席が1つだけ空いていた。


なんだ、空いて……




そう思ったときだった




窓から入る爽やかな風に、揺らめいた白いカーテン




サラサラと繊細な黒髪が流れ




それに無反応のまま窓際に立って本を読む一人の少女




セーラー服の下に、タートルネックの服を着て




春先なのに真っ黒のタイツを履いている




けれど




何もかもが綺麗だと思った




流れる髪も




揺らぐことのない眸も




硬く結ばれた桃色の唇も




隠された体のラインさえも




本に集中しているのかその表情は無表情で




そのあまりにも美しい姿に




俺は無意識に息を呑んだ




「ここ、使っていいですか?」




自分でも分からないうちに声をかけていた。

彼女のすぐ傍にある空いた席を指差しながらそういうと、彼女は視線だけをこちらに向ける。

初めて合った視線はあまりにも無感情で、その人は少しだけ口を開いて「どうぞ」と言った。


少しだけ彼女を見ていたけれど、彼女はすぐに視線を本に落として静かになる。

そこから退くこともなく、ただ静かに彼女は自分の時を過ごしていた。


遠慮がちに席に座れば、ざわめいていた周囲は、さらにざわめきを増した。

その意味がわからないまま俺は勉強道具を広げると、集中するように教科書を見た。


集中……しているはずなのに……


聞こえてくるページをめくる音が


やけに大きく聞こえてくる


高鳴る胸の鼓動の意味を知らないまま


俺は小さく首を振って、雑念を追い払った。



 ―*―



「閉館ですよ?」


司書に話しかけられ、ハッと我に返る。

図書室の中はすでに自分しか居ない状態で、窓の外はとっくに日が暮れている。

しまった、といわんばかりに慌てて立ち上がれば、椅子が下がりきらずに何かにぶつかった。


「……うわぁっ!す、すいません!!」


自分以外には居ないと思っていたのに。

後ろに居た彼女はまだその場に立っていた。

彼女の足に椅子が当たったらしく、けれど彼女は無表情のまま本を閉じて俺を見た。


「別に」


ソレだけを言うと、本を持ったままゆっくりと図書室を出て行こうとする。

俺はその後姿を見て、無性にこのままではいけないと感じ、勉強道具を慌てて片付けると彼女の後を追った。


「あのっ!」


廊下を歩いていく彼女の後姿に話しかければ、彼女はピタリと足を止めてゆっくりと振り返る。

その眸は揺らぐことを知らず、無機質なもので俺を見た。


「……何?」


「あの……さっきは本当にすいませんでした」


「別にいい」


「それで……その……よかったら……名前を教えてください」


自分でも彼女を追いかけたのは無意識に近い行動だった。

だからどんなことを話せばいいのかも考えていない。


けれど、彼女とのかかわりをこれっきりにしたくはないと思った。


直感……と言えばいいのだろうか?


彼女の態度が新鮮に見えたのは、彼女が俺に対して無関心な態度だったからかもしれない。


「斉藤……斉藤千鶴」


「俺、黒澤十五って言います。今年入ったばっかの一年なんですけど、斉藤さんは?」


「千鶴でいい。苗字、嫌い。二年」


「千鶴先輩、あの、俺と友達になってもらえませんか?」


突然、こんな申し出は可笑しかったかもしれない。

けれど彼女は驚くこともなく、笑うこともなく、無表情なまま静かに言った。


「私に、関わらないほうがいいよ」


「俺は自分が関わりたいと思ったから千鶴先輩に話しかけたんです。それじゃあ理由になりませんか?」


必死だった。

ただ彼女と何らかの接点が欲しかったために。


子供だった。


何もわからないまま自分の思うように彼女に言った。


彼女は、ただ俺にはまるで興味がないように「そう……」と呟いただけだった。




その時



彼女と出会ったこの時に



彼女が言ってくれた忠告をちゃんと聞いていればよかった



それは悔やんでも悔やみきれない出会いとなる




俺は必要以上に彼女の後ろをついて回った。

彼女の行動パターンは安直なもので、授業が終わった放課後は、必ず文芸部の部室で本を読んでいるだけだった。

出会ったあの日はテスト前だったこともあって、部活動が禁止だったから図書室に居たらしいけれど。

文芸部の活動はほとんどない。

狭い四畳ほどの個室に、大きな本棚に詰められた古びた本。

ソファーが中央にあって、出窓があって。

その出窓に座り、本を読む彼女の姿しか見たことがない。


下校時間ギリギリまでそこで本を読みふけて、きりのいいところで本を閉じて帰っていく。


彼女の傍は心地よかった。

何も言わず、何も語らず、それでも誰かが傍にいると思うだけで心が安らいだ。

自分が黒澤財閥の息子だと知っているのか知らないのかすらわからない。


彼女は必要以上の事をしゃべらない。


だから俺も必要以上の事では話しかけない。

彼女の時間を邪魔するつもりじゃない。


ただただ彼女と共に過ごす時間だけが、俺にとっての安らぎだった。


彼女もまた、俺をそれなりに受け入れてくれているようだった。

親しい友達はいないようで、ずっと一人で行動している彼女は、俺のことをチラリと見てはまた自分の世界へと入っていく。

彼女の中に自分が存在している。


彼女はよく学校を休んだ。

それは一日おきだったり、三日連続だったり。

長い時には二週間ほど来ない時もあった。


俺はその原因をよく知らない。


彼女の白い肌を見れば、なんとなく病弱なのだろうと勝手に解釈をしている。


先生はそんな彼女に何も言わない。

一度、二年生のテストの結果が張り出されていた廊下を歩いた時には驚愕した。


彼女の名前はいつも先頭にあった。


しかも毎回のように満点を取っている。

頭がいい生徒は何をしてもいいのだろう。

特別な彼女の傍に居る。


少しだけ、優越感があった。




彼女と一緒に時を過ごしてどれくらいたっただろうか。


ある日、クラスメイトの男子が俺に言った。


「黒澤、お前、あの斉藤先輩と付き合ってるんだって?」


「はぁ?何ソレ?付き合ってねぇよ」


「でも一緒に居るところ良く見かけるって噂が」


「よく一緒に居ることは確かだけど、付き合ってねぇよ」


「そうか……」


ほっとした表情を浮かべるソイツの言動に、俺は眉間に皺を寄せて尋ねた。


「何だよ?なんか問題でもあんの?」


「……あのよぉ……俺が言うのもなんだけど、あの先輩とは関わらないほうがいいよ」


「何で?」


「なんか……親から虐待受けてるって話……」


寝耳に水だった。

驚いて声も出せないでいる俺に、ソイツは続けるように言った。


「あの人の家、かなり問題らしいよ?あの人いつも制服の下にタートルネックの服着てんじゃん?真夏でも真っ黒のタイツ履いてさぁ。アレ、親から受けた虐待の傷を隠すためじゃないかって」


まさか、そんな事があるわけない。


そんなことがあってたまるかと、俺はソイツを睨んで低い声で言った。


「馬鹿な噂を流すんじゃねぇよ」


ビクリと震えたソイツの姿を見て、俺はいつものように彼女の元へ向かう。


彼女はいつもどおり部室の出窓に腰をかけ、本を読んでいた。

俺はゆっくりと近づいて、彼女の綺麗な髪先に触れる。


「その本、俺も読んだことあります」


「……そう」


「続き、あるの知ってます?」


「ああ」


「俺、今読み終わったところなんですよ。持ってるんで貸しましょうか?」


「ああ」


ただこれだけ。


ホント、こんな短い会話しかしたことがなかった。


“親に虐待受けてるんだって……”


クラスメイトの言葉が頭を過ぎった。

彼女の体は必要最低限の肌しか露出していない。


違う。


そんなわけない。


きっと病気か何かだ。


そうに決まっている。


俺は静かに彼女の隣に座ると、本を読むのに集中している彼女の綺麗な髪で遊んだ。



下校時間を告げるチャイムが鳴り響く。


彼女はその音を聞いて静かに本を閉じると、自分のカバンの中にしまった。


「先輩」


「……何?」


「送っていきます」


俺の言葉に、彼女は返事をせずに部室を出て行く。

どう取ればいいのかわからなかったけれど、俺は彼女の後を追う。




道を歩く彼女の横顔は心なしか浮かない表情をしていた。

俯き加減で、かなりゆっくりとした足取りに、俺は歩調を合わせるのに、足がもつれそうになる。


静かに、何も言わない彼女の隣に並んで歩いた。


時が


止まってしまえばいいと思う


ゆっくりと歩いていた彼女の足取りが、一軒の家の前で止まった。


「ここ?ですか?」


こじんまりとした古びた家。

彼女は無言のまま小さく頷く。


彼女の手が、俺の制服の袖を引っ張った。


「……く……ない……」


「え?」


彼女が初めて俺にSOSを出した時


俺はそれに気付かなくて


家から出てきた無精ひげのおじさんを見て、彼女は俺の制服の袖から手を離した。


「千鶴、お帰り」


穏やかに微笑むその人に、彼女の体が小さく揺れた。


「た……ただいま……」


彼女がゆっくりとそのおじさんに歩み寄れば、おじさんぱ優しく彼女の頭を撫でて、俺を見る。


「君は?」


「あ、学校の後輩です。遅くなったのでお送りしただけなので」


「そう、ありがとう」


それだけを言えば、彼女の背に手を添えて家の中へ入っていく。

どうやら父親らしい。


なんだ、いい人じゃないか。


やっぱり虐待だなんてただの噂だな。


俺は家の中に消えていった二人を見届けて、安堵のため息を漏らすと、自分の家への帰路を歩き出した。



「あ、やべ、本貸すの忘れた」


ふと思い出した彼女との約束に、俺は踵を返して彼女の家に戻る。

結構な距離を戻ってから気がついたから、俺は少しだけ急ぎ足で歩いた。


チャイムを鳴らしても誰も出てこなかった。


ついさっき送り届けたばかりだから、中には絶対居るはずなのに。


ドアノブに手をかければ、すんなりと空いたドアに、俺は躊躇しながら中を覗いた。


「すいませーん……」


静まり返る家の中に、小さく響く俺の声。


ゆっくりと玄関に入り、死角になっていた廊下を覗き込むようにして見れば……









手を縛られ


自由を奪われ


乱れた制服の中に潜む


彼女の体に


むさぼりつく彼女の父親の姿


初めて見た彼女の肌は


切り刻まれ


火傷を負い


見るも無残な姿で


彼女の父親は


煙草に火をつけると


何の迷いもなく彼女の体にソレを押し付けた



「あ゛あぁぁあぁっ!!」


「ウルセェぞ……黙れ」


「ぐっ……あ゛ぅ……」


「おい……どういうことだ?……ああ?男に送られてきやがって……」


「ご……ごめ……さ……」


「お前……まだそんなに男が欲しいのか?あぁ?!欲しいのかっ!?」


「違っ……」


暴れる彼女を押さえつけ


己の性欲をぶつける男の姿に


酷く吐き気がした




喘ぐこともなく


無機質な眸を天井に向け


この行為が終わるのを


ただひたすら待ち続ける彼女の姿に





どうして俺はそう思ったのだろう






とても





とても綺麗だと





男を受け入れたままの彼女の視線が





俺の視線と絡み合った








今でも脳裏に焼きついて離れない







その時見せた






俺に初めて見せてくれた艶やかな笑みを







その笑みに






欲情した自分の愚かさを







“家に帰りたくない……”





そういった彼女のSOSを




どうして俺は気付かなかったのだろう




初めて俺を頼ってくれたのに




初めて本音を見せてくれたのに





俺は





何も出来ないまま





逃げるようにソコから立ち去った






家へ帰って

一目散で風呂場へ直行する


汚い


汚い


自分は酷く汚れている


溢れ出る自分に対する憎悪


彼女を守れなかった嫌悪


これほどまでに


無力すぎる自分を殺したいと思ったことはない


洗わなければ気がすまなかった


肌が赤く腫れ


内出血が起きるほど


磨いても磨いても


その汚れは落ちることがない


シャワーを頭から浴び


流れ出す嗚咽と涙をごまかして


あの男と同じ生き物だと


そう思うだけで吐き気が止まらない


早く


早く


洗って


綺麗にして


そして







何も


思い浮かぶことなどない






救えるだなんて


思えもしない



神様



神様



アナタが存在するのであれば



どうか俺を消してください



この忌々しい



無力な俺を消してください





彼女の事を願わずに



自分の事を願う



無意識に自分の保身を図ろうとする



そんな自分が許せなくなっていた






誰でもいい



俺を消してください







それからしばらく、俺は彼女とは会わなくなっていた。

彼女が俺に会いに来ることもない。


その程度の関係だったのだ。


彼女にとってはその程度の関係だったと……そう思わなければやっていけない。



一度、進路指導の先生に彼女の家の事情を話したことがあった。


親から虐待を受けているのではないかと、そう遠まわしに伝えれば、先生は静かに言った。


「他人の家の事情に口を挟むものじゃない」


汚い


こいつも汚い


でも


こうしなければいけなくなった自分が一番汚い。



一人で膝を抱え、中庭で過ごすことが多くなった。


誰も近寄らせなかった。


近寄ってきたヤツには罵声を浴びさせた。


気持ち悪くて。


誰も信用できなくて。


頭が可笑しくなりそうだった。




「大丈夫かい?」


静かに尋ねてきた言葉に顔を上げた。

穏やかに微笑む先生だった。


「藤木……先生……」


彼は彼女の担任だった。


彼女が以前、彼と楽しそうに話をしていたのを見たことがある。


彼女が唯一心を開いている相手。


この人なら……。


この人なら救ってくれるだろうか?


彼女を……


そして自分を……



「センセ……斎藤先輩が……」


「ん?彼女がどう……」


「藤木先生!!お宅のクラスの斎藤千鶴が!病院へ運ばれたそうですっ!!」


二人の会話に割って入った突然の出来事。

先生は穏やかな顔を急変させ、慌てるように走り出す。


斎藤千鶴が……


病院へ運ばれた……?


それは


先輩の……名前だよ……な?


先輩が……病院へ……?


ようやく理解したその言葉を、頭の中で何度も繰り返し。

俺ははじける様に藤木先生の後を追った。



 ―*―



「千鶴ちゃん」


優しい先生の声が彼女の名を呼ぶ。

彼女は振り返ることもなく、病院のベッドに横になったまま、静かに天井を見上げている。

体中に巻かれた包帯。


腕を伝う点滴の管。


医者から先生に告げられたのは


彼女の父親が逮捕されたこと


そして


彼女の体にもう1つの命が宿っていたこと――。



「聞いた!?斎藤千鶴の話!」


「聞いた聞いた!父親の子供身ごもったんだって!」


「うそっ!親とヤッてたのっ!やるぅ!」


「近親相姦ってヤツ!?うわー考えられねー!」


「親に援交を斡旋させられていたってマジなの!?」


「何!?あの女、ヤりまくりじゃん!」




「黙れっ!!!黙れ黙れ黙れ黙れっ!!!」




何も知らないくせに



何も知らないくせに



なぜ彼女がココまで酷く言われなければならない?



彼女は被害者なんだ



彼女は被害者で



父親が加害者で



被害者の彼女を救えなかった



俺も



加害者だ






彼女は学校に来なくなった。


定期的に行われるテストを、先生が彼女の元まで出向いて受けさせていた。


相変わらず、何をさせても成績だけはよかった。


あんな状態になった彼女に、テストだなんて……。


学校側も必死だった。


早々に彼女を卒業させ、厄介払いしたいのだ。



父の子を降ろし、彼女の傍には藤木先生の姿があった。


一部では結婚したとまで噂されていたが。


その噂の真相はよくわからない。


藤木先生が、彼女を保護してるのは確かで。


彼女にようやく安息の場所が見つかったのだと分かると。


俺は、彼女に関わる全てのことから逃げ出した。









彼女に会わないまま、俺は高校を卒業した。


大学に進学し、あの頃の事を忘れようと遊び歩いた。

数人、言い寄る女性と付き合ってみたけれど。

性欲はわかず、それに痺れを切らせて別れていく女が大半だった。


彼女より、綺麗だと思える女性に出会えなかったのだ。


いつになったら全てを綺麗に忘れられるのか。


いつになったら俺は解放されるのか。


忙しい方がいいのに。


自分を追い詰めるように留学までしたのに、彼女のことが頭から離れることはなかった。


忘れようと努力していた時、留学から帰国してすぐに俺宛に一通の手紙が届いた。


分厚く、綺麗な文字が並んだその手紙を読んだ俺は、それを握り締めて駆け出した。


突きつけられた真実。


これが本当なら、彼女は今どうしているのだろうかという衝動に駆られた。

不安でどうしようもなかった。

彼女はこの真実を知らない。


でも、手紙に書いてあったことが本当なら、彼女はすでにこの世に存在していないのかもしれない。



それだけが怖かった。




目の前の彼女は



その美しさを失い


廃れた表情でおぼろげに俺を見つめた


腕に並ぶ赤い筋を見て


ただその残酷なまでに成り下がった彼女に身震いを起こす



「……咲人……さん……?」



ようやく呟かれた名は自分のものではなく、すでにこの世から居なくなったその人だった。



ねぇ……藤木先生


俺は


貴方を一生恨みます


彼女をこんな風にしてしまった貴方を


彼女の人生を滅茶苦茶にしてしまった貴方を


一生


許すことなど出来ない


貴方の思い通りになんてさせない


俺は


一生この人を好きになんてならない


この人を恨んで


恨んで


殺したいほど恨んで


この人が


死んでいく様を見届けてやる






「……そうですよ……千鶴ちゃん」




笑顔で涙を零した。



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