第5話 見えない友達が一番怖い
【速報】超能力少女、ついに先生の家を占拠しました。
―― 共同生活一日目。
すでにツッコミが追いつきません。――
ようやく始まった共同生活。
……のはずが。
ソファに大興奮。
名前という概念を知らない少女。
褒められるだけで笑顔満開。
そして――
「親友が見つけてくれた!」
少女が指差した先には、
誰もいなかった。
平和なはずの日常。
でも。
この家には、
どうやら"もう一人"いるようです。
中瀬の家は、茜が想像していた通りだった。
シンプル。
家具も必要最低限。
やたら目立つものはない。
『個性を出さずに暮らす方法』というカタログがあったら、そのまま載っていそうな部屋。
でも、整理されている。
清潔。
使いやすそう。
茜は女の子の手を引いて中へ入り、少しだけ立ち止まった。
部屋を見回す。
そして。
気づいた。
匂い。
あの香水。
ぶつかったときに、ほんの少しだけ感じた、あの匂い。
それが今は、部屋全体に広がっていた。
自然に。
ものすごく自然に。
ものすごく、困るくらい自然に。
茜の頬が、少し赤くなった。
――うわ……この匂い……。
一拍。
――違う。違う。違う。
――ダメ、茜!! そこまで!!
こっそり頭を振る。
女の子は、不思議そうに茜を見ていた。
そこで、茜は別のことに気づいた。
「あれ? 髪、もう桃色じゃないの?」
女の子は、自分の短い髪を触った。
確かめるみたいに。
「まあ、別にいいけど……」
茜は咳払いをした。
「中瀬くん、もうすぐ食べ物を買って帰ってくるからね?」
「うん」
女の子は、家に入ったことがなかった。
最初の三十秒で、それがよく分かった。
ゆっくり歩いて、何でも見る。
壁。
壁と床の境目。
天井。
新しい世界を、一つずつ覚えているみたいだった。
ソファの前で止まる。
ソファを見る。
床を見る。
もう一回、ソファを見る。
そして、座面によじ登った。
立つ。
成功。
ゆらゆら。
にこっ。
「こうするの、たのしい!!」
茜は、その様子を見つめていた。
すごい。
でも、ちょっと怖い。
両方だった。
――すごいな……。
「ねえ、お水飲む? 私、喉がからっから……」
「おんなのこ、おみずほしい!」
茜は思わず笑った。
――自分のことを『女の子』って言った。かわい――。
止まる。
「待って! それ、名前じゃないからね?」
女の子が瞬きした。
「なまえ?」
「そう! みんな名前があるの。ほら、私は茜。望月茜!」
「……」
見た目は二歳くらいの子が、できる限り真剣な顔で聞いていた。
「よし、書いてあげる」
茜は、テーブルにあった紙を一枚取った。
どう見ても、中瀬のもの。
どう見ても、先生の大事なメモが書いてある。
そこに。
大きく。
丁寧に。
『茜』
「ほら、茜。こう書くの」
女の子は目を丸くして、紙をのぞき込んだ。
茜は名字も書いた。
『望月』
「望月。こう!」
女の子は、もう一度見た。
真剣。
集中。
ものすごく集中。
「分かる?」
「わかんない」
言葉が、石みたいに落ちた。
――私、何のために書いてたの!?
「まあ……」
茜は、何事もなかったように紙を折った。
尊厳だけは守る。
「そりゃ分かんないよね。まだ赤ちゃんだし。歩くし、喋るし、心も読むけど……。そのために私、お金もらうんだもんね!」
女の子は、何も分かっていなかった。
でも、とりあえず茜についてソファへ向かった。
茜は、どさっと座った。
朝から世界を背負ってきた人の重さで。
「うわ……このソファ、気持ちいい……」
すぐに赤くなった。
頭を振る。
今度は勢いよく。
――違う。違う。ダメ!!
――茜、集中!!
――今日会ったばっかりの男の人の家のソファから離れなさい!!
「そうだ!」
勢いを取り戻して、女の子へ振り向いた。
「何か番組見ようか!」
「ばんぐに?」
――ああ、かわいい。
「ば・ん・ぐ・み。テレビ。知ってる?」
「ばんぐにテレビ、しらない」
茜は深呼吸した。
両手を膝へ置く。
任務開始の姿勢。
「ヨチ! 史上最高の発明を見せてあげる!」
「はつめい、しってる!!」
女の子は、得意そうだった。
「そうやって始まるの!! 難しい言葉から!!」
茜は女の子を抱き上げ、そっとソファへ座らせた。
「すっごく賢いね!!」
女の子の丸い頬が、赤くなった。
そして。
髪も変わった。
桃色。
「桃色!? お、お、お腹空いてる!?」
「うん」
「やあああ!! お、お腹ね!? そ、そっか!」
茜は息を整えた。
「じゃあ、待ってる間、テレビで番組見ようか? 気が紛れるよ!」
髪が、元の色へ戻った。
「うん!」
「よし!! あとはリモコンを探すだけ……」
テレビ台を見る。
ない。
ソファを見る。
クッションの下。
ローテーブル。
棚。
「……あれ? リモコンどこ!?」
茜が下を見ると、女の子が真剣な顔をしていた。
「リモコンをさがす、せんもんのひと?」
本気の質問だった。
茜は咳払いした。
「そう! とっても専門的なお仕事なの! よく『任務』って呼ばれるんだよ!」
「にんむう?」
「任務! それとか、いろんな理由があって、私があなたのお世話に選ばれたの!」
胸を張る。
誇らしげ。
根拠は、特にない。
「でも、だいじん、まちがいだったっていってたよ」
茜。
完全に壊れた。
「あ、あの人、意地悪なの! 気にしなくていいよ!」
捜索続行。
「ねえ、リモコンっぽいもの、何か見つかった?」
「おんなのこ、リモコンわかんない。もちすきさん」
「もちづき……。まあ、いいや」
茜は、専門家としての捜索を続けた。
本人によると。
ソファの下。
テレビの後ろ。
なぜかテーブルに置いてあったカップの中。
「もちすきさん!!」
とてとてとてとて。
小さな足音。
女の子が駆け寄ってきた。
少し息を切らしている。
数メートルより、ずっと長い距離を走ってきたみたいに。
「あった!」
両手で、リモコンを差し出した。
「うわあ!! すごい!! どこにあったの!?」
「しらない。いちばんのおともだちが、みつけてくれたの」
一拍。
茜は、女の子が来た方を見た。
誰もいない。
本当に。
誰も。
「……」
「い、い、いちばんの……お、お友達?」
「うん。このこ」
女の子が指を差した。
何もないところへ。
完全に。
何もないところへ。
茜は、指の先を見た。
女の子を見る。
もう一度、指の先を見る。
ぎこちなく笑った。
「あはは……よかったね……」
一歩下がる。
もう一歩。
そして。
振り向いて、走った。
勢いよく玄関を開けて――
ドンッ。
「いたっ!!」
「気をつけてください、望月さん」
中瀬が、買い物袋を腕に掛けて立っていた。
もう驚かないことを覚えた人の顔で。
茜は、涙目で見上げた。
声は、必死のささやき。
「中瀬くん……この子、悪魔に取りつかれてる……!!」
「望月さん、そんなことを言うものではありません」
中瀬は中へ入った。
落ち着いて袋をテーブルへ置く。
女の子へ向き直って、少し笑った。
「何が好きか分からなかったので、おいしい肉を買ってきました」
「に、肉!?」
茜の目が輝いた。
脳より先に、口が反応していた。
中瀬が、袋から取り出す。
「インスタントラーメン!? 本気!?」
彼が茜を見る。
「もちろんです」
「これ、だいすき!!」
女の子は、運命の食べ物に出会ったみたいな勢いだった。
中瀬は、満足そうに頷いた。
「ちょっと、中瀬くん!!」
茜が近づく。
「この子、生後……一週間!? 三か月!? なの忘れた!?」
「今は二歳くらいに見えますね、望月さん」
「何歳でも関係ない!! インスタントラーメンはダメ!!」
茜は、彼の手から袋を取った。
戸棚へしまう。
袖をまくった。
突然現れた料理人の勢いで。
「ヨチ!! お昼は私が作る!」
女の子と中瀬が、茜を見た。
中瀬は、静かに息を吐いた。
――体にいい手料理なんて、久しぶりだな……。
「何か見ますか?」
「うん! ばんぐにテレビ、だよね!」
――何でも言い間違える。かわいいなあ。
茜は、女の子の口から出るものなら何でもかわいかった。
「ええ。ばんぐにテレビですね」
中瀬も、そのまま言い間違えてソファへ座った。
――まねしないで、中瀬くん。ちょっと間抜けに見えるから。
茜は、キッチンでしっかりそう思った。
「リモコン、見つけてくれたんですね」
中瀬が、女の子の手元を見る。
「うん! リモコン、みつけた!」
「どこにありました?」
「しらない。いちばんのおともだちが、みつけてくれたの」
「……」
静寂。
茜が、二人へ恐ろしい目を向けた。
――だから言ったでしょ、中瀬くん!!
――この子、取りつかれてるって!!
――さあ、今度は何て言うの――。
「そうですか」
中瀬は、どこまでも落ち着いていた。
「そのお友達の名前は?」
キッチンで。
茜のスプーンが、流しへ落ちた。
――信じられないんだけど、中瀬くん!!
ここまで読んでくださってありがとうございます!♡
少しでも楽しんでいただけたら、下の☆から評価していただけると嬉しいです!
ブックマークも、続きを書く励みになります~!
(´▽`)
キャラクターデザインやイラストは、Pixivにも投稿しています!
よかったら、ぜひのぞいてみてくださいね♡
Pixiv:
https://www.pixiv.net/en/users/121622272
それでは、また次のお話で!♡




