第25話 四秒間の平和
【緊急速報】つむぎのお世話マニュアル、制作開始!?
― 高級ペンは行方不明。茜は大興奮。そして中瀬、なぜか窒息寸前。―
赤ちゃんになったつむぎについて、分からないことが多すぎる。
髪の色。
変わる年齢。
不思議な能力。
そして、姿の見えない「親友」。
そこで茜が思いついたのは――
「マニュアルを作ろう!!」
さっそく用意された古いノート。
ところが茜、そのノートに盛大な勘違いをしているようで……?
一方、つむぎはお気に入りのソファで、高級ペンを満喫中。
それぞれの思惑が、まったく噛み合わない三人。
果たして、この家に平和は訪れるのか!?
※訪れても、四秒もちません。
三人が家に帰ると、つむぎはお気に入りのソファへ向かって、まっすぐにはいはいした。
行き先に迷いはない。
……はずだった。
ぴたっ。
ソファを見る。
廊下を見る。
もう一度、ソファを見る。
(……もっと幸せになれるものがある)
そう思ったつむぎは、にやっと笑った。
赤ちゃんがしていいのか、少し不安になる笑顔だった。
茜と中瀬は、何かを言い合いながらキッチンへ向かっていた。
何について話しているのかは、まだよく分からない。
その隙に、つむぎは書斎へとはいはいしていった。
苦労して椅子によじ登る。
椅子から、机へ。
机から、引き出しの縁にぶら下がる。
そして、少しずつ引っ張った。
ゆっくり。
ゆっくり――
つるっ。
「……」
ぽすん、と椅子に落ちた。
一秒ほど、そのままで状況を考える。
それから、もう一度登った。
今度は開いた。
そこにあった。
ペン。
中瀬の、高いペン。
教師として使っていた、大切なペンだった。
ほかの持ち物とは比べものにならないくらい、大切に扱っている。
つむぎは、それを持って居間へ戻った。
ソファに落ち着く。
一本目を、かぷっ。
ようやく目的地に着いたような、満ち足りた顔でかじり始めた。
二人とも、何も気づいていなかった。
その頃、キッチンでは。
「本来の姿に戻ったのかもしれませんね」
中瀬が、話の内容に似合わない落ち着きで言った。
「戻ったわけないでしょ! だって……」
そこで初めて、茜はソファを確認した。
小さな足が一本だけ見える。
いる。
よし。
「生後二週間には見えないもん」
「……」
沈黙。
二人とも、分からなかった。
どうして。
何がきっかけで。
つむぎは一晩のうちに赤ちゃんになったのか。
疑問ばかりが増えていく。
けれど――
「そうだ!!」
突然、茜の顔が明るくなった。
中瀬は、何も分かっていない顔をした。
「私たちには分かりにくいから、混乱するんだよ! だったら、最初から整理してみればいいの!」
「普通、最初から始めるものですけどね」
中瀬は、少しからかうつもりだった。
茜は、それに気づかないくらい張り切っていた。
「マニュアルを作ろう!!」
「……」
「本気だよ! 知ってることは全部書くの。どんな細かいことも見逃さずに! これから何週間かかけて、分かったことを追加していけば、どうすればつむぎちゃんを助けられるかも分かるし……」
もったいぶって、間を置いた。
それから中瀬に、こそこそと囁く。
「……国からのお金も、もらえるかも」
「お金のためにやってるんですか?」
空気が壊れた。
「違う。違うよ。全然違うから! ただ、せっかくここまでやってるんだし……もらえるものは、もらおうかなって……ね?」
無邪気な少女みたいな顔をして言った。
無邪気ではなかった。
「……」
中瀬は何も言わず、目をこすった。
気まずい沈黙が流れる。
「オカルトではなく、演劇をやるべきだったと言おうとしたんですが……」
もう一度、茜の顔を確認する。
「……やっぱり、今のは忘れてください」
「この隠れた才能は、世間に知られない方がいいってことだね……」
茜も冗談に乗った。
「はい」
返事が乾きすぎていた。
本心すぎた。
茜は腹を立てて、中瀬に椅子を投げた。
茜が叫び、中瀬が椅子の下から起き上がろうとしている、その間。
居間では。
つむぎが壁に張りついていた。
棚の上にあるテレビのリモコンへ、手を伸ばそうとしている。
危ない。
かなり危ない。
しばらくして、中瀬は高いペンがなくなっていることに気づいた。
学校で使っていたもの。
使いやすい方のペン。
残っていたのは、古いペンばかりだった。
生徒が置き忘れて、そのまま取りに来なくなったものだ。
中瀬は一本、手に取った。
(……まあ、いいか)
机の上には、古いノート。
その横には、ペン。
茜と中瀬は、それを眺めていた。
静かだった。
(どうして、こんな古いノートを……まさか、中瀬くんが学生の頃の日記!?)
茜が、その可能性に夢中になっている隣で。
中瀬は思っていた。
(じいさん、ノートを使っても怒らないでくれよ。……安らかに)
「中瀬くん、なんでペンを七本も持ってきたの?」
「どれかは書けます。どれだったか分からなくて」
「ああ。なるほどね」
(やああああ!! 中瀬くんが学生の頃の日記に、私が書いてる……!!)
茜は、やたらと嬉しそうだった。
まだ、試し書きをしているだけなのに。
中瀬は、その様子を見ていた。
(つむぎちゃんのマニュアル、本当に作りたかったんだな)
「これだ」
茜が、唯一書けるペンを見つけた。
「そうですか」
「……」
「……」
「何から始める?」
「項目ごとに分けましょう」
「項目? 辞書じゃないんだか――」
言い終わる前に、中瀬が茜の手からペンとノートを取った。
椅子を引く。
座る。
そして、書き始めた。
(すごい。字まで、こんなにきれいなんだ……)
茜は、自分では認めたくないくらい熱心に見ていた。
落ち着いた動き。
迷いのない筆先。
ペンを持つ、その手。
(何でも上手にできるんだな……)
そして。
(これでも負けるわけにはいかない!!)
中瀬は、中瀬で考えていた。
(よし。望月さんが作りたいなら、ちゃんとしたものにしよう)
一ページ目には、こう書かれた。
一、髪と、その色
二、年齢と、それぞれの姿で過ごす時間
三、「親友」について――何者なのか
四、能力と、その働き
二番目の右端には、小さく、少し斜めに書き添えてあった。
『なぜ、こうなる?』
「この四つから始めれば、整理しやすいと思いますが……どうですか、望月さん」
「すごい! 中瀬くん、すごすぎる!! ありがとう!!!」
そのまま、茜は中瀬の首に抱きついた。
無意識だった。
しかも、かなり強かった。
ほとんど首を絞めていた。
そのうえ、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
古いノート。
そこに並ぶ、中瀬の字。
茜はそれを、とても大切なものを見るような目で見ていた。
中瀬は、口を開けたまま固まった。
驚いて。
動けなくて。
茜は気づいていない。
まだ跳ねている。
まだ首を絞めている。
もう少ししたら。
間違いなく、茜の悲鳴が聞こえるだろう。
そして、ほぼ確実に中瀬のせいになる。
中瀬は何かしらの形で、また負傷することになる。
けれど、今だけは。
この一秒だけは。
茜は嬉しそうに跳ねながら抱きついていて、中瀬は驚いたまま動けなかった。
居間では――
つむぎが、中瀬の高いペンをかじっていた。
何ひとつ後ろめたいことなどないような、穏やかな顔で。
先に言っておこう。
その平和は、四秒も続かなかった。
今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
(*´꒳`*)
皆さまが読みに来てくださること、そして応援してくださることが、本当に嬉しいです!
よかったら、絵文字で今回の感想を教えてくださいね!
★で応援していただけたら、さらに大喜びします!!
ヽ(>∀<☆)ノ
いつも温かい応援を、本当にありがとうございます!
次のお話でも、もっと楽しんでいただけますように!
それでは、また次回お会いしましょう~!!
(。・ω・。)ノ♡




