父と娘
深呼吸をして震える手を落ち着かせると、今まで一度もこちらからかけたことの無い番号を押す。
「…………朝妃か?」
最悪、出ないことも考えていたのに、あっけないほど短くコール音は鳴りやんでしまって驚く。
忙しい中出てくれるのだからやっぱり愛してくれているのだろうか。
それでも、相変わらず冷たい声だと感じてはしまうけれど。
「はい」
「…………どうした?」
きっと、今までの私ならこの期に及んで何でもないと逃げてしまっていたかもしれない。
だけど、信じてくれる人が、支えてくれる人がいる。
弦月さんが作ってくれた手作りのプラネタリウムを動かすと、今まで部屋を仕切っていた天井が星空に変わり、どこまでも羽ばたけていけるような気さえした。
「…………お父様は、私のことがお嫌いですか?」
「………………なに?」
ほとんど会話の無い家族。
それに、今まで直接聞いてしまうことが怖くてずっと尋ねることは無かった。
「私が産まれたことで、お母様は亡くなりました。以前は笑えていたはずのお父様も笑えなくなりました」
こんなことを言えば、もっと嫌いになってしまうかもしれない。
もしかしたら、忘れたかった過去を蒸し返されて激怒するかもしれない。
でも、それでも私達がこのままここで立ち止まっているよりずっといいと思う。
「ずっと、悩んでいたんです。私はいない方がいいんじゃないかって」
ほとんど、一人ぼっちだった。
親子で参加する行事はいつの頃からか一人で参加するようになっていたし、誕生日ですら一緒に食事はしてもほとんど話すこともなかった。
「…………本当のことを教えてください。私は、お父様の本音が聞きたい」
電話の向こう側から続く沈黙。
何を考えているのかは分からない。これが、一生の決別になるのか、その逆なのかも。
でも、きっと最悪の結果になったとしても私は自分を見失わずに立っていられるはずだ。
心の中に、輝く星がずっとあり続けるから。
「………………………………僕は、間違えたんだろうか」
電話の主がいなくなってしまったのではないかと思えるほどの長い静寂の後、いつもより幼げで、寂しそうな声が響く。
「当然、僕は朝妃を愛しているよ。それは、今まで一度も変わったことの無い事実だ」
「…………なら……どうして、お父様は私との時間を作ってくださらないのですか?」
「それは」
「お仕事が忙しいのは知っています…………それでも、私は、寂しかったっ!」
こんな子供じみたことは言わないようにしていた。
しかし、堪えようのない感情に蓋をしたくても、どんどんそれは流れ出ていって抑えられなくなる。
「今回の誕生日もっ、お父様の趣味を理解しようと、頑張っていたのにっ!慣れない料理の練習までして楽しみにしていたのにっ」
心はグチャグチャで、理性が追い付かないほどに感情が高ぶる。
「ずっと一人ぼっちで過ごしてきました。話したいことも全部言わずに我慢してきました」
演じていた理想的なお嬢様の仮面なんて、取り繕えないほどに取り乱してしまう。
「………………今の私には、お父様の愛がわからないのです」
酷い娘だと思う。
でも、これが私の偽らざる本音だ。なら、正面からぶつかるしかない。
「………………すまない」
「謝って欲しいわけではありません。ただ、お父様の本音を聞きたいだけなのです」
別に、嫌いなら嫌いで構わないと今なら思える。
繕えない家族を無理して維持するくらいなら、お父様を開放してあげる方がいいとも考えている。
「…………言い訳になるかもしれないが。僕はね、不器用なんだ」
「不器用、ですか?」
いつも、冷静沈着で、できないことなんてなくて、それこそ弱点なんか見たことの無いお父様のその弱音に少し驚く。
「ああ。茜……君のお母さんにもよく怒られた」
「……そう、なんですか」
「昔から、勉強や仕事ばかりで人付き合いをしてこなかったツケだろうね。あまり、人の気持ちを察するということが苦手なんだ」
「それは、どういう」
お母様の話も、お父様の話もほとんど聞くことは無かった。
写真はたくさん残っていても、その人となりまでは写真じゃわからなかったから。
「…………僕はね、朝妃が小学生の頃に言っていたことを気にしていただけなんだよ」
「え?」
「君は、幼い頃に言ったんだ。『あんまりベタベタしないお父様はカッコいい』とね」
「そんな、こと」
確かに、言われるとそんなことを言った覚えがある。
でも、あれは同級生の子が自分の父親とお父様を比べて羨ましさで言ってくれた言葉をそのまま伝えただけだったような気がする。
「きっと、覚えていない程度の些細なことだったんだろう。でも、僕はそれが君の願いだと今日まで思っていた。それほど、不器用な男なんだよ、僕は」
「…………そんな、単純なことだったんですか?」
「すまない。至らない父親で」
「…………いえ、私も至らない娘だとわかりましたから」
怒りすらも湧いてこないほどに、単純で、拍子抜けしてしまう事実に力が抜けていく。
ある意味、似た者同士なのだろう。
お互い不器用だからこそ、ずっとすれ違い続けてきた。
「これからは、気を付けるよ。それに、いい機会だし思っていることをちゃんと言い合おう」
「そう、ですね。こんな、バカみたいなこと、もうしたくありませんし」
そして、私達はお互いのことを話して言った。
昔のこと、今のこと、たくさんのことを。
好きな人が出来たという話だけは、やたらと食いつかれてしまったけれど。
すいません。完全に投稿忘れてました。
これで、全て終わりとなります。不器用な登場人物しかいない、物語になってしまいましたが(笑)