追放した彼らの末路
適正レベルとされてる場所をリーダー達は進んでいく。
そこでも強さを発揮して敵を倒していく。
無理や無茶を平然と行う連中であるが、決して無能ではない。
3年間生き抜いてきた実績は、決して虚構ではないのだ。
「こんなもんか」
本日の稼ぎをみて、リーダーは満足する。
今まで以上の成果を手に入れた。
それを見て確信する。
「やっぱり、俺たちはこの辺りでもやっていける」
「そうだな、まだ無事だしな」
「やっぱり、打って出ないと駄目だよな」
「魔法もがんがん飛ばせるし」
「これも女神の導きです」
誰もが目の前の成果に満足していた。
同時に、回復術士の慎重さに腹をたてていた。
「あいつの言うことなんか聞いてなければ……」
皆の気持ちをリーダーが口にする。
そう言いたくもなる。
回復術士の言うことを聞いていなければ、もっと上手くやれていた。
もっと稼げていた。
それが実証されたのだから。
「まあ、危険に備えるのは大事だが」
「度が過ぎるとね」
「魔法も思いっきり使えない」
「それで周りの人と争うのもいけません」
口々に非難が出てくる。
「あいつは慎重なんかじゃねえ。
ただの臆病者だ」
リーダーも仲間に同調する。
「そのせいで、こんだけの稼ぎを逃してたんだ」
もし、適正レベル通りに行動していたら。
もっと早くこれだけの稼ぎを得られていただろう。
レベルももっと早く上がっていただろう。
そう思うとやりきれない。
得られていたはずの成果。
それを取り戻す事はもう出来ない。
過ぎ去った過去なのだから。
だからこそ、憤りも大きくなろうというもの。
「だいたいよ」
リーダーは悔しさをにじませて言う。
「危ねえ危ねえって言うなら、じゃあ逃げればいいんだ」
そう言って地面を蹴る。
リーダーは確かに猪突猛進である。
その結果、太刀打ちできない敵に遭遇する事もある。
だが、それで問題があるとは思っていなかった。
危なければ逃げればいい。
そのつもりで行動していた。
「それをあいつは」
しかし、回復術士はそれを認めなかった。
逃げられなかったらどうするんだと。
そう言われてリーダーは激怒した。
自分の考えを、やり方を否定されて。
それは、そうやって生きてきたリーダーを認めないという事だった。
許せるわけがない。
そんな回復術士を、今は否定出来る。
彼のやってきた事や考えを全否定出来る。
かつて味わった怒り。
それが解消されていく。
自分が正しかったと証明されて。
「まあ、今日はこのくらいでいいだろう。
帰るぞ」
そう言ってリーダーは帰還を促す。
ギリギリまで粘ったりはしない。
余力のあるうちに帰らないとあとが怖い。
それくらいの知恵はさすがに身につけている。
一同は、その場から地上へと戻っていく。
その帰り道でも考える。
回復術士の言うとおりにしていなければ、もっと稼げた。
そう口にしながら歩いて行く。
その通りだ。
稼ごうと思えばもっと稼げた。
それは間違いない。
同時に。
回復術士の言うとおりにしないなら、相応の危険もやってくる。
安全性を優先させていたのが回復術士である。
稼ぎをほどほどにして。
それが稼ぎを優先すればどうなるか?
それももまた実証されていこうとしていた。
迷宮からの帰り。
その途中も安全というわけではない。
魔物のうごめく迷宮である。
どこにどれだけ潜んでるか分からない。
途中で遭遇する可能性だってある。
ここに来るまでに遭遇した敵は倒してきた、だけど、それが全てではない。
帰り道も遭遇する可能性はある。
遭遇しない事の方がまれだ。
それは彼らにも分かっている。
帰る途中でも魔物に会うだろう。
それを見越して、余裕のあるうちに帰還する。
そのつもりでいた。
そして、無意識に思っていた。
自分たちの手におえるものしか出てこないだろうと。
適正レベルに見合った敵しか出てこないだろうと。
それらはいくらか正しく、いくらか間違っている。
適正レベルに応じた、手に負える敵。
見方によってはそれは正しい。
最前線にまで行けるほどの才能の持ち主。
それらにとっては適正範囲内だろう。
だが、そうでない者達。
それらからすれば、身の丈を遙かに超える相手。
回復術士を追放した者達が遭遇した魔物。
それは、まさしくそういう存在だった。
一流どころからすれば、どうにか始末出来る相手。
だが、三流には手に余る強敵。
それがリーダー達の帰り道を塞いだ。
「な…………」
足を止める一行。
彼らは目の前にあらわれた敵を見て愕然とした。
遭遇するのは初めてだ。
だが、資料には目を通した、いやいやだったが。
そんな面倒な事をと思ったが、回復術士が無理矢理読ませてきた。
先行する者達がもってきた情報である、おぼえておいた方がいいと言って。
そのおかげで、それがどんなものかは分かった。
首落とし。
そう呼ばれる魔物だ。
全体の形は人間に近い。
だが、常人を超えた身体能力で飛びかかり、頭をつかみ、首をねじ切る。
軽業じみた動きをして接近し、瞬時に命を奪っていく。
単純に力押ししてくる魔物とは違った面倒さがある。
だが、首を狙うという習性があるので、ある程度対処も出来る。
狙いが定まってるという事は、それに気をつけていれば良い。
警戒するべき部分が分かっていれば、そう怖い相手ではない。
このとき、リーダー達はそう考えていた。
間違ってはいない。
だが、油断はあった。
その首落としが飛びかかる。
リーダー達は即座に行動にうつる。
厄介な相手だが、一匹しかいない。
そうそう危険というわけではなかった。
なので、いつも通りにリーダーと重装戦士が前に出た。
二人で壁になり、後方を守る。
盗賊は後方に位置して、弓などで遠距離攻撃。
同時に、女魔術師と女神官の護衛。
女神官はその間に能力強化や防御空間を展開する。
同時に女魔術師による魔法攻撃で相手に打撃を与える。
いつもの戦闘方法である。
基本的なやり方で、効果は高い。
相手が一匹なら、これで十分である。
そのはずだった。
しかし、飛びかかった首落としは、前衛二人を無視する。
その頭上を容易に飛び越すと、そのまま後衛の三人に向かう。
「な…………!」
予想外の動きにリーダーと重装戦士は慌てた。
まさか、自分たちを無視して後方に向かうとは思っていなかった。
慌てて振り向くが、その間に首落としは後衛へと向かう。
とんでもない俊敏さで走る首落とし。
その速度に探索者達は驚いた。
今まで遭遇した魔物の中では随一である。
そんな魔物の前に立っていたのは盗賊である。
単に女魔術師と女神官の間に立っていただけであるのだが。
だが、陣形としてそういう配置になってる。
前方にリーダーと重装戦士。
真ん中に盗賊。
後列に女魔術師と女神官。
その位置関係のために、盗賊は首落としと相対する事になった。
そして。
がつっ、と頭がつかまれ。
ぐるん、と首落としが回した。
手の動きに合わせて盗賊の頭がぐるりと回転する。
前を向いていた頭が、真後ろを向く。
その間に、ごきり、と不気味な音が鳴った。
盗賊の首の骨から上がったものだ。
盗賊はそのまま地面に倒れた。
慌ててそちらに向かおうとリーダーは走った。
彼のレベルなら、距離を一気に縮められる。
そのまま首落としを切りつけようとした。
間合いに入って、剣を振り上げて切り落とす。
しかしその直前に首落としは飛びすさる。
「…………!」
リーダーは無言で驚愕した。
うぬぼれでも何でもなく、リーダーの一撃は早かった。
あげたレベルに嘘はない。
その一撃が、適正レベル範囲の相手に避けられた。
それに驚いた。
(油断は出来ないか……)
このとき、ほんのわずかだがリーダーは相手の能力を認めた。
このままではまずいと。
体勢を立て直して、どうにかせねばと。
しかし、それを実行する前に、形勢は更に不利になっていく。
ごきゅ、と背後で音がした。
何事と思って振り返ったリーダーは、重装戦士が倒れるのを見た。
その頭に、首落としが絡まってるのも。
最初に会ったものとは別の相手だ。
首落としは一匹ではなかったのだ。
(まずい)
意識するより先に、本能でそう察した。
一匹でも簡単に盗賊を倒した相手だ。
それが二匹。
まともに戦っても勝ち目は少ない。
まして仲間は既に二人倒されている。
「逃げるぞ!」
叫ぶより早く駆けだしていく。
リーダーの十八番、逃走だ。
危なくなったら逃げればいい。
リーダーの信条である。
危険だと分かれば退散すればいい。
だから、まずは果敢に攻め込んでいく。
そういう考えでこれまでやってきた。
回復術士に文句を言われながらも。
今回もそのつもりで動いた。
この状況では逃げるのが一番だと判断して。
だから残った仲間にも声をかけた。
この場から離脱するために。
リーダーとしては、それでやるべき事をやったつもりであった。
だが、女魔術師と女神官からすれば、そんな事は無かった。
いきなり「逃げろ!」と叫んだ。
そうかと思った瞬間には、さっさと走り出していた。
それは彼女らには、自分たちを置き去りにして逃げたとしか思えなかった。
回復術士がリーダーを咎めたのはこのためだ。
逃げればいい、確かにそれも悪くはない。
だが、他の者はどうするのか?
その事についてまったく考えてない。
そこが問題なのだ。
リーダーはそれでいいだろう。
だが、他の者は巻き込まれる。
それらも同じように逃げられるのか?
そんな保証は全くない。
無責任極まる話だ。
今がまさにその状態だった。
逃げろ、と言われても女魔術師も女神官もすぐには動けない。
その間に、首落としが迫る。
女神官はこれまでにないほどの身の危険を感じていた。
そんな彼女のすぐ隣で、女魔術師が反応する。
女魔術師は冷静に状況を判断していた。
相手の動きは速い。
狙いをつける魔法は使いにくい。
避けられる可能性が出てくる。
必ず命中する魔法もあるが、そういったものは集中力が必要になる。
今、そんな事をしてる余裕はない。
なので、単純に簡単にできる手段を用いていく。
何より、女魔術師が好む攻撃力が高くて派手なものを。
魔力を高め、攻撃力に変えていく。
即座に発動して、敵を確実に効果範囲に巻き込めようにする。
発動できる形になった瞬間に、女魔術師は躊躇う事無く魔法を使った。
「炸裂────」
短く唱えた瞬間、凝縮された魔力が周囲にはじけ飛ぶ。
術者を中心とした魔力の爆発。
それが周囲に広がっていく。
首落としがそれに巻き込まれる。
当然、女神官も。
女魔術師の問題が形になった。
彼女は攻撃力が高くて派手な魔法を好む。
そしてそれを放つにあたり、周りの事を、仲間の事をまったく考えない。
その場において最善の攻撃方法を躊躇うことなく使う。
つまり、自分以外がどうなろうとまったく気にしない。
相手の事を考えないという点においては、リーダーと全くおなじ気質を持つ。
だから回復術士は女魔術師をいさめ続けてきた。
その歯止めが消えた今、女魔術師を止める者はいない。
吹き飛んでいく。
首落としも、女神官も。
倒れていた盗賊と重装戦士の死体も。
周りにあった全てが吹き飛んでいく。
それにより女魔術師は窮地を脱する事が出来た。
だが、犠牲は大きい。
吹き飛ばされた女神官はかなりの重傷だ。
回復魔法を使えれば良いのだが、それが使える本人が魔法を使える状態ではない。
「やりすぎた」
冷静に淡々と女魔術師はつぶやく。
だが、解決方法はない。
女神官を連れて帰ることが出来ればなんとかなるが。
あるいは、運良く他の探索者と出会うことが出来れば。
念のために持ってる治療薬を使ってみる。
だが、どれだけ効果があるやら。
炸裂の魔法は結構な威力がある。
それを間近で受けてしまったのだ。
骨が折れたり内臓が破裂していてもおかしくはない。
そうなると、回復薬でも効果があるかどうか。
そのあたりは気になったが、それでも使っていく。
このまま放置するよりはよっぽど良いはずだから。
しかし、それで全て終わったわけではない。
迷宮にいる魔物はこれだけではない。
他の魔物も存在する。
それらは女魔術師と女神官へと向かっていく。
先ほど使った女魔術師の炸裂の魔法。
それは結構派手な音がした。
それを目印に魔物が集まっていく。
これが回復術士が女魔術師をたしなめた別の理由である。
音にしろ光にしろ、派手に放たれれば周りにいる魔物を呼び込みかねない。
だからこそ、魔法の使い方を考えろと言ってもいた。
それを無視した事で、女魔術師は危機を呼び込んでしまった。
ろくに動けない女神官と、その傍にいる女魔術師。
そこに向けて様々な魔物が接近していった。
いずれも、首落としに劣らない危険なものたちだ。
それらは女魔術師達を見つけると、躊躇うことなく襲いかかっていった。
女魔術師も迎撃をする。
派手に魔法を使っていく。
使いながら逃げていく。
動けない女神官をおいて。
気は引けたが、女魔術師も命が惜しい。
だが、威力の高い魔法を放てば、魔力を失っていく。
それらは魔力の消費も激しい。
すぐに女魔術師は魔力切れになって戦闘力を失う。
しかし、魔物は次々に襲いかかってくる。
それをしのぐ事も出来なくなったところで、女魔術師の命運は潰えた。
彼女も盗賊と重装戦士の後を追う事になった。
リーダーも同じだ。
かろうじて逃げれたのは良い。
だが、入り口方向にいた首落としから逃げるには、迷宮の奥に進むしかない。
その分、入り口が遠くなる。
多少なりとも奥に入ってしまうので、より強力な敵が出てくる可能性もある。
それでもリーダーは運が良かった。
なんとか逃げ切り、入り口へと向かっていく。
途中で魔物にも遭遇したが、その頃には彼なら難なく相手に出来るくらい弱いものばかりだった。
運が良いのだろう。
そのまま町まで帰還する事が出来た。
だが、それで終わりというわけにはいかなかった。
リーダーは事の顛末を協会などに報告。
何があったのかを伝えていく。
これらは今後の対策もある。
危険な魔物との遭遇があったら、その情報共有もしなくてはならない。
なので、可能な限り起こった事を協会に報告するよう求められている。
これは協会員であるための義務でもある。
それを終えたリーダーは、とりあえずやるべき事をした。
しかし、パーティは壊滅。
最悪の状態に陥ってしまった。
それだけでは終わらない。
それから何日かして、女神官が帰還した。
女魔術師が使った回復薬の効果があったのだ。
さすがに傷が全快するという事はなかったが。
しかし、魔法を使える状態にはなった。
あとは回復魔法を使って動ける状態にまで持ち直した。
おかげで町まで帰還する事が出来た。
そこで、起こった出来事を協会に伝えていった。
それにより、リーダーとは別視点で事の顛末が伝わる事になる。
「最悪のリーダーです」
女神官は聞き取り時にそう伝えた。
調和をお題目にする女神教の信徒らしからぬ言い様だ。
しかし、彼女は躊躇う事無くリーダーを糾弾していく。
それにより事実が余すことなく伝えられていった。
女神官にとってリーダーは、教義に反する行いをした不届き者になっていた。
仲間を見捨てて逃げたのだから当然だ。
だから何一つ容赦はしなかった。
女神の教えに背いてるリーダーなど、女神官からすれば背教者に等しい。
そうでなくても、人としてどうかというものだ。
それは女魔術師についても言える。
仲間の事を考えないで強烈な魔法を使ったのだ。
擁護など出来るわけがない。
こうしてリーダーは責任を問われる事となった。
協会における評価は一気に下がる。
提供する便宜の幾つかが停止される。
その中には仲間の斡旋もある。
それはそうだ、仲間を見捨てるような者を紹介出来るわけがない。
リーダーはこうして単独で行動するようになる。
危険なのは分かってるが、食っていくためにはしょうがない。
そして、性格が災いして、現状に見合わない危険な所まで潜入していく。
最初のうちはそれでどうにかなっていた。
だが、数回の迷宮入りをあとに消息を絶った。
危なくなれば逃げればいいといつも通りに行動し。
危なくなっても逃げられない状況に陥っていった。
そうしてリーダーは誰にも知られる事無く消えていった。
いなくなった事に気づかれる事も無く。
女神官はそれよりはいくらか良い境遇だった。
新たに別のパーティや仲間を斡旋してもらい、再び迷宮へと向かっていった。
しかし、教義にこだわる性格や態度が仲間との軋轢を生んでいった。
それは新人からのものだ。
そこが鬱陶しく思われ、既存のパーティから誘われなかったのだ。
そんな人間が上手くやっていけるわけもない。
リーダー達のパーティにいられたのは、そういうはみ出し者ばかりだったからだ。
それはそれで波長が合ってしまったのだろう。
回復術士以外とは。
その後、女神官はパーティから追放された。
その後も似たような事繰り返し、入れるパーティがなくなっていった。
しかも、そうしてるうちに神の奇跡が使えなくなった。
おかしな事ではない。
女神官が仕えているのは、調和を説く女神。
他の者とまともな人間関係を作れない者をいつまでも信徒にしておくわけがない。
そのまま教会からも放逐。
迷宮に潜るための力を失った彼女は、やむなく他の仕事を求める事になった。
しかし性格が災いして、どこも長続きせず。
流れ流れて、最後には最底辺の売春宿で客をとる事になった。
それで何年かは食っていけたのだが。
それも若いうちだけである。
容色が衰えればお呼びではなくなる。
結局最後は、食うや食わずの中で、飢え死にしていった。
それもまた、誰かに看取られる事も無く。
死んでるのを発見され、無縁仏として共同墓地に放り込まれていった。
こうして回復術士が所属していたパーティは壊滅した。
迷宮のまわりでは特に珍しくも無い、よくある見慣れた風景の一つである。
駄目な者達が人間性にふさわしい末路をたどった。
ただそれだけの事でしかない。