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18-15「反撃」

18-15「反撃」


 夜明け前の空に、次々と王立空軍機が飛びあがっていく。

 王国南部に分散配置された飛行場から離陸した王立空軍機は、集合予定場所となっているタシチェルヌ市の上空へと向かい、そこで、1つの巨大な編隊を形成した。


 タシチェルヌ市は、王国の中でも最大規模の都市だった。

 その上空を飛んでいると、眼下にその大都市の夜景を見下ろすことができる。

 夜明け前の、まだほとんどの人は眠っている様な時間帯ではあったが、戦争に必要な生産活動を続けるために昼夜を問わず稼働を続けている工場群や、都市の骨格をなす幹線道路沿いの街路灯などは明かりが点いていて、空から見下ろすととても綺麗な景色になっている。

 深夜まで営業している店や、他よりも早くから働き始める人の家の明かりなど、そこに暮らす人々の生活を感じさせてくれる光もあちこちにあり、街が生きているということを実感させてくれる光景だった。


 それは、1月以上前、連邦による戦略爆撃が行われていた時には見られなかった姿だ。

 一時期は敵の攻撃目標となることを避けるために灯火管制が徹底され、夜になるとタシチェルヌ市の様な大きな街でも暗闇になった。

 タシチェルヌ市の市街地の何割か連邦軍によって焼かれてしまっていたが、それでも、人々が通常の生活を取り戻しつつある。

人々が暮らしを取り戻すのに、僕が少しでも力になれたのだと思うと嬉しかった。


 僕たちはタシチェルヌ市の上空で、ぐるぐると旋回しながら作戦に参加する全ての機体が集合するのを待ち、進路を東へと取った。


 静かな飛行だった。

 操縦席の中に聞こえてくるのは順調に回っているエンジンの音と、プロペラが風を切る音だけ。

 空には星がまたたき、その中を、たくさんの友軍機の灯火が駆け抜けていく。


 こう言っては何だが、恐らく、戦争で無ければ目にすることができなかった、貴重な光景だろう。

 僕は平和になった空で仲間たちとのんびり飛ぶことを夢見て来たが、こんな風に、たくさんの友軍機と一緒に空を飛ぶのも、何だか頼もしくて思えて好きだ。


 やがて、進行方向がうっすらと明るくなった。

 太陽はまだ顔を出してはいないが、もうすぐ夜が明ける。

 夜の闇が少しずつ白くなり、徐々に赤みを帯びていく。


 ほんのわずかな光の中、攻撃目標になっている海岸線が見えた。


 僕は、その光景を見て、驚かされた。

 何故なら、一晩の間に、海岸線には見慣れないものがたくさん置かれていたからだ。


 それは、阻塞気球そさいききゅうと呼ばれているものだった。

 阻塞気球はその名の通り気球の一種で、長いロープによって地上に固定され、主に航空機などが低空に降りて来て攻撃を行えない様に邪魔をする目的で使用されるものだ。

 気球そのものが障害になるというだけでなく、気球によって引っ張られ、ピンと張られたロープが何よりも厄介になる。

 翼に引っかかったり、プロペラにからんだりすれば、それだけで地上に墜とされてしまうかもしれない。


 帝国軍はどうやら、海岸線へ僕たち王立空軍の反撃があることを予想し、しっかり道具を準備してきていたらしい。

 昨日の段階であれば、空中戦で勝利してしまえば僕たち戦闘機部隊も低空に降り、装備した射撃装備で帝国軍を攻撃することができたのだが、海岸線沿いにいくつも並べられた阻塞気球があるせいで、それはもう難しくなっている。


 帝国側が攻撃に備えているからと言って、僕たちがやることは何も変わらない。

 攻撃隊の指揮をとっている爆撃機部隊の指揮官から「全軍突撃」の号令がなされ、僕たちは海岸線の帝国軍へと向かって突撃を開始した。


 タシチェルヌ市から強行軍を行い、移動困難な一部の重装備を除いて海岸線へと集結を終えた王立陸軍の3個師団は、僕たち王立空軍による攻撃を合図として、帝国軍への反撃を開始する予定になっている。


 戦車や歩兵などはどうにか戦場へと到着することができたのだが、重砲や野戦砲などの多くはまだ到着することができていない。

 その火力の不足を、僕たち空軍による攻撃で補おうというのがこちらの作戦だ。

 王立空軍機による攻撃で帝国軍が揚陸中の兵力や兵器を破壊し、かつ、帝国軍の指揮系統にも混乱を生じさせることで、少しでも王立陸軍の反撃の成功率をあげる。


 先陣は、僕たち戦闘機部隊だ。

 昨日は僕ら301Aだけで先行したが、今度はもっとたくさんの飛行中隊と一緒に海岸線の上空へと飛び込む。


 一晩中、僕たちの反撃を警戒して戦闘空中哨戒任務の機体を出撃させ続けていた帝国軍はさすがに消耗しているらしく、海岸線の上空にいる敵戦闘機の姿はわずかで、1個中隊ほどしかいなかった。

 敵は少数でも果敢に僕たちに戦いを挑んできたが、今回は僕らの方が数で圧倒的に有利だ。短時間の交戦で敵機の約半数を撃墜し、残りの半数は退却していった。

 それでも、こちらも2機、やられてしまった。敵パイロットの腕がいいせいだ。


 戦場上空の航空優勢を確保できたのだから、王立空軍による爆撃はスムーズに行われた。

 昨日よりも帝国軍の対空火力は強化されており、その攻撃によって王立空軍の爆撃機が3機、戦闘機が1機撃墜されてしまったが、多少の損害は戦う以上どうしても生じるものだし、覚悟の上だ。


 爆撃機部隊は帝国軍の頭上へ爆弾の雨を降らせ、無事にその任務を完了して帰還を開始した。

 僕たち戦闘機部隊も地上を攻撃して少しでも友軍の反撃を助けたかったのだが、阻塞気球があちこちにあるせいでうまく攻撃のコースを取ることができず、やむを得ず爆撃機部隊に従って帰還することにした。


 200機もの爆撃機が爆弾を投下したのだから、戦果はあがっている。

 帝国軍が揚陸した兵器や物資をかなり吹き飛ばすことができたし、揚陸途中だった艦艇も何隻か破壊することができた。

 帝国軍の指揮系統を一時的に混乱させ、王立陸軍による反撃に対応することを困難にするという作戦目標は、十分に達成されたはずだった。


 攻撃を終えて帰還する針路を取った後すぐ、僕たちは進軍を開始した王立陸軍の姿を眼下に確認することができた。

 王立陸軍は戦車部隊を先頭にして、海岸線の帝国軍を海へと追い落とすべく、土煙をあげながら突撃していく。

 途中、空を見上げながら手を振って来た兵士の一団がいたので、僕は軽く翼を振ってそれに答え、同時に、彼らの作戦の成功と生還を祈った。


 僕は、作戦の成功を疑わなくなっていた。

 この時点で王立陸軍は海岸線にいる帝国軍の倍の兵力を確保している見込みになっていたし、何より、僕たち王立空軍機による攻撃も成功しているのだ。

 出撃する前は不安が大きかったが、たくさんの友軍機と一緒に飛行し、そして、友軍機から投下された爆弾が次々と炸裂していく様子を見ている内に、不安はどこかに消えてしまっていた。

 必ず勝てる。そんな風に、楽観的に僕は考えていた。


 実際、僕たちが基地へと帰還した時には、王立陸軍が有利に戦っているという報告が届いて来ていた。

 僕たちは作戦の成功と全員無事での帰還を祝ってくれたハットン中佐からその報告があったことを聞いて、お互いに手を叩いたり、口笛を吹いたりして喜んだ。


 王立空軍は手を緩めず海岸線に反復攻撃をかける腹積もりでいたから、僕たちは数時間後には再度出撃する予定になっていた。

 その準備を進めてくれている整備班は、今朝の出撃に備えて深夜から準備を開始し、僕たちが出撃している間に簡単に仮眠しかできておらず疲れているはずだったが、味方が有利に戦っているという報告を聞いたおかげか少しも疲れを見せずきびきびと動いている。


 この分なら、僕たちが再攻撃をかけるまでもなく、勝ててしまうのではないか?


 それは、ある意味では現実逃避だったのかもしれない。

 王国はこれまでも、これからもずっと、不利な状況で戦い続けなければならない。

 それが、局地的にとは言え、王国の側が有利になる状況が生まれ、そして、本当に有利に戦うことができている。

 そのせいで、僕たちはみんな、少し期待を持ち過ぎてしまっていた様だ。


 戦況が変わったという報告が入って来たのは、味方が有利だという報告を聞いてから数十分後のことだった。


 それは、ついさっきまで優勢に戦っていたはずの王立陸軍が反撃を止め、作戦が開始された時の位置まで後退しつつあるという報告だった。

 負けた、とか、友軍部隊が壊滅した、とかいう報告では無かったが、それでも、今回こそは王国が有利に戦い、そのまま戦況が推移していくものだと思い込んでいた僕にとっては、あまりにも衝撃的で、呆然とさせられてしまった。


 僕たち王立空軍による攻撃は、うまく行った。

 今朝の段階で王立陸軍の側が兵力で優勢になるという予測も間違ってはおらず、攻撃を開始した王立陸軍は、順調に作戦を進めていた。

 ならば、何故、突然反撃を中止し、後退しなければならなかったのだろう。


 それは、帝国軍の艦隊が海岸線へと接近し、反撃作戦を行っている王立陸軍の部隊に対して、猛烈な艦砲射撃を浴びせたからだった。


 僕が抱いていた期待は、無数によって、簡単に打ち砕かれてしまった。


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