18-10「ソレイユ」
18-10「ソレイユ」
飛び立った僕らは高度を取りつつ、集結予定地点となっているクレール市の上空で、他の作戦参加機と合流を果たした。
クレール市の上空で集結を行ったのは第1航空師団から作戦に参加する兵力で、第1波の攻撃隊として、戦闘機約30機、爆撃機約50機で編隊を形成した。
これに加えて、タシチェルヌ市の上空で、第1航空師団から派遣された護衛の戦闘機部隊と、第3航空師団の爆撃機部隊が合流を実施しているはずだ。その数は、戦闘機が約10機、爆撃機が約20機。
ソレイユで戦っている友軍を支援するための第1波攻撃隊として、合計で、戦闘機約40機、爆撃機約70機が参加する。
作戦に投入される予定になっていた全兵力の約半数で、残りの半数は第2波攻撃隊を編成し、僕たちの攻撃が完了する予定の時間に、入れ替わりに出撃する予定となっている。
帝国軍が実施した総計400機以上もの大規模な航空攻撃と比べると、僕たち王立空軍の反撃は数でその半数に過ぎず、どうしても見劣りがしてしまう。
だがこれが、今の僕たちが投入できる、精一杯の兵力だ。
合流を終えた僕たちは、爆撃機部隊による誘導を受けながら、ソレイユへと向かった。
少し雲があるがよく晴れた空に、80機以上もの機体が翼を並べて、飛んでいく。
戦況の厳しさはよく理解していたが、それでも、これだけの友軍がいることが頼もしかった。
途中、戦闘機が2機、爆撃機が1機、機械的なトラブルを起こしたため引き返してしまったが、それでも、僕の気持ちは少しも弱気にならない。
数機減ったところで気にならない様な大編隊で僕たちは飛んでいたし、僕たちが向かっていく先には、援軍の望みも無いまま、戦い続けている友軍がいる。
ただ、彼らを1人でも多く救いたい。その気持ちが強かった。
それから僕たちは、タシチェルヌ市の上空で集合を行った部隊とも合流することができた。
同じ目的地を目指しているとはいえ、航路が違う上に、飛行機は高速で飛び去ってしまうので、合流できるとは少しも思っていなかった。
予定に無かった幸運に、僕らの士気はより高まった。
編隊は100機以上に膨れ上がり、まとまった状態で戦場へとつくことができる。
帝国軍は断続的にソレイユの上空に航空機を出撃させているということだったが、こちらがこれだけ大きくなれば、多少、ソレイユの上空に帝国軍機がいたところで、それを排除し、効果的な攻撃を行うことができるだろう。
やがて、僕たちは、王国の東海岸へと近づいた。
遠くの方に、きらきらと輝く海が見えてくる。
まだ敵機の姿は視認することができなかったが、戦場となっている辺りから、いくつもの煙の筋が立ち上っているのが見えた。
ソレイユではまだ、友軍部隊が戦闘を行っているのだろう。
帝国軍の火砲の発砲と思われる閃光が、地上にたなびく硝煙の中からでも確認できる。
どうやら、帝国軍は大砲などの重装備も揚陸させて、ソレイユを攻略するために思う存分、活用している様だった。
攻撃部隊の攻撃目標は、これで決まった。
こちらの爆撃機部隊は、王立空軍の主力爆撃機である双発のウルスばかりで、連邦が王国を焼きつくすために差し向けて来たグランドシタデルと比較するとあまりにも小さな機体だったが、それでも、70機以上の数がいる。
ソレイユの守備隊を苦しめている帝国軍の重装備を爆撃し、大きな損害を与えることは、決して不可能では無いだろう。
だが、まとまった爆撃を実施するためには、敵機の反撃があっては困る。
攻撃隊の指揮を執っていた爆撃機部隊の隊長は、戦闘機部隊の一部を先行させ、目標上空の航空優勢を掌握せよとの命令を発した。
その、攻撃隊の先頭をきってソレイユの上空に突入する役割は、僕たち、301Aに与えられた。
僕たちは相変わらず7機しか作戦に参加していない、定数を満たさない飛行中隊でしか無かったが、その装備、そしてパイロットの練度は、王国の中でも最も優良な部隊として認識されている。
他に先駆けて突入するという難しい任務だったが、僕が指揮する立場にあったら、同じ判断を下しただろう。
レイチェル中尉は、もちろん、断らなかった。
僕たちにも、異論などない。
自分たちにできることは、何でも、やるだけのことだ。
僕たちは速度を上げるために増槽を投棄し、エンジンの出力を上げて、戦場へと向かった。
海岸線が近づき、戦いの様子がより詳細に見えてくる。
すでに、ソレイユの街は、その半分以上が帝国軍の手に落ちている様だった。
守備隊は港の部分と、街の中心部分である役場の周囲を確保しているのみで、今も、苦しい戦いが続いている。
いったいどうやって持ち込んで来たのか、帝国軍は戦車まで持っていた。
帝国軍は守備隊がまともな対戦車兵器を持っていないことをいいことに戦車を前面に押し立て、その装甲で銃弾を弾き、歩兵の盾としながら、じりじりと守備隊への包囲を狭めている様だ。
守備隊はこれに対し、建物を爆破して戦車を生き埋めにしたり、戦車に捨て身で接近して、即席の火炎瓶などで攻撃したりしている様子だったが、兵力差はどうすることもできずに、どんどん追い込まれてしまっている。
だが、街でもっとも大きな建物である役場の屋上には、王国の旗が未だに高々とかかげられている。
それは、弾雨の中で穴が開き、破れかけたボロボロの、煤にまみれた旗だったが、それでも、そこに堂々と立って、風を浴び、誇らしげに泳いでいた。
僕にはそれが、ソレイユで戦い続けている友軍の姿そのものだと、そう思えた。
僕は、今すぐ降下して行って、守備隊を狙う戦車を、ベルランD型の5門の20ミリ機関砲でハチの巣にしてやりたいという衝動に駆られた。
だが、無線に飛び込んで来たアビゲイルの声が、僕にそれを思いとどまらせる。
《敵機発見! 港の上空、低空に11機! 友軍を攻撃している! 》
彼女が指摘した場所に、確かに敵機の姿があった。
遠くからでは発見できなかったのだが、それは、敵機が低空にいて、僕たちの側からでは煙に隠れて見えなかったせいだろう。
よく探してみたが、他に、辺りに機影は無い。
だとすれば、僕たちがやることは、1つだけだ。
《よぉし! 301A全機、あの敵機を攻撃する! 敵は低空、高度優位はこちらにある! 全機叩き落してやれ! ただし、対空砲火には注意! あんまり低空に降り過ぎるなよ! 》
《《《《《《了解! 》》》》》》
僕たちはレイチェル中尉に答え、自然に散開し、攻撃態勢を取った。
敵機は、守備隊を銃撃するため、とても低空にいる。
僕たちは高度有利にいるから、一方的な戦い方ができるはずだ。
だが、見たことの無い機種だった。
連邦の空母から発進した部隊と戦った時もそうだったが、連邦も帝国も、空母に搭載して運用する機体は全て、専用に開発されたものであるらしく、陸上で戦っている時には遭遇したことのない機体だった。
当然、その性能は未知数だ。
ただ、単座機であることと、全体的な雰囲気が鋭さを持っていることから、戦闘機だろうということは分かる。
僕はそれを頭の片隅に置きながら、慎重に敵機の動きを観察し、狙いを定めることにした。
ベルランの火力であれば、まともに当てれば、どんな敵機だって撃墜できるはずだ。
落ち着いて狙えば、必ず、敵機を倒すことができる。
帝国軍の艦上戦闘機は、少しだけだが、連邦軍の艦上戦闘機に似ている様な気がした。
もちろん、ちゃんと見ると違っているのだが、低翼配置の敵機の翼を中翼配置に変えてみると、連邦の艦上戦闘機の機影にそっくりになる様に思える。
機影が似ているからと言って性能まで同じだとは限らなかったが、帝国の艦上戦闘機も高速で、十分な運動性があると考えておいた方が良いだろう。
敵機は、僕たちの接近に気がついているはずだったが、落ち着き払っていた。
それだけでも、手ごわい敵だと分かる。
僕たちとしては、こちらの接近に気づいて、慌てて高度を取ろうとし、速度を失ってくれた方が攻撃しやすいからだ。
敵のパイロット、あるいはその指揮官は、それをよく理解している。
敵機はあくまで低空に留まったまま、じっと、こちらを注視している様だ。
僕たちが攻撃するタイミングを見計らって回避し、その瞬間を狙って、反撃するつもりなのだろう。
敵機が手ごわそうだからと言って、攻撃をやめるわけにはいかない。
僕たちに与えられた任務は、ソレイユの守備隊を支援することで、それを達成するためには、味方の爆撃機による攻撃を成功させなければならない。
そのためには、敵の戦闘機の存在は、排除しておかなければならない。
手練れであるというのなら、なおさらだ。
僕たちは、レイチェル中尉を先頭にして、敵機へ向かって突撃を続けた。
帝国軍の艦上戦闘機のモデルは、紫電改です。
艦上機型ということで、改四に相当する機体になります。
史実の紫電改は、烈風の完成が遅れたこともあり、水上戦闘機を原型に持ちながらも、零戦に代わる戦闘機として期待を集めた高性能機でした。
鹵獲して試験を行った米軍などでも、その性能は日本機の中でもっとも優れた部類に入り、自国の戦闘機と比較しても手ごわいものだと認識されていた様です。
ただ、装備するエンジン、誉の不調などが原因で、その本来の性能を発揮できない場面の多かった機体でもあります。
今回登場した機は、不調から解放された誉(低圧燃料噴射装置を装備したタイプ)を装備し、パイロットも、太平洋戦争開戦時の水準の精鋭、という設定です。
主人公たちも腕が良くなっているので、こういう敵役も出してみることにしました。