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16-38「引き起こし」

16-38「引き起こし」


 僕は迂闊うかつだった。

 任務の遂行すいこうに気を取られ過ぎて、その先にある危険を少しも考えていなかった。


 炎の中に突っ込んだ瞬間、操縦席の窓を光が覆い、そして、僕の機体は目に見えない大きな巨人に棍棒こんぼうで思い切り殴りつけられた様な衝撃を受けた。

 身体が前後左右、上下に激しく揺さぶられ、シートベルトが身体に食い込む。

 機体に敵機の破片が当たり、いろいろなものが壊れる音が響いた。

 そして、目の前に何かの破片が勢いよく飛び込んでくるのが見える。


 脳を直接揺さぶられる様な衝撃と共に、僕の目の前が暗くなり、思考が薄れる。


 僕は、自分の頬に当たる冷たい風に目を見開いた。

 よく状況がみ込めなかったが、どうやら、僕は気を失ってしまっていたらしい。


 僕は慌てて機体の計器を確認し、自分の機体の状態を確認しようとしたが、できなかった。

 目の前に蜘蛛くもの巣状の白い筋が広がっていて、前が良く見えなかったからだ。


 それは、僕が身に着けていた、パイロット用のゴーグルに何かがぶつかってできたヒビだった。

 ゴーグルの材質は、それを身に着けた者の目を保護するために普通のガラスではなく、割れにくく飛び散りにくい材質が使われている。

 ちょっと何かが当たった程度では傷もつかないはずだったが、よほどのものが当たったらしい。


 僕は慌ててゴーグルを外すと、急いで計器を確認する。

 僕が気を失う直前、僕の機体は敵機に攻撃を加えるために急降下をしていた。

 僕が意識を失っていたのはほんの数秒間だろうと思うが、その間にも機体は降下を続け、地上に向かって激突しようとしているかもしれない。

 あるいは、速度がつき過ぎていたり、立て直しの難しいきりもみ回転にでも入ってしまったりしているかもしれない。


 高度がすでに失われていて、機体を立て直したり、脱出したりする間もなく地上に激突してしまうかもしれない。

 視界のきかない夜の空で、きりもみ回転にでも入ってしまっていたら、もう、最悪だ。何も打つ手がない。


 幸いなことに、高度はまだ十分にあった。

 どうやら、僕が気を失っていたのは本当にほんの数秒であったらしい。

 機体の姿勢も、大きな問題はない。恐れていたきりもみ回転はしていなかったし、降下角度は70度ほどになっていたが、僕が敵機の爆発に巻き込まれる直前の状況からそれほど変化していない。


 だが、速度が少しつき過ぎている。

 ベルランD型の安全な降下速度として定められている数値を超える値を、計器は示している。


 機体は急な角度で降下をし続けているから、これは、危険な状態だった。

 慌てて機首を引き起こせば、機体は空中分解を起こしてしまうかもしれないし、かといってのんびりしていては高度を失って地面(もしくは海面)と激突するか、もっと速度がついてしまって余計に機首を引き起こすのが困難となってしまう。


 まずは、どうにかして速度を落とさなければ。

 僕はまず、エンジンのスロットルを落とし、プロペラが生じさせている推進力を落とした。

 これだけでは機体は減速してくれない。推進力を減らす以外に、機体の空気抵抗をどうにか増やさないといけない


 だいぶ前になるが、僕に飛行機の飛び方を教えてくれた教官、今は天国にいるはずのマードック曹長から聞いたことがある。

 飛行機の中には、急降下中に速度が出にくくするための、専用のエアブレーキを持っている機体もあるのだそうだ。

 そのエアブレーキは、王国には存在し無い「急降下爆撃機」という機種についていることが多いものらしいのだが、構造上は機体により大きな揚力を発生させるためのフラップに似ているらしく、場合によってはフラップでも代用になるのだということだった。


 ベルランD型にもフラップはついているが、機体と同じ様に、これにも使用に耐えうる速度というものが設定されていて、今の速度はそれを大きく上回っていた。

 危険だったが、何もしないでいれば僕は空中分解に巻き込まれてしまうか、機体と一緒に地上(もしくは海面)に激突するしかなくなってしまう。


 僕はフラップを浅い角度で開いてみた。

 すると、機体が得る揚力が増大し、機首が少しだけ上向きに動いて、降下する角度が浅くなる。空気抵抗も増えた様で、先ほどまで増加する一方だった速度も安定した。


 それでも、まだ機体の速度はつき過ぎている。このまま機首を上げるのは、危険なままだ。

 一か八か機首を上げてみてもいいが、高度にはまだ若干の余裕がある。

 もう少し、僕が安全に生還するために手段を考えてみたい。


 機体の速度は安定して、若干低下する傾向にあったが、安全な速度にまで減少するにはまだ時間がかかる。

 ただ待っているだけでは、高度を失い、機首上げを行っても墜落してしまう様な状況におちいってしまう。

 僕は速度をより早く低下させようとフラップをさらに大きく展開して空気抵抗をさらに大きくすることにした。


 だが、バキッ、と、何かが壊れる嫌な音がする。どうやら、フラップが風圧に負けて千切れ飛んで行ってしまった様だ。

 敵機の爆発に巻き込まれた時にダメージを負っていたのか、それとも、単純に耐用速度以上の状態で使用されたからか。


 フラップが壊れたことで翼に生じていた揚力のバランスが崩れ、機体がぐらつき出す。

 僕はそれをどうにか立て直しながら、必死に、この状況から逃れ出る手段を考える。


 僕は、最後の手段を取ることにした。


 僕は機体の車輪を開く操作をし、着陸用の車輪を、格納状態から着陸する時の様に外へと展開した。

 機体のフラップと同じ様に、機体の車輪にも耐用速度というものがある。今の速度はそれを大きく超えているから、着陸用の車輪が壊れる確率は大きかった。

 車輪が壊れてしまえば、僕は安全な着陸をすることができなくなってしまう。

 しかし、このまま減速することができずに地面に突っ込んでしまうよりは、車輪を失ってでも減速することの方がまだ生還する可能性がある。


 車輪を展開したことで、僕の機体は大きく減速し始めた。

 同時に、機体が不気味な振動をし始める。

 僕は機体が分解してしまったりしないよう、できれば車輪が飛んで行ってしまわないよう、そう祈りながら、速度計の針を凝視する。


 やがて、速度はベルランD型の、安全とされる速度まで低下した。

 僕は急いで、しかし、慌てずに、ゆっくりと、慎重に、機首上げの操作を行う。


 機体が受けているダメージのことが心配だったが、僕のベルランは再び飛びあがった。

 外は暗く、比較対象となる物や水平線も見えず、計器だけが頼りだったが、その計器によると僕の機体はうまく機首を上げて、水平飛行へと移ってくれた様だった。


 僕は計器の表示を確認して、大きく、安堵あんどの息をいた。

 これまでにも危険な目には何度も遭って来たが、今回はその中でもとびきり怖かった。


 気がつけば、高度計の針は、高度500メートルを指していた。

 本当にギリギリだったが、僕は、また、生きのびることができた。

 それに、僕自身に与えられた任務も、どうにか成しとげることができたと思う。


 僕はまず、危険な状況で無理をさせたにもかかわらず、それでもきちんと僕の操縦に答えてくれた僕の機体に感謝した。

 それから、その機体を整備してくれた、カイザーたち整備班にも。


 僕は機体の状態を確認するために操縦席に設置されている明かりをつけ、目に見える範囲で機体が受けているダメージを確認した。


 まず目についたのは、風防のガラスのかなりの部分が無くなってしまっているということだった。

 ガラスと言っても、軍用機に使われているものは本物のガラスではない。割れたり、割れても破片が飛び散ったりしにくい材質のものだったが、それでも正面の防弾ガラス部分以外の多くが失われていて、そこから、冬の空の冷たい風が操縦席の内部へと吹き込んできていた。

 防弾ガラスになっている部分にも、僕のゴーグルに出来ていたのと同じ様に白いヒビが入っている。風防の枠組みも、折れ曲がっている。

 何か、大きな破片でも直撃したのだろう。


 僕は命が助かったことに安心して、額に浮かんだ汗をぬぐった。

 そして、額をぬぐった手を見て、ぎょっとした。


 手袋と、飛行服のそでが、赤く染まっている。

 僕が汗だと思ったものは、汗ではなく、僕の血だったのだ。

 出血自体はすでに止まっているか、ほとんど止まりかけている様子だったが、全く痛みは感じていなかっただけに、僕は心底、驚かされた。


 同時に、背筋が寒くなる。

 戦争をやっているのだということを、改めて実感させられる。


 自分が怪我をしていると自覚した途端とたん、傷口らしき場所が痛みを主張し始めた。

 だが、僕はその痛みが、少しだけ嬉しかった。

 何故なら、僕がまだ、生きているという証明だったからだ。


 僕は生還を果たすためにコンパスを確認し、機首をクレール第2飛行場があると思われる方角へと向けた。

 無線機でタシチェルヌ防空指揮所に誘導を頼もうかとも思ったが、どうやら故障してしまっている様で、どこにも通信はつながらなかった。


 僕は、困ってしまった。

 僕は現在位置も分からなかったし、負傷もしているし、機体もダメージを負っている。

 天文航法を行おうにも、肝心の六分儀がどこにも無い。敵機の爆発に巻き込まれた時に、どこかへ飛んで行ってしまった様だ。


 だが、僕は、僕が向かうべき場所をすぐに知ることができた。

 空に、まばゆい光がいくつも現れ、クレール市がある場所を僕へと教えてくれたからだ。


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