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在りし日の記憶(7) ゴーストタウンを包む意思

あけましておめでとうございます。

 朝の日差しにそろそろ鳥が鳴き始める頃、どれだけ日の光が街を照らそうと、幽霊達は各々の思う通りに動き始める。それは幽霊でない者でも同じで、いの一番に起き上がったこの街で唯一の生者は、まだティグたちが誰も起きていないことをいいことに、約束を果たすために診療所を飛び出した。

 そして体力を使い果たして倒れた。


「…」

「いや〜昨日はさ?そんなに動かなかったよね?走り回ったわけでもないしさ?」

「こちらに同意を求めているということは、自覚があるんですね?」

「む」


 エデナが疑問を疑問で返す。


「前に倒れたのも、つい最近だったよな?」

「う」


 それに乗る形でティグが攻め立てる。


「他人を助ける以前に、自分が助けられてるこの状態から抜け出そうとしたほうがいいんじゃない?」

「そこはほら!普段私がたす…」

「認めろ」

「うが」


 エデナ達が少女の真似をして彼女を追い立てる中、それを機に笑い話で終わらせようとする少女の思惑を撃ち壊す、無慈悲な一撃が少女を襲う。


「いっつもそう!トナイはもう少し、人のこ、とを…」

「ほら見たことか。何とかして誤魔化そうとするお前のことを考えた上での発言だ」


 言葉を最後まで口にするよりも早く、うつ伏せになって眠ってしまった。いつもこれくらい平和に倒れてくれれば、ティグ達が悩むことも少なくなる。しかし、彼女の普段は常に全力疾走しているようなものなので、突然意識と身体とが切り離される。

 ここではぐらかされては、後でなし崩し的に少女を解放してしまいかねない。そうなるとどこでどんな怪我をするか分かったものではない。不思議なくらいに体が頑丈であることは、少女だけでなく、ティグ達にとっても唯一の救いだった。


「この子の気持ちは嬉しいんだけど」

「本当に問題があるならダ爺が無理やりにでも追い出すだろ」


 一人に頼りすぎるのは良くない。という考えのもと、少女に関してはティグ達が世話をしている。しかし、それで誰かが不幸になることはだれも望んではいない。少なくとも今は、命の存在をその命をもって学ぶという時期ではない。


「ダ爺は?」

「最近は手を出せてなかった、街周辺の調査って言ってました」

「そうだよな。やっぱ、俺達でもたまたま辿り着けただけで、なんの縁もないはずのーーが来れるのはおかしい」


 この街は様々な点で不思議なことがある。全員が同じ時期に幽霊になってしまっていることや、この街という限定的な地域だけが常に乾燥していること。ましてや、これほど幽霊のいるゴーストタウンが人から無視されるはずがない。幽霊狩りや幽霊祓いという仕事が成り立つくらいには、その存在は人から認知され、恐れられている。

 それでも今までそういう存在がここを訪れることはなかった。何かしらの力や意思が働いていることは明白だ。ティグ達だって幽霊であるという縁から辛うじて辿り着くことができたくらいで、このゴーストタウンという存在を明確に目指していないにも拘らず、周辺までだったとしても偶然でここまで来るのは、元々の住人からしても前例のないことだった。


「この街を隠している何かが弱まっているということでしょうか」

「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ。そんなの外の人に知られたらここの幽霊達は…」

「いや、そうとしか考えられないだろ。だからこそ、俺たちができることをやらなきゃいけないんだ」


 トナイの言葉に反論することができず、リーナは黙り込んでしまう。


「でも、それって…」

「俺たちが今までやってきたことは、どれも、役立つって分かってても実感がなかった。でも、みんなを守るためって考えたら、すごい意味のあることだって思えるじゃん。な?」

「ティグ…」


 ここ最近のダジが教える内容は段々と、複座で、ティグ達では理解に難航することばかりだ。霊視や魔術など、言ってしまえば言われた通りにやるだけの実践形式とは違い、応用へ繋げるための理論的な物、国ごとの風習や習慣、その地に根付いた教えまでもが、ダジ教室の議題となっている。そのどれもが、自分の身を人社会から守るためのものだ。


「花姉は言ってました、永遠は存在しないって。あの花ですら、何かを失っているんですから。このままが続くことを望むのは強欲すぎます」

「何よ。私だけ仲間はずれじゃない」

「リーナがそういうふうに考えてくれたから、俺達が冷静になって考えられたんだ」


 実際、ティグだってこのままの日常が続けばいいと考えているし、この時間が壊れるだなんて想像ができない。それでも、その兆候らしいもの、決して否定できない事実がある以上心構えだけでもしておくべきだ。実感がなくても心構えだけでもしておくべきだ、というのはダジが散々口にしてきたことで、半ば暗示的なその教えは無駄にはならないようだ。


「気遣ってくれるのはありがたいよ?でも、どうにも納得できないわ」


 拗ねるようにそっぽを向くリーナに3人が小さく笑う。より一層居心地が悪くなるのだった。そんな瞬間も含めて守らなければいけないと、4人は決意を胸に抱く。

 もし、

自分が幽霊の王だなんて大層なものになれるのであれば、全てを守れるように、この街も、リーナも、トナイも、エデナも、――だって。自分の守りたいものはなんだって守れるように、ダジの言葉の意味を少しずつ自分の心に染み込ませていくティグだった。


◇――――◆


 その森はゴーストタウンを覆い隠すように存在している。世界からこの街を隔離しているかのようで、街を守るためのものというよりも封印するかのように視える。森と呼ぶからにはそれに相応しいだけの木々が生い茂っている。視界の半分をちらちらと白く塗りつぶす光にふと視線を誘われ、空の方へと目を向けるとその視界一面を青々と緑の葉が埋め尽くす。


「ここへ辿り着いたことの意味はなんだ?」


 この街は初めて出会った頃から相変わら『水気』というものとは無縁だ。幽霊には井戸が枯れようが、河川が枯れようがなんの関係もないのだからそのことを異常に思う者はいない。ただ、自身が幽霊であることに気がついていない者達まで、つまり生前同様、生きている人種と同じように振る舞っている者達でさえ、そのことをおかしく思ったりしないのだから、やはりこの街は異常だと思い知らされる。


(ここにある全ての木々が力強く根を張りっている。ここらに生えている樹木の種類は大体が同じもの。どれも乾いた環境で育つような種でもないが、そのどれもが標準的な成長を辿っている)


 その木々達が根を張り巡らせている大地は、どこもかしこもひび割れており、根土を持ち上げるどころか砕きながら掘り進めているようだ。当然の如く雑草と呼べるものすらなく、いつ訪れても寸分の違いもない景色で季節感というものを知りもしない、本当にここら一体は時間が止まっているかのような顔でここらにある。


「ここまで何の変化もないとは。今までと比べても、あの子がここへ迷い込んだ時も、そして今も。あいも変わらず、同じ顔を晒しおってからに」


 ならば何故、と男は不思議に思う。過去を抱え、只々消費するだけの生きていた者とは違う。過去を背負いながらも先を歩むことを許された、生きている者だ。その少女が何故、変わることを知らないこの街へ辿り着いたのか。


(話を聞けば、この乾燥地帯で倒れていたという。いくら人並み外れた好奇心があると言えども、この奇怪な場所へ足を踏み入れるとは考えられん)


 丘の上に人知れず存在する枯れ潤う森の中心にゴーストタウンはある。そこへ踏み入る者こそいないが、麓には人の街がある。旅をしているならそこを目指していたはずだ。彼女から直接話を聞くことはまだしていないため、その真意こそ図ることができないが命を捨ててまで未知を知ろうとはしないはずだ。それをやるのは既に心が死んでいる者だけだろう。


(確かに、魔人族を含めた人種全般と比べて、彼女には悪いが人から外れた存在と言ってもいいくらいに特殊だ。しかし、だからこそ、彼女がここを目指す選択を取るはずがない)


 このゴーストタウンを丸々飲み込む現象は、何者かの意思が働いているとしか考えられない。決め付けるわけではないが、ダジはそう確信していた。ここを訪れるもの、それらはその意思によって誘われているのだと。

 それは、得体の知れない何者かが潜んでいるというわけではなく、一種の呪いような形でこの一帯を覆い隠している。残留思念が肉体を失っても残り続ける。これは極めて霊的だと言えるだろう。そこに関して疑問に思うことはない。

 しかし、何故という部分と、何をという部分までには理解が及ばない。


(幽霊を呼び寄せる性質。実際のところ、自分達と近しい気配を感じたものの、私たちも迷い込んだようなものだ。この街に許されたからか?いや、違う)


 この街について、もう1つ疑問に思うことがダジにはあった。いや、それもまた謎の意思に関することなのかもしれない。


(今までのティグは、霊視などできなかった。魔術に関しても驚くほどに才能がなかった。それがこの街に来た途端だ)


 ダジを含めた、ティグ、リーナ、トナイ、エデナはゴーストタウンの外から来たものだ。当然ここに至るまでに他の地を隠れながら過ごしてきた。そこで何もしないという選択肢はなく軽くではあるが身を守るため、魔術や霊視に関しての説明を行なっている。


(あの魔術は奇妙だ。制御ができていないくせに一定の出力で行使し続けることができるし、霊視だって本来は視分けなどそうそうできるものではない)


 霊視ができるできない、というのは才能が決める。これが一般論だ。ダジは人間時代からその才能があったため使いこなすことができるものの、教えられたから、幽霊だからという理由だけで、そう易々と使いこなせるものではない。現に他の幽霊たちには視分けなど到底できはしないだろう。


(他の3人もそうだ。今までは一般的な幽霊程度だった。どれも教えられたところで知識止まりになるばかり。成長というものを知らない幽霊らしい幽霊だ)


(おい、エデナがあれほど強い自我を現しはじめたのはいつだ?出会った頃は、人魂にしては強い意思を感じる程度だったはず…。…この街に来て1番の変化を視せているのはエデナだ)


(いや、その問題に関しては、ティグの特殊性に影響された結果だと結論づけたはず。しかし、ティグの変化を証明できない)


(今まで明らかに人という存在を寄り付かせていなかったにも拘らず、あの少女を呼び寄せたのは何故だ?瀕死になるほどの疲労状態でここを目指すのは、やはり考えられない)


(思い出せ。ここへ来たときのことを。当てがあったわけではない。確かに同族の気配はあったが、それは目前に近づくまで気が付かなかった。ここへ、私達の中で1番初めにここへ行こうとしたのは誰だった)


(この街が、その意思が最も欲しがったものは……!)


 ダジは考える。あの子達が、あの子達にとってより良い未来を歩めるように。その時になってより多くの選択ができるように。今はまだ学ぶべきことが多過ぎるために思いとどまらせたが、ティグが外へ出たいと決意したこと自体は喜ばしいことだ。きっと、この街に居続けては変化を望まなくなっていくだろう。いざというときは、無理矢理にでも外へ出そうと考えていたのだから。

 ただこの時ダジは、彼自身もこの街から出るという考えに、動く動かないという考えにすら、少しも至らなかった。

今年も、今後とも、よろしくお願いいたします。

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