在りし日の記憶(8) 不老な花の謎
ゴーストタウンには囀る鳥はいないが、丘の麓にある人間達の街ではきっと小鳥達が活動を始める頃だろう。少女が目を開けるとひび割れた窓から朝日が流れ込んでいる。体が重く一向に動く気配がしない。またやってしまったということを悟り、これほどまでに体が動かないとなるといよいよ観念し無理に動こうとするのを諦める。気を紛らわせるために寝返りをうつもその程度の刺激で満足するはずはなく、いつしか動物のような唸り声を上げ始めた。
「そんな有様でも元気なのに変わりなしだ」
「これの、どこが、そう見えるー。寝てるときならいい。自分が動けないという状態であることに気がつかないから」
「それで?」
「でも、体を動かせないっていうのが嫌でも分かっちゃうと…。もう,耐えられない」
「ははは」
彼女の中では力いっぱい叫んでいるのだろう。どうにも覇気が感じられない。この状態でいてくれる方が助かるティグは乾いた笑いで相槌を取る。どんな状態でも前に進むことしか考えていない彼女の考え方はティグにはないもので、そんな考え方をしている者がゴーストタウンでは他にいないこともあり、時折そういった彼女を自分とは全く別の
生物と感じてしまう。
幽霊と人種では全く違うのは当たり前なのだが。
「辛いねー」
「そりゃあ、ーーにとってはこの状況は辛いだろうけど」
「違う違うよ。私の言ってるのは、ティグが言ってる『状況』のことじゃない」
人の勘違いを指摘しながらケラケラと力なく笑う。指摘される側からすればあまり快いものではない。不機嫌さが表情に出ていたのだろう。それを見てこれまた力のない笑みを浮かべる少女。
「花姉と話をして、助けたいと思って、なにをすればいいかはまだ分からないけど。でも!何かができるって分かったんだ。それなのに」
彼女の言わんとしていることがティグにも段々分かってくる。自分に同意を求めてきた理由も。仔細は違えどティグと少女の境遇は同じなのだ。助けたいと思える相手に出会い、その人を救うためにできることがある。あるのにもかかわらず身動きを取れないでいる。そういう点では確かに2人はそのもどかしさを、力不足さを共有した似た者同士だ。
ただし、
「いや、お前の場合は自業自得だからな」
「ぐむ…」
「これに懲りたら、大人しくしようぜ」
「ティグだって、ダ爺に認めてもらえるように頑張りなさいよ…」
少女が普段と打って変わってあまりにも力のない状態だからか、ゴーストタウンの静けさに妙な違和感を覚える。彼女はこの街にとっては無関係な存在のはずなのに、その存在が懐かしく、むしろ今までのゴーストタウンから何か欠けていたとしか考えられない。
「ーーが休んでいる間、」
「だめ…!私がやるんだ。この我儘だけは、意地でも通す」
「でも時間がないんじゃ」
彼女の旅には時間的な制限がある。これまでも様々な場所を巡ってきたとも聞いていた。聞いた話によるとなるべく多くの地を訪れ、なるべく長い距離を移動するようにこれまでを過ごしてきたらしい。各地を転々としている理由、旅の目的、彼女がそこまで話すことはなかったが、ここに長居したくはないはずなのだが。
「その辺はー、もう、どうでもいいの」
(目的があったんじゃなかったのか…)
「私がやるって決めたんだ。私の行動の決定権は誰にもない。私にだって邪魔させないよ……!」
その視線の先には何もない。只々廃墟の壁があるだけだ。その視線に込められた怒りは誰に向けられたものでもない。彼女自身でもなく、ティグには視ることも推し量ることもできないような何かに向けられていた。
その姿は、今まで視てきた親しみやすい少女の姿とは全く別の表情だった。
「…大丈夫か?」
「大丈夫…。うん、大丈夫。何も、私の意思から外れたことはない」
「それならいい、けど」
なんだか今の彼女が今までとは別人のように視えてしまい、どうにも歯切れが悪くなる。別人だのと言えるほど、ティグは彼女のことを知っているわけではなく、そのような反応を抱かれる筋合いはどこにもない。
この頃のティグには視えていないものがまだ多くあった。そのことを彼女と過ごすゴーストタウンでの時間から学ぶことになる。
◇ーーーー◆
少女が倒れてからまた数日が経った。好き勝手に動いた代償としてその間中、病室から髪の毛一本すら出すことのできなかった少女は流石に堪えたらしく、渋々といった様子の病院のお姉さんから外出の許可を得たあとでも信じられないほど大人しかった。彼女の中でも、自業自得で済まされていた今までとは違うようで、花姉と交わした約束はそれだけ大きな価値をもっているということなのだろう。
この頃から彼女に病室から出る許可を与える基準は、「このまま過ごしていけば、この街を出た後でも問題なく活動できるほど回復している」とうものから「この街で活動していても今後の健康状態に大きな害が及ぶことはないほど回復している」というものへと変わっていた。どちらにせよ、今まで通りの活発さで動かれては彼女の体が持たなくなるのだが。
しかし、彼女はこの世界で旅をし、その途中でこの街に立ち寄っただけだ、という事実に変わりはない。旅のゴールはこの街ではなく、この街に長居することは本意ではないはずだ。
誰もそのことに関して疑問を持たず、敢えて干渉を控えているダジだけがそのことに関して心配に思っているくらいだろう。
「んー。結局誰も分かんないってこと?」
「1番気になるのは、『ルティーラが自身の中で作る魔素の量は、一帯に咲いているそのどれもが同じ量の魔素を生成している』ってとこくらいだ」
「あれ?そんなのあった?なーんかどれも、よく分かりません、って遠回しに言っているようなものばかりじゃなかった?」
「あれだ、『花の観察日記』とかいう巫山戯た名前の本だろ」
今、エデナを除く4人はダジの書斎から入ることのできる書斎にいる。部屋の持ち主であるダジはエデナを連れ、定期的に行なっているゴーストタウンの周辺調査を行なっている。幽霊であるティグ達の中で特に霊視に長けていて、最もその存在が特異であるエデナが、ダジの定期調査のお供としてよく連れ出されている。
「あ!それ、見た目はいい癖に表紙に書いてあることがあまりにも巫山戯てたから読まなかったやつだ」
「あなた、大人しくしてるととことん駄目になるわね」
リーナの軽口に言い返すこともできず口を噤み、そっぽを向いて吐く鼻息を返答とする。
「でも、それがなんかあったっけ?」
「人じゃ違いが分からないほどに同じっていうのが引っかかる」
「不思議、だとは思うけど、それがなんになるかってのが分からないよ。」
彼女の言う通り、不思議だと言われればそうだと言えるが、それが分かったところで解決策に直結するわけではない。手がかりがない以上拾える可能性は拾うべきであるのも、勿論
のこと全員が理解している。
「魔素って言われてもなー」
「そっか、みんな同じ幽霊なのにティグだけ魔素が感じ取れないから…。あ、」
何かに気が付いた様子の少女。書類の山を眺めながらも宙を彷徨っていた視線を孤児院の方へ向け、何やら考えている様子だ。
尤も、孤児院があるのは別の方角だが。
「あそこの花さ。同じだったっけ?」
「…そこまで詳しくは視てなかったな」
「私もそんな注意深く視てたわけじゃないんだけど、思い返したら、その本で言うほど同じじゃなかったなって」
1つ、事態の好転につながりそうな情報が出てきたものの、結局のところ何かできることが増えたというわけでもなく、頭を悩ませるばかりだった。
「でもさ、その花の違い、俺も視えたんだけど」
ほとんど蚊帳の外だったはずのティグがその言葉を発するまでは。




