Act.3
<Act.3 4/18(日) 18:21>
【仄宮秋流】
マンションの入り口まで見送りに来た遥と挨拶を交わし、踵を返して数分。人通りの無い道へと入ったところで、耳に届く足音が自分の分ともう一つ余計にあることに漸く気付いた。
「……、何でお前もいるんだよ」
マンションからここまで終始無言だった男――――ベルンハルトが当たり前の顔をしてついてきていた。問うと、彼はいかにも心外だといわんばかりの表情で「さっき言っただろう」と返す。
「お前の心臓も俺の心臓も今はもう“聖杯”。少しでも壊されてしまえば二人ともいっしょくたにお陀仏なんだ。なら別々のところに住むより、同じところで生活した方が“もしも”の時も守りやすい」
「本音は?」
「遥にも『そろそろ出てけタダ飯喰らいが』と追い出されかけだったんだ。世話になるぞ」
「どいつもこいつも私の意志を悉く無視するんだな。ふざけんな死ね。誰がテメェなんざ養うか」
「安心しろ、これから長居する予定の家で無銭飲食をするつもりはないさ。家事くらいはこなそう。ギブアンドテイク、だろう?」
「私へのギブが皆無な気がするのは何でなんだろうな。ったく、ウチは狭ェんだよ、んな図体のでけェ奴連れ込めるかってンだ。狐呑の姐御にも言っとかなきゃいけねぇし……テメェのせいで面倒事尽くしだ馬鹿野郎」
「何だかんだで段取りを考えてくれているところにデレを感じる。その姐御というのは」
「寝言は寝て言えよ色惚け。……九重狐呑、高級娼館『蘭玉楼』の主で歌舞伎町の女王だよ。その美貌は値千金、まさしく傾国の美女ってところだ。あの人が帝の目に少しでも触れてみろ、確実に米帝が大笑いする事態になるぞ」
「傾国の美女か……是非ともお目にかかりたいものだな」
「言っておくが触れてみろ、それが例え着物の端だったとしても全身膾切りにされるからな」
「男には例え負けると分かっていてもやらねばならぬ云々。検討しよう。しかしそんなにも凄まじい人物に、何故お前のような一般人がわざわざお伺いを立てねばならんのだ」
「あの人が天涯孤独の私の後見人だからだよ。家も借家で、あの人の名義だ。だからそんな“もしも”があった時に――――あの人の承諾の有無は大きく関わる」
祖父の知り合いだという人。狐呑の姐御。両親は既におらず唯一の肉親であった祖父も殺され、完全に孤独の身となった私を大して疑いもせず後見を引き受けた大層なお人好し。醜悪渦巻く夜の世界に生き、蝶も蛾も等しく惹きつける極上の華でありながら、よくもまあろくでもなさが透けて見える小娘を預かるほどの良心の在庫が残っていたものだとつくづく思う。
「そろそろ夜見世が始まる頃だ、今から行ったところで取り次いでもらえさえしね……、……」
「どうした?」
傍らの古びた街灯がジジ、と数度白光を瞬かせる。失念していた。この男を家に入れるにあたって、どういった経緯でそういうことになったのかという説明を考えなければならないことに。
夜の世界とはいえ、姐御はぎりぎりでまだ一般人の枠に入っている。手さえ伸ばせばいくらでもこちら側には届くだろうが、あの人はまともに動く脳味噌を持つ人だ、絶対にそんなことはしない。ゆえに“聖杯”だの守護者だのと荒唐無稽な話をするべきではなかった。それは彼女の一線を犯すことになる。
「お前が私の家にいるべき言い訳を考えろ。お前の仕事だ」
「それはお前の家族にも話す必要はあるのか?」
家族。久方ぶりに――――実に半年前に聞いたっきりの言葉だ。その響きが妙に可笑しくて、「ハ」と吐息のような笑いが思わず口から零れた。
「お前の耳は節穴か? 天涯孤独つったろ、肉親は皆死んだよ。親戚関係とも既に切れてるしな。だから言い訳は、姐御とせいぜい隣近所にするだけのもんでいい」
再び歩き出しながらそう吐き出せば、宵闇の帳の中で色白の端正な面立ちが小さな笑みを閃かせ、「そうか、余計な邪魔は入らないようだな」と一つ頷いた。いや、その納得の仕方もどうかと思うが。
こいつの性格もつくづく捻じ曲がってる、とつい数時間前に顔を合わせたばかりの男の評価に更なる下方修正を加えていると、暫し沈思していたその当の性悪が口を開いた。
「そうか、そうだなそういえば俺が帝国に来た経緯を話していなかったな。聞きたいか?」
「別に」
「よし話してやろう」
ちっ。舌打ちを一つ打ったものの、そのまま勝手に話させておこうと口を閉じる。以下、適当に聞き流していたその要約。
既に知って(るだけ)の通り、彼は名称上は吸血鬼である。ドイツの森の奥深く、代々“聖杯”を守護する任を負う代わり他のどの氏族よりも強大な力を授かったシャルラハロートのそれに彼は生を受けた。
彼が長子として生まれたことで“聖杯”はその心臓へと居を移し、周囲の同じシャルラハロートの一族達は生き延びるためのありとあらゆる手段と力量を彼に叩き込んだ。どうやら日本語もその一環だったらしく、帝国に来る前に既にある程度は話せ、そのツメは実地で遥がしてくれたとは本人談。
ともかく。そして彼が生まれてから二十年(コイツ私より年上だった)、前代未聞の事件が起きた。シャルラハロートの他に二つある氏族が、突如“聖杯”を奪わんと反旗を翻したのだ。
「その二つの氏族は、“聖杯”を擁するシャルラハロートの守護を務めるのが慣わしだった。それが欲に眩んだか何だかで、結託して俺の首を取ろうとしてきたんだ。当然防戦もしたし、何故狙うのかも問い質した。だが真意は未だもって判らず、うちの氏族は結局、俺をここに逃がすことに決めたんだ。極東のこの地、例えナチスであろうと米帝であろうと忍び込むに難いこの地にな。だが“聖杯”直系ではないとはいえ力ある二つの氏族、流石にシャルラハロートだけで抑えるのは難しい。彼らは決して馬鹿じゃないし、鈍間でもない。いずれ俺がここにいることも突き止めるだろうな。必ず」
「……だから私を巻き込んだのか」
そこまでくればあとは阿呆でも分かる。ベルンハルト一人では“聖杯”の防衛は難しい。如何に人外の身だとて多勢に無勢だろう。が、私という共有者がいることで、『仮に彼が殺されたとしても』“聖杯”が奪われることだけは防げる。例え、何よりも守るべき“聖杯”を破壊することになるとしても。
“聖杯”を奪うには、心臓を傷つけなかったとしても守護者から殺してはならない。物事には順序がある。まずは共有者の首を切り落とし、それから彼の首を血の祭壇に捧げねば、万能の願望器は決して顕現しない。
「最初からお前を狙っては“聖杯”は得られない。かといって所有者を狙おうにも、そもそもお前が“聖杯”を分割したという事実自体が伏せられている以上、私に辿りつくまでに相当な時間が稼げる。私が殺された時点で、――――ッ!」
ずき、と唐突に頭痛が走る。『私が殺された時点』――――脳裏に閃くのは、いつだったか判然としない中で遭遇した、横たわる傷だらけの自分の姿。その瞳の中に宿る、私には無い得体の知れない光。
記憶の中の輪郭がぶれ、曖昧になり。“私”の光が齎すどうしようもない違和感と、『私は“私”に殺されるまで死ぬはずが無い』という妙なほどの確信が混ざり合い、根拠の無いそれはやがて不安となり吐き気となって私を苛む。反射的に立ち止まり口元を押さえると、ベルンハルトが「どうした」とこちらを覗き込んできた。
ともすればぶちまけてしまいそうなほどぎりぎりまで迫り上がってきた胃酸を不快感を堪えて飲み下し、「何でもない」と首を振り無理矢理歩を進め直す。コイツの前でそんな無様な醜態を曝け出すわけにはいかなかった。そして、告げ切れなかった言葉の続きを記憶を蘇らせないように努めつつ口にした。
「……その時点で、今までお前が気付いていなかったにしろ、必ず追っ手の存在を知ることになる。お前が余りに馬鹿なことをやらかすか、そいつらがよっぽど巧妙にやらない限り、“聖杯”だけは守れる布陣だ」
“聖杯”を守るためならば、どんな犠牲をも厭わぬ布陣。それが悪いことだとは思わない。自分の命だけでなく他人の命を天秤に賭けてでも守らねばならぬものがあるというのなら、それはそれで仕方ないということなのだろうから。
そして私は、自分の命がその天秤に賭けられ捨て駒のように扱われようと別に何ら抱く感慨も無いのだった。元より私は己の命を惜しむほどのものだとは端から考えていない。同様に、他人の命も。だから私にとって、この“聖杯”を巡る闘争は、当事者でありながら永久に他人事のようなものなのだった。
とはいえ癪なのが、この男曰く「自殺は出来ないしベルンハルト自身を殺すことも出来ない」つまりは「自ら退場することは出来ない」ということだった。この制約さえなければ、面倒くさくなった瞬間すぐにでも自分の首を掻っ切ってあるべきところに責任を叩っ返すというのに。
……いやだが待てよ。どうしてかこの男は妙なほど私に固執しているらしい、そうあっさり死なれては困るからと素知らぬ顔で自殺を禁止する項目を盛り込んだという可能性も否定出来ない。いつかそう遠くないうちに確かめておこうと心に決めたところで、暫し場を取り仕切っていた沈黙を破るようにベルンハルトが「そうだ」と声を上げた。
「……何だよ」
「隣近所やらにする言い訳だよ。思いついた。よく聞いていたまえ、『俺とお前は元々遠縁の親戚で、幼少期は俺の一家も帝国に住んでいたが、両親の不貞が発覚しうちだけドイツに戻っていった。そのほとぼりが冷めたため、俺だけ単身恋人の元に帰ってきた』と。これでどうだ」
「……、なんというか、故人の名誉までも勝手に貶めるあたりがお前らしいな。お前の両親が存命なのかどうかまでは知らんしどうでもいいが。それより一番最後のはどういうことだ」
半目で見上げれば、彼はさぞ名案だと言いたげに「ふふん」と胸を張り、
「お前へのマーキングがわりといったところだよ。それにこれなら常に行動を共にする理由にもなるし、何より余計な詮索を入れられずに済むだろう。もっともらしい顔で『両親の不貞で色々……』とか言われてみろ、誰だって踏み込む気は失せるはずさ。絶妙な理由だと思わないか?」
キーとなる部分は『両親の不貞』と『恋人関係』か。成程確かにベストオブ関わりたくないとも言える事情だ。あまり良い外聞ではないが、歌舞伎町では――――私の知る限り――――そこらの街角で行なわれているような井戸端会議など存在しない。せいぜいお隣さんに突っ込まれなければそれで良いわけだが……
「お前を恋人呼ばわりか………………、…………ないわ」
「ないわとは何だないわとは何が無いんだ全然アリだろうが。こんな美形を恋人だと言い張れるんだぞ? 普通はもっと可愛げのある反応をするものだろう」
「可愛げなんてそこらの馬鹿女にでも求めてろよナルシスト。ったく、余計な設定ばっかつけやがって、ボロが出たらどうするんだ」
「ボロが出る前に中身を伴わせてしまえばいいんだよ。そうだろう、秋流」
扇子を握っていない右手が妙に寂しいと今更ながらに考えながら歩いていると、街灯の下に差し掛かった瞬間不意にその手を後ろに引かれた。後ろにたたらを踏むと、白熱灯がばちッと瞬いた瞬間に唇を奪われた。特にそれ以上の淫靡さも纏わぬ触れるだけのキスを経て、その端正な顔立ちが距離を置く。じろりと睨めば、
「……つまらん。もっと面白いリアクションをしたらどうだ」
「馬鹿もここまでくると爆笑ものだな。ンな処女みてーな反応求めてんなよ、童貞がバレるぜ」
「ご期待には添えず申し訳ない、生憎俺は童貞ではなくてね。それより君の家はここか?」
「ああ」
さして珍しくもない、五階建てと平凡なマンション。その五階、502号室が私の家だった。エントランスを潜り抜け、エレベーターで五階へと上がり、玄関扉の前に立つ。
「さて、お前の家がどんなものなのか、じっくりと拝見させてもらおう」
そして仄宮家の扉が特に重々しくもなく開陳され――――傍らの男の第一声といえば、
「うっわ何だこのゴミ屋敷は!? これが本当に人の住む場所か!?」
「人ン家あがって早々随分な言い草だなコラ」
全力の狼狽と悲鳴だった。まあ確かに綺麗とは言えないが、別にそこまで驚くほどの汚さでは「ここで叫ばないで一体どこで叫べというんだお前は! 本当に女かお前!?」「うるっせェ文句あンなら出てけバーカ!!」奴はジト目で私の全身を一瞥し、
「……これでお前が女装癖のある男だったら割と泣……、…………かないかもしれん」
「どっちだよッ!?」
「意外にそそる気がしてきた」
「うわきもちわる想像して発情してんじゃねーよこの万年発情期ッ!!」
ドスッ。我ながらキマった一発だったと思う。反射的に蹴りを一発かましてしまってから、はたと思い出す。
『4.共有者が殺意を以って守護者を傷つけた場合、その度合いによって激痛が走る』。
「……、全く何も痛くないが」
「あれ?」
「テメェもしかしてハッタリかましやがったのかオイコラ」
彼の胸元を無理矢理引っ掴み、顔を寄せるように引っ張る。と彼はむしろ自分から顔を近づけながら(近すぎて今度は無理矢理遠ざけた)、
「胸倉を掴むなって全く……そんなに俺の顔を間近で見たかったのか?」
「誰が見たがるかってんだそんな見てくれしか良くない顔を。で、どうなんだよ一体」
もう一発と今度は握り締めた左拳を鳩尾に叩き込もうとしたものの、今度のは容易く受け止められ、逆に絡め取られてしまった。この野郎腹立つ。
「こればっかりは俺もわからん。なんせあの制約も、“聖杯”からの直接提示ではなく代々の守護者たちによってまとめられた経験則にすぎんからな。特に“聖杯”の分割を要するような緊急事態が起こったためしなんて片手の指で足りる。要は、肝心なところは実測するしかない、というわけさ」
「チッ……万能の願望器とか言いつつ役に立たねェな」
「当然だ。誰の願いは叶えても、俺たちの願いだけはそう叶えてはくれないからな。“聖杯”は」
皮肉げに笑んだベルンハルトを突き放し、改めて部屋の中を睥睨する。……まあ確かに、汚いといえば汚いかもしれない。
1LDKの我が家はまさしく混沌としていた。フローリングの床にはポリ袋に詰められてはいるもののゴミがそこここに散乱し、リビングのテーブルの上には雑誌が無造作に積み重ねられている。部屋に置かれた最低限の調度の中には使わなすぎてうっすらと埃の積もったものもあるし、服はソファの背やら椅子の背やらとあちこちのところにかけっぱなしにしてあった。
「……、やっぱそこまででもないだろこれくらい」
「お前の家事スキルはよくわかった。我慢ならん。明日から、いや今からこの家の家事は俺が仕切る」
「おいおい、お前つまりはボンボンなんだろ? そんなお坊ちゃまに私以上の家事なんざ出来んのかよ」
目を光らせて俄然息巻いた奴をせせら笑えば、ベルンハルトはさながら鬼姑の如く指で埃を拭き取り、
「埃を積もらせる程度を家事と呼ぶのなら、その程度子供でも出来るぞ? いいかよく聞け、“聖杯”の継承者は代々闇討ち強襲から炊事洗濯バーゲンセールの極意に至るまでありとあらゆることを叩き込まれる。文字通りどんな状況に陥っても生き延びられるようにな。だから“その程度”なら余裕でこなせるんだよ。お前と違って最新の家電にも精通してるぞ」
ハハンッと嘲笑った。
無性にムカついたのでもう一発蹴っておいた。
「言葉より先に足が出るタイプか……うっかり間違えて刃物かなんかで刺すなよ?」
「そうだな。お前が相当ふざけたことを抜かせば保障はできないけどな」
正直言って扇子が手元にあった場合やりかねないが。
「……はあ。ンなら、家の家事の一切はテメェに任せるぞ。掃除なり料理なり勝手にすればいいが、私の部屋にだけは入るなよ。勝手に荒らしたら殺す」
「ふむ。ならば大人しくちゃんとゴミを出すことだね。一日でも怠れば翌日お前の部屋はピカピカになっていることだろう」
「お前吸血鬼なのか主夫なのかどっちかにしろよ……」
両方だ、と答えつつとりあえずリビングの片づけをし始めた男をぼんやりと眺めつつ(手伝う気? あると思ってんのか)、そういえばと再び口を開く。
「お前何処で寝るつもりだ? この家に布団なんざ二つもねェぞ」
手を止め顔を上げて少し考え込んだ彼は、
「同き「おーっとここにこんなにデカいゴミが転がってるぞ」痛い痛いやめろ蹴るな冗談だってッ」
馬鹿なことを真顔でほざくベルンハルトを「扇子があればよかったのに」と本気で悔やみながら蹴りたくったあと、はあと再び嘆息してある場所を指差す。何か今日だけで異様に溜め息ついてないか私。
「あのソファで寝ろ。まだ綺麗な方だし、あれならお前の図体でも入るだろ」
「……ふむ。そうだな、そうさせてもらおう。他の荷物は全部遥のところにおいてきてしまったから、早いうちにとりにいってくるよ。それでだな秋流」
もう少しゴネるかと思ったが結構あっさりと頷いたのが意外といえば意外だった。何だよと返せば、奴は己の新たな寝床周りの掃除へととりかかりつつ、
「くれぐれも、目立つようなことは避けてくれよ。この新宿って街は龍脈の中心地――――そういうものを引き寄せやすい土地だ。多少の痕跡だけでも奴らは俺がここにいるということに気付くだろう。お前が目立てば、俺も目立つ。俺を追う二家の奴らだけじゃなく、“聖杯”自体を求めて襲ってくる奴だってごまんといるだろう。お前がどれだけの力量を持っているのかはまだ知らないが、面倒事が嫌なら変なことはしないほうがいい」
「例えば外人と一緒に連れ立って街を歩くとか?」
「そうそうあとは魔術師にいらん喧嘩を売って血塗れで倒れるとか」
「……、」
「……」
言われずともそんなことはとうに理解している。遥か地の底を大気のように巡る魔力の流れ、世界の血管とも言うべきそれこそが“龍脈”。その多くが収束し溢れ出る魔力に満ち満ちた土地の一つがここ新宿だった。ゆえに、ここに惹きつけられるロクデナシは多い。だからこそ私もここを拠点としたわけだし――――だからこそ、彼もこの地に辿りついたのだろう。
あらゆる人間がここには集まる。それこそ平凡な学生から悪鬼の類まで、新宿に集う存在を分類すれば軽く百科事典を作れることだろう。実際のところ、「日本人ではない」というだけで悪目立ちするほど、この街は均質化されていない。
そしてその均質でない猥雑さを手がかりにしてくるのは他の“聖杯”を狙う者にしても恐らく同じだ。逸脱した物を求めれば求めるほど、人は自然と魔力に、龍脈に吸い寄せられる。
「……ああ、知ってる、知ってるさ。だから遥もお前も、私もここにいるんだ」
もう寝ると呟きを落とし、リビングと自室を隔てる障子に手をかければ、彼は柔らかな声で「お休み、良い夢を」と告げた。
そうして障子の閉まる音と共に、彼と私の奇妙な共同生活が始まったのだった――――。