Act.18
<Act.18 4/22(木) 17:47>
【仄宮秋流】
――――轟音と閃光が瞬き、膨大な爆発力が思考を掻き混ぜた。
「(またかよクッソ……ッ!)」
全てを吹き飛ばすような圧力が脳味噌を外側からぶん殴り、爆音は耳朶を通じて中身をしっちゃかめっちゃかに掻き回す。今自分がどこにいるのかさえ分からなくなる衝撃がようやく収まったと思ったところで――――おそるおそるどけた腕の先には、更なる雷の槍が迫っていた。
「ッ!!」
金切声をあげて大気を引き破く雷槍に対し右手に握った扇子を大きく振り上げる。バヂバヂと狂暴な火花を散らす雷槍と衝突する時には、それはもう既に白銀を宿す太刀と化していた。間近で白光が猛威を振るい、少しでも気を緩めれば全てを食い尽くさんと悲鳴を上げる。
「秋流ッ!!」
「……ッ、いいから本体を叩けッ!!」
目を灼かんばかりの奔流を押し留めつつ叫ぶ。青白い電流を撒き散らすそれと鍔迫り合いをしている間に、ベルンハルトはひらりと身を翻して閃光の先へと駆けていった。
熱がじりじりと肌を焼き焦がす。今までに見たあの男の自信なさげな面影とは裏腹に、その熱量は一介の魔術師を容易に超えていた。一体これほどの爆発力を何処に隠し持っていたというのか――――そしてこれほどの爆発力があって、どうしてあの夜は無様に逃げるだけだったというのか。疑問は尽きない。だが疑問をぶつけるよりも、まずは力でねじ伏せることが先だった。
「ッ、らぁあああッ!!」
腕に力を込め、全力で振り切れば、裂帛の声と共に斬り抜かれた切っ先が雷槍を勢いよく両断して両脇へと逃す。突風が私のすぐ傍を電流と共に走り抜け、しかしそれに頓着することもなく続けて踏み込む。
爆音が背後で響く。視線を前に投じれば、そこには強張った表情で人質の女を盾のように突き出す城ケ崎、そしてそれに斬りかからんとするベルンハルトがいた。
「やっやめろッ、近付くなッ! この女がどうなってもいいのかッ」
「女? あぁ……困るが、困るだけだな」
飄々とした声が響く。全く動揺したところのないそれは、傾きかけの太陽を照り返し橙色に輝きながらサーベル剣を軽やかに振るった。突き出された切っ先が虚空を抉り、さらには金属音を響かせて城ケ崎の短杖とぶつかる。
「ッ、近付くなと――――言っているだろうッ!」
悲鳴を無理やり上書きしたかのような城ケ崎の声と共に、短杖の周囲が「ばぢりッ」と再び明滅する。ベルンハルトが刃を退き、私が駆けながらも身構えた瞬間、火花は城ケ崎の真上へと打ち上がった。
ぱんっ、と小さく破裂音が響く。直後連続したのは、割れんばかりの稲妻の音だった。先ほどの雷槍よりは小ぶりな雷の一つ一つは大したものではない。だがそれが私たちの足止めをするように降ってくるものだから、物理的な盾を持たない私たちは立ち止まったまま斬り払う以外に防ぎようがなかった。
「ッ……! 傍迷惑な奴だな……ッ」
雷が雨霰と降り注ぐ中、立ち止まった私の隣にまで跳び退ったベルンハルトが呻く。こうも喧しくバチバチバチバチやられては最早隠蔽のしようもない、あとは茨衆の裁量に任せるしかなかった。それを考えていてはそもそも接近すらできない。
「お前盾とか作れねェのかよ影で! この間作ってただろうが」
「まだ日没までは時間がある。その上この障害物のない開けた土地、使える影など俺とお前の足元にあるそれくらいだッ! この程度の密度では大した盾など作れん」
「チッ……役立たずだなテメェもッ!」
「お前こそ能は刀を振るうだけか! まずこの雷をどうにかしなければ近づけないぞ!」
「言われなくてもわかってるっつーのッ!」
ともすれば麻痺してしまいそうな聴覚の中必死に声を張り上げ、更に空気を大きく吸い込む。五月も間近の冷気が肺腑を満たし、それとは正反対に飛燕が灼熱を帯び始める。刀身はゆらゆらと陽炎をちらつかせ、ある時大きく燃え上がった。
静かに瞑目すれば聞こえるのは頬を掠める雷の音、そして己の呼吸の音のみ。太刀の柄を逆手に握り直せばそれに呼応して紫炎はより狂暴な叫びで大気を震わせ、鋭い音で私の頭上に迫る雷をベルンハルトが斬り払った瞬間、それは刀身全体を満遍なく包むように燃え広がる。
「<蘭帝・虚色炎舞>――――」
とんっ、と。
さながら鞘であるかのようなそれを地面に突き降ろせば、瞬間炎が爆発して私とベルンハルトを中心とした周囲を円状に舐め尽した。それは広場全体を覆い、しかしそれだけではなかった。
「――――爆ぜろッ!!」
爆ッ!!
轟音、そして体から抜け出ていく感覚と共に、炎が一気に炸裂する。それは私の身長など優に超えるほどの高さまで吹き上がり、天幕の如く空を覆って稲妻を軒並み封殺してのけた。炎は雷を灼き払ったすぐそこから薄暮に融けて消え、紫色の火の粉をちらちらと舞わせるだけとなる。
「……!」
「きゃああっ!」
「な、なんだこれは……なんだこれはァッ!」
城ケ崎の上擦った声が不快に響く。気力体力を根こそぎ奪われたような喪失感を極力表に出すまいと堪えつつ、城ケ崎を無視して「これでいいだろ」と隣のベルンハルトに告げれば、彼は目を見開いたままで頷いた。
「いいどころか。上出来じゃないか、こんな大技お前に使えたんだな」
「消し炭にされてェかテメェ……ただ、そう何度も連発できるような技じゃねェ。だいぶ持ってかれた、次はもうねェぞ」
「上等さ、二度も同じ手は食わん。……とはいえ、あっちには人質がいる、下手に二人で斬り込めばうっかり巻き添えにしかねん。日さえ沈めばな……」
「ンだよ、日さえ沈めば無傷奪還も可能ッてか?」
流石に無理だろうと思いながら返した言葉だった。だがベルンハルトはそれにあっさりと是と答え、「俺は吸血鬼だぞ」と添える。
「夜の王、闇を統べる支配者だ。闇に包まれた中ならほとんどのことができる。幸いここに街灯はない、日没さえ迎えればこっちの勝ちだ」
この時期の日没は午後六時過ぎといったところ。現在時刻が六時前。完全に日が沈むまではまだ若干の時間を残している。
「それまで抑えきれれば勝ち、か。まどろっこしい……それでやっぱダメでしたとかほざいたら今度こそ消し炭にするからな」
「その時はまあ、甘んじて受けよう。巡の店に行く機会をフイにした分まで――――抑えるぞ」
「……応」
再び前を見据え、太刀を構える。こちらの会話が届いていない城ケ崎は、その自慢の雷で炎をも相殺したか(首を傾げたいほど桁外れの威力だ)こちらを恐々と窺っている。相も変わらず片手はすっかり怯えた様子の女を乱暴に抑え付け、盾とする気満々の風情だった。
面倒くさいことこの上ない。だがその一方で、ベルンハルトとの、もとい他人との初めての共闘らしい共闘である自分が、さも当たり前のように『二人でいること前提の戦略』を練っているのが、少しおかしくも思えた。
クッと唇の端を歪める。いっそ心地よいほどの脱力感の中で、されど闘争はまだ終わりではないと本能が静かに昂っているのが感じられた。
――――逢魔ヶ時は、もうすぐそこだった。




