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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅰ 花残月編
19/76

Act.17


<Act.17 4/22(木) 16:30>


【仄宮秋流】


 城ケ崎を追って扶桑と混戦になった夜が明け、放課後。睡眠時間代わりの授業を終え(数学の時は飛龍にしばかれた)、さて帰ろうと立ち上がる。すると、

「仄宮さん、また明日ね」

「……ああ」

 昨日から徐々に構うようになってきた茅野が、私の教室の出際そう声をかけ控えめに手を振ってきた。無視するのも心証が悪い、一応頷きを返せば、彼女はぱっと嬉しそうに微笑んだ。

 廊下を歩きつつも考える。私は何か彼女に好かれるようなことを一つでもしただろうか。いやした記憶が一切ない。だのにちょくちょく声をかけてくるし、今日だってまた一緒に昼飯を食べた。この人相だ、ただ普通に生活をしているだけで好かれるなんて経験はしたことがない。そのため昼に、

『……今までつるんでた奴らはいいのか』

 と比較的婉曲に訊ねてみたところ、

『うん、いいの。ああいやっ、別にみんなと喧嘩したからとかじゃなくて……仄宮さんと、仲良くなりたいから』

 などと、これまた直球の答えが返ってきたのだった。仄宮秋流と仲良く。これまた頓狂な響きだと思った覚えがある。

 まあ、それはともかく。学校を出、私が足を向けたのは商店街の一角だった。このあたりは歌舞伎町の中でもだいぶ健全な方で、だからか茨衆の姿を見ることもほとんどない。広場となっているところまで向かえば、既にそこには目立つ金髪白コートの後ろ姿があった。本当に目立つ容貌だ。格好の目印ではあるが、忍ぶには向いていない。

「(……誰と話してンだ?)」

 徐々に距離を詰めていけば、奴はどうやら誰かと楽しげに話しているようだった。彼の無駄にでかい背が邪魔となってその肝心の話し相手が見えないが、あの感じだと十中八九また女だろう。とことん懲りないらしい。

「……はは、そんなこともあるものさ。そう気を落とすこともあるまい」

「おいベルンハルト、一体今度は誰に手を出して……って」

「あら、秋流さん」

「おや」

 絶句。ベルンハルトと楽しげに談笑していたのは、他の誰でもなく正真正銘の巡さんその人だった。相変わらず着物姿が一際美しいが、この外人男と並ぶとなんとも真逆で対照的である。その麗人は私の顔を見るなりにわかに慌てはじめ、

「ち、違うのよ、秋流さん。ベルンハルトさんとはたまたまお会いしただけなの」

「そうだぞ秋流、彼女ももちろん美しいが俺はお前の着物姿がいっとう見たちょっと待てなんでそこで拳を握る」

「罪の在り処はお前の胸だろベルンハルト、何隣人に手ェ出してンだしばくぞ。……巡さんも、ヘンなことされたら遠慮なくひっぱたいていいんスよ、コイツのこと」

 とはいえ穏やかで朗らかな巡さんにそんな手荒な真似はできまい、私が代理で一発キメておいた。イイ音が決まったところで、一連の流れを見ていた巡さんが「本当に仲が良いのね、羨ましいわ」と微笑む。一体どこをどう見れば仲が良いなどという言葉が出てくるのか。

「……巡さんこそ、彼氏とかいないんスか」

 思えば、この人とも短くない縁である割に、彼女についてのそういった話を私はとんと聞いたことがなかった。単に話さなかっただけかもしれないが、それでも男の一人や二人連れ込めばおのずとわかろうもの。家を空けたところも見たことがない。かといってモテないのかとも思ったが、ここまで美人であればそれこそ男には事欠くまい。

 なんとなしに問えば、巡さんはなんとも微妙な――苦笑とも言い切れない、しかし今までの微笑みを少し崩した――顔をして、「そうねぇ」と言葉を継ぐ。

「いるわ。旦那が。でも今、事情があって離れていてね……だからよけい、貴方たちが羨ましいのかもしれないわ」

「……ッスか」

 ある程度納得はいった反面、変なことを訊ねたなと内心で舌打つ。たとえどんな事情が彼女にあろうと、たかが隣人風情の私たちがそこに踏み込むことはできなかった。束の間の妙な空気が、周りの喧騒に比例して際立つ。

「そうだ、巡」

 そしてそんな空気を打ち消すように、傍らの金髪が声を上げた。しかもちゃっかり呼び捨てである。

「君の店に行ってもいいだろうか。一度この国の衣装をじっくり見てみたくてね」

 にこっと微笑む。こういう顔だけしていればただのイケメンで済むのにと思いつつも、私に否やはなかった。新作がでたという話だったからいつか行こうとは思っていて、単にそれが早まっただけである。

 提案を受けた巡さんはぱっと顔を綻ばせ「もちろんよ」と答えた。先ほどのあの顔はどこへやら、いつもの彼女に戻ったようで内心密かに息を吐く。知り合いのああいう顔は、自分から振ったとはいえあまり見ていて気持ち良いものではない。

「秋流さんも、お時間は平気かしら」

「特に何もないんで……つーかもともとコイツと待ち合わせてたのだって、買い物付き合えって言われたからだしな。そんなん別に後でも構やしねェ。だろ」

「当然だ。両手に華の状態を逃してまでしなければならない用事などない」

「ふふ、お上手ね」

 相変わらずくるくると回る舌だと思っていると、ふと視界を何かが横切った。とりとめもない、気にすることもない何かであれば街の喧騒の一部であると思ってそのまま見逃したことであろう。だがそれを捉えたということは、即ちどうでもいいわけではないということで。

「……?」

 振り向く。雑踏の中、ふと交差する視線が一つ。


 こけた頬。ひょろりとした背に、景気の悪いシケた面。

「「!!」」

 ――――城ケ崎満、その人だった。


 背が脱兎の如く踵を返す。小さく舌打ち、駆け出し際「おいベルンハルト!」と声を上げれば、奴は暢気に巡さんと話していたのから顔をあげ「どうした」と応える。

「奴がいた! アイツに横取りされねェうちに追うぞ!」

 その言葉だけで察したようで、巡さんに一言二言告げたのちすぐさま彼が追ってくる気配がする。放課後の繁華街は学校終わりの学生や主婦で人混みが凄まじい。すり抜けるのも一苦労な一方で、城ケ崎はといえば人にぶつかるのも気にせず走っていくものだから少し目を離せばすぐにでも距離を離されてしまいそうだった。

 追う。しばらく走れば歌舞伎町の外れ、ちょうどぽっかりと人気のない開けた場所にまできていた。城ケ崎はその中心でこちらを向き、更には片手のナイフを会社帰りのOLらしき女の首筋に突き付けていた。――――誘導された。

「た、たすけて……っ!」

「……不利だな」

 ベルンハルトがぽつりと呟く。開けた場所、その上日没前ときては、彼自慢の影も上手く効力を発揮させることができない。その上怯えた顔でこちらを見つめる人質。

 だがまあ、人質については正直どうでも良い。私の最大の目的は城ケ崎から色々巻き上げることであり、人質をどうにかすることは含まれていない。という考えが伝わったのか、

「おい秋流、人質諸共殺すのは無しだぞ。のちのち面倒くさいことになる。茨衆にもつつかれるだろう」

「茨衆は別にンなこと……ったく、面倒くせェな!」

 右手の扇子を横に振りきれば、紫電が瞬いて包み次の瞬間には銀煌を抱いた刃が顕現する。その姿に人質の女はより一層恐慌を起こし暴れるが、それを捕える城ケ崎の姿は一切揺らぐことがなかった。

「ようやく……ようやく“充電”が終わったんだ。君たちで――――試させてもらおうッ!」

 よくよく見ればその瞳は血走っていた。右手のナイフはそのままに、そして左手に持ったいつかの短杖を振り上げ、彼は高らかに告げる。


「――――真の力を見せろ、<雷霆・ケラヴノス>ッ!!」


 ――――そして、轟音と共に稲光が私たちの視界を灼いた。

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