奪還
翌朝からルカの捜索が本格的に動き始めた。
ゼナは夜通し痕跡を探していたらしい。
「昨夜からずっと探してたよ」
「寝ていないんですか」
「ルカちゃんがいないのに寝られないよ」
「……ありがとうございます」
「お礼はいいから聞いて」
ゼナが地図を広げた。
「痕跡、あった」
「どういうことですか」
「ムーンヴェイルの私兵が移動した跡。普通の人間には気づかない程度の痕跡だけど、ウチには見える」
「どこまで辿れましたか」
「王都の北区画まで」
「そこから先は」
「途絶えてる」
ゼナが地図の一点を指した。
「ここで建物に入ったか、別の移動手段に変えたか。足で追える痕跡はここまで」
「北区画というと」
「貴族の邸宅が多いところだよ。ムーンヴェイルの私邸も確かあの辺りのはず」
ソフィアが「ただ、確証がありませんね、デュフフ」と言った。
「そうですね。踏み込むには根拠が薄い」
全員が地図を見た。
手がかりはある。でも最後のピースが足りなかった。
その時、アリアが走ってきた。
「フレイヤさんが来ています。ソータさんに話があると」
全員が顔を見合わせた。
「通してください」
フレイヤが入ってきた。
いつもの鎧姿だったが、今日は少し違う表情をしていた。
「ソータ、少し話があります」
「なんでしょう」
フレイヤが少し間を置いた。
「……ソル大司祭から、あなたたちへの伝言があります」
誰も何も言わなかった。
「ソル大司祭から直接お会いになる気はないとのことです。ただ、わたくしを通じて伝えてほしいと」
「聞かせてください」
「まず、謝罪を」
フレイヤが続けた。
「レイン大司祭への件については、行き過ぎた行動だったと。あなた方を巻き込んだことへの謝罪も含めて」
レインが「……そうですか」と言った。
「続けてください」と僕は促した。
「それと。ルカという研究者の居所に、心当たりがあると。ムーンヴェイルの私邸の地下に、研究施設があります。古くからある建物で、ソル大司祭のシャドウズが調査して判明したと」
ゼナが「……北区画。やっぱり」と呟いた。
「最後のピースが揃いましたね」と僕は言った。
フレイヤが「わたくしも、ソル大司祭の意図まではわかりません」と言った。
「ただ、この情報は本物だと思います」
「フレイヤさんも思うところがあるんですか」
フレイヤが少し間を置いた。
「……ムーンヴェイル大司祭がレイン大司祭を陥れようとしているなら、それは教会のためにならない」
「それだけですか」
「それだけではありませんわ」
フレイヤの視線が、一瞬だけヴェインに向いた。
「あなたたちが正しいことをしていると、わたくしは思っています」
ヴェインが「……フレイヤ」と言った。
「なんですの」
「……ありがとう」
フレイヤが「あなたのためではありませんわ」と言った。
とんだツンデレだ。
ムーンヴェイルの私邸に向かった。
北区画の貴族街だった。
外から見れば普通の邸宅だが、地下に研究施設があるとわかっていれば、別の見え方をした。
「地下への入口を探しましょう」とゼナが言った。
邸宅の周囲をゼナが確認した。
「あった。こっち」
使用人用の入口の裏に、別の扉があった。
「どうやって見つけてるんですか、毎回」
「勘だよ」
天性のものなのだろうか。
「あと経験と、死にやすいセンサー!」
扉を開けると、地下に続く階段があった。
地下に降りた。
地下は研究施設になっていた。
古代の機材と新しい装置が混在していた。
ルカの研究所と似た構造だったが、規模が違った。
目的も、明らかに違った。
「警備がいますね」
「ウチに任せて」とゼナが言った。
「特別手当は」
「出ます」
「よし」
ゼナが先頭に立った。
センサーで警備の動きを読みながら、静かに進んでいく。
ヴェインが後方を固めた。
ソフィアが支援の奇跡を準備した。
ソータがスーツを展開した。
警備を一人ずつ、音を立てずに制圧した。
奥に向かった。
扉があった。
「ルカさん、いますか」
返事はなかった。
警戒しつつ扉を開けると、小さな部屋だった。
机があって、資料があった。
ルカが机に向かって座っていた。
振り返った。
「……遅いのだ」
「すみません」
「もっと早く来るのだ」
「全力で探しました」
ルカが立ち上がった。
「みんな、無事なのだ?」
「無事ですよ」
「…………よかったのだ」
目に涙を浮かべながら、それだけ言った。
「ルカさんも無事ですか」
ルカが少し間を置いた。
「……少し、手を貸してしまったのだ」
全員が黙った。
「どのくらいですか」
「計算の一部を。拒否したのだ……したのだが、みんなを人質に取ると脅されて…」
しょんぼりと告白した。
僕達の命と天秤にかけてのことだったのだろう。
責めることなど出来ない。
「帰りましょう」
ルカが机の上の資料を一枚持った。
「ルカが書いたもの。持って帰るのだ」
その時、資料の内容が目に入って、察した。
ムーンヴェイルの計画。
何を求めているのかを――
「あと」
ルカが少し俯いた。
「……心細かったのだ」
「…はい」
「少しだけ」
ルカは震えながら続けた。
「……少しだけなのだ」
「わかっていますよ」
「わかったなら早く出るのだ。ご飯が食べたいのだ」
「帰ったら食べましょう」
脱出しようとしたタイミングで、ムーンヴェイルが現れた。
階段の前に立っていた。
穏やかな笑顔だった。
いつもの、何も読めない笑顔。
「もう見つけたんですか。早いですね」
「ルカさんを返してもらいます」
「ルカさんは自分からここに来ましたよ。違いますか、ルカさん」
ルカが「嘘なのだ」と言った。
「そうですね、嘘です」とムーンヴェイルが笑った。
こいつは、なんの躊躇もなく嘘をつくタイプだ。
段々と邪悪さを言葉の節々に感じるようになってきた。
「ソータさん、あなたは賢い。でも今回は間に合いませんでしたよ。設計図は別の場所に移してあります」
「――核開発を続けるつもりですか」
ムーンヴェイルの眉が動いた。
わずかな動揺が見えた。
「――核、という言葉を知っているのですか」
「知っています」
「さすが異世界の方ですね」
「やめてください」
「なぜ?」
「多くの人が死にます」
「多くの人が死ぬことで、生まれる秩序もあるのですよ」
「そういう考えには賛同できませんね」
ムーンヴェイルが「残念です」と肩をすくめながら言った。
「今日は退きましょう。ルカさんはどうぞお持ちください」
「逃げるんですか」
「退くと言いました。また会いましょう、ソータさん」
ムーンヴェイルの姿が暗闇に溶けるように消えていった。
「……追いかける?」とゼナが言った。
「今は難しいです。罠の可能性もある。ルカさんの奪還が優先です」
「そう、だね」
外に出た。
夜の空気が冷たかった。
ルカが大きく息を吸った。
「外はいいのだ。久しぶりの外の空気なのだ」
ゼナが「ルカちゃん、無事でよかったよ」と言った。
「心配していたのだ?」
「してたよ。みんな心配してた」
ルカが少し黙った。
「……ルカも、みんなが来てくれると思っていたのだ」
「信じてくれてたの?」
「ソータが来るのだ、と思っていたのだ」
ゼナが「可愛いじゃん」と言った。
「うるさいのだ」
ヴェインが「……無事だったな」と言った。
「ヴェインも心配していたのか」
「……少し」
「少しか」
「……かなり」
「正直なのだ、ヴェインは」
「うるさい」
ルカが小さく笑った。
「デュフフ」
ソフィアが「デュフフは私のですよ」と言った。
「感染ったのだ」
全員で少し笑った。
レインに報告した。
「ムーンヴェイルには逃げられましたが、ルカさんは取り戻せました」
「ルカさんが手伝わされた件は」
「拒否し続けてたみたいですが…責めるのは酷です」
「……そうですね」
レインが「ルカさん、無事でよかったです」と言った。
「当然なのだ」
「当然ではありませんでしたよ」
ルカが少し黙った。
「……そうなのだ?」
「そうです」
「……ルカも、少し怖かったのだ」
「よく耐えました」
「当たり前なのだ」
ルカが「ご飯はいつ食べられるのだ」と言った。
「今すぐ用意します」とアリアが言った。
「はやくするのだ」
「はーい!」
みんなで食卓を囲んで、緊張が少し解けた。
食事が終わると、一人の時間が出来た。
僕は一人考えを整理していた。
ムーンヴェイルが言っていた言葉――
「わたしの計画はすでに動いています」
設計図は持ち逃げされた。
ルカを利用して計画を進めたということだろう。
計画が止まったわけではない。
でも。
みんながいる。
ルカも帰ってきた。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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