異世界の常識
自宅の前で自転車を置き、玄関扉を開けて中に入ると、知らない部屋に出た。
石造りの部屋だった。
床に光る紋様が描かれていた。
煙を上げている謎の装置があった。
そして目の前に三人、人がいた。
一人目。
メガネで、髪がボサボサ。
ローブのようなものを着た若い女性。
床に座り込んで、装置をぺたぺた触っている。
二人目。
完全武装の騎士。
全身鎧で、兜をかぶっていて、顔が全く見えない。
直立して微動だにしない。
三人目。
小柄で、ショートヘア。
警戒心の浮かんだ目でこちらを見ている。
小動物のような女の子。
僕を見た瞬間、目が点になっていた。
しばらく、全員が黙っていた。
――うん。
状況が呑み込めない。
少し前の出来事から思い出そう。
以下、巻き戻し。
学校のテストが終わった帰りだった。
物理のテストでいつものように満点を取って、帰ったら父のお手伝いをしなければ、と考えていた記憶がある。
僕――山田颯太は高校生だ。
父は工学ロボットの研究者で、毎日その手伝いをさせられている。
――それ以外は普通の高校生だったはずだ。
メガネの女性が立ち上がった。
ものすごく申し訳なさそうな顔をしていた。
「えーと。その、申し訳ないですソータさん」
「ソータさん?」
「あなたの名前、山田颯太さんですよね。デュフフ」
「デュフフって何。というかここはどこ。なんで僕の名前知ってるんですか」
「順番に説明しますが、その前に一つだけ聞いてもいいですか」
「何」
「そちらの世界の「神秘」について、どのくらいご存知ですか?」
少し間を置いた。
「……神秘?」
説明を聞くのに一時間かかった。
要約するとこうだ。
メガネの女性、ソフィアが遺跡で発見した古代の装置を改造して実験していたら、異世界(僕からするといわゆる地球)から人間を召喚してしまった。
本来は別の何かを呼ぶための装置だったらしいが、改造の結果が予想外だったそうだ。
なぜか対象は勇者でも魔法使いでもなく、放課後に自転車を押していた高校生だった。
僕の名前を知っていたのはその装置に情報が表示されていたため、だそうだ。(どんな技術なのだろうか)
帰る方法は今のところない。
なぜなら玄関扉は跡形もなく消えていたからだ。
召喚装置の方も呼ぶことは出来ても返すことが出来ないらしく、そもそも僕を呼び出した際にエネルギーを使い切ってしまい、しばらくは動かないということだった。
いわゆる、異世界転移というやつだ。
途方に暮れたが、当面の生活はチームが面倒を見てくれるらしい。
「本当に申し訳ないと思っているんですよ、デュフフ」
「デュフフって。笑いごとじゃないんですよ」
「笑ってないですよ、これが素なんです」
ため息をついた。
完全武装の騎士、ヴェインが腕を組んだまま黙っていた。
謝る気はないらしい。
というか自分は関係ない、という素振りだった。
兜の奥から低い声が響いた。
「貴様が異世界の者か」
「そうなりますね」
「……そうか」
それだけだった。
小動物のような女性、ゼナが僕をじろじろ見ていた。
「で、君は何ができるの?戦える?」
「戦うのはからっきしです」
僕は運動は苦手だ。
典型的なガリ勉野郎なのだった。
「奇蹟は?」
「奇蹟って何」
「じゃあ何ができるんですか」
「……数学と理科は得意です」
ゼナが「それは死にやすいね」と言った。
「そんなに死と隣り合わせの世界なの!?」
「割と死にやすい世界だよ」
それを聞いて
もう一度ため息が出た。
まぁ、なんとかなるか。
なんとかなるといいな、と思った。
その後の説明で、僕はこの世界のことを少しずつ理解していった。
まず、言葉は通じた。
ソフィアが「言語共有の奇蹟ですね。デュフフ」と言っていたが、理屈はよくわからなかった。
次に、この世界にはいわゆる異世界にありがちな魔法という概念がないことを知った。
いや、正確には「魔法のようなもの」はあるのだが、それはこの世界では「奇蹟」と呼ぶそうだ。
雷を呼んだり、物を動かしたり、傷を癒したり。
僕の目には物理現象や化学反応に見えるものも多かったが、この世界では全部「奇蹟」だ。
そして、それらの「仕組み」は教会によって秘匿されていて、総じて「神秘」と呼んでいるらしい。
「奇蹟って、仕組みを解明したりしないんですか」
そう聞いた瞬間、三人の空気が変わった。
ヴェインが僕を見た。
兜の奥の目が、少し鋭くなった気がした。
ゼナが僕の腕をつかんで耳打ちした。
「それ、外で言わないほうがいいよ」
「え、なんでですか」
「神秘を解き明かそうとすることは、この世界では禁忌なんだよ。教会がそう決めている。神が与えた奇跡を人間が分析するなんて、神への冒涜だって」
「……え、本気ですか?」
「本気だよ。見つかると処罰されるよ。最悪、火あぶりとかそういう話になるよ」
「火あぶり」
「だから外では絶対に言わないこと。わかった?」
固まってしまった。
数学と理科が得意、と言ったばかりだ。
ソフィアが僕の前に来た。
申し訳なさそうな顔と、好奇心で輝く目が同居していた。
「その、ソータさんの世界では神秘…奇蹟の仕組みを研究したりするんですよね、デュフフ」
「……します。普通に」
「うらやましいですデュフフ。こっちでは表立ってはできないので、こっそりやってますけど」
「こっそりって、それ大丈夫なんですか」
「レリック内では見逃してもらってます。でも外部には絶対に秘密なんです」
「なるほど」
レリックというのはこのチームが所属している組織名だ。
古代遺産調査組合 通称「レリック」
古代の遺産の調査及び回収を目的としたギルドのようなものらしい。
頭の中を整理した。
つまりこういうことだ。
僕の知識は、この世界では危険な物になりえる。
うっかり口を滑らせれば、火あぶり案件になるかもしれない。
なんとかなるか、と思っていたが、少しなんとかならない可能性が出てきたぞ?
「ソータさん」
ソフィアが真剣な顔で言った。オタク喋りが消えていた。
「ソータさんの知識は、とても貴重です。でも外では絶対に使わないでください。奇蹟の仕組みを解き明かすような発言も、神秘への言及も、全部禁忌に触れます。外で何か言う前に、必ず私に確認してください。私がどこまで言っていいかを判断します」
「……わかりました」
「約束してくださいね」
「約束します」
ソフィアが「デュフフ、よかったです」と笑った。
ため息をついた。
理科が得意というのは、この世界ではかなり面倒な特技らしかった。
まぁ、でも――なんとかなるか。
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