異世界からの転移者
「という訳でさ、俺の学院に入ってくんない?」
「……はぁ!?」
朝の八時。王都付近の村にある喫茶店。
朝日が差し込むテーブルで向かい合う二人の男がいた。
一人は、燃えるような赤髪のショートに、爛々と輝く金の瞳。耳に揺れるピアスがよく似合う、整った顔立ちの男――ルシオン・アークライト。
対するもう一人は、透き通るような銀の長髪に、澄み切った青い瞳。一見すれば美少女にも見えるが、彼は男。
名前は――レヴィ・アッシュフォードである。
二人とも極上の美形。
だが、そのテーブルの上はカオスだった。
ルシオンは、朝から濃厚なチョコケーキをコーヒーで流し込み、レヴィは、特大のスーパーストロベリーミルクパフェを無心で突ついている。
幸いにも人通りの少ない時間帯で、この妙な光景を冷ややかな目で見る客はいなかった。
レヴィはパフェのクリームを掬い上げ、心底嫌そうに口を開いた。
「……普通に面倒くさいんですけど。それ、俺がやる必要あります?」
「いやぁ~、ね? 君、強いじゃん。だからさ」
ルシオンは悪びれる様子もなく、意味の分からない理屈を並べる。
レヴィはスプーンを止め、呆れたようにため息を吐いた。
「いや、全く理由になってないんですが。だいたい、俺まだ学生ですよ?」
「ほら、あれだよあれ。俺に娘いるでしょ? 君が前に助けてくれた、あの子」
そこでルシオンは少し目を細め、これまでの軽い調子を潜めた。大人の、あるいは父親としての厳しい色がその瞳に宿る。
「……最近、ちょっときな臭い感じになってるじゃん? だから、娘が心配でね。」
その一言に、レヴィもわずかに眉を寄せた。世情の不穏さは、隠遁気味に暮らす彼の耳にも届いている。
「……まあ、確かに」
「でしょ~。あ、ちなみに入学届とかはもう出しといたからね!」
急変したルシオンの明るい声に、レヴィは目を見開いた。
「え? もう出したんですか!? ……今から入学拒否って、ワンチャン出来たりは……」
「うん。できないね! 決定事項ってやつさ。諦めて学園生活を楽しんでよ、レヴィくん!」
(はあ、どうしてこうなったのやら……)
レヴィは、パフェの上の溶けかかった生クリームを眺めながら、遠い目をした。
こうして朝っぱらからレヴィが呼び出され、面倒な学院入りを押し付けられている理由。それを説明するには、彼の少し特殊な生い立ち――もとい、「二度目の異世界転生」について触れる必要がある。
彼の名は、レヴィ。
かつて別の世界で「勇者」として祭り上げられ、魔王を討伐した男だ。
だがその世界には、倒しても倒しても次なる魔王が現れるという、ブラック企業も真っ青なシステムがあった。
来る日も来る日も戦いに明け暮れた彼は、ついに精神と肉体の限界を迎え、過労死してしまったのである。
「もう戦いたくない。今度こそ、静かに暮らしたい」
そんな切実な願いを女神が聞き入れたのか、彼は再び別の異世界へ、十五歳の少年として転生した。
前世で嫌というほど使い古した知識と、無駄に膨大な魔力をそのまま引き継いで。
困ったことに、彼が「これくらいが普通だろ」と思っている魔法の基準は、この世界の常識を軽々と飛び越えてしまっていた。
~~~
それは、数日前のこと。
抜けるような青空の下、レヴィは新発売の限定スイーツを求めて、王都へと続く「魔物の森」を歩いていた。
木漏れ日が揺れる穏やかな森の空気は、突如として鉄錆のような血の匂いと、肌を刺すような魔力の奔流にかき消された。
「……っ、もう、魔力がない……!」
悲痛な叫びが響く。
そこには、無残にひしゃげた馬車と、重傷を負った数十人の護衛たちが倒れ伏していた。
その中心で、一人の少女が膝をついている。
燃えるような赤髪を乱し、肩で息をする彼女の名は、フェリス・アークライト。
近々、王都の学院へ入学を控えているという彼女だったが、運が悪かった。彼女を取り囲んでいるのは、森の主とも呼べる巨大な魔物と、その周囲を埋め尽くす数百体もの魔物の群れだ。
「数の暴力……ってわけ。笑えないわね」
フェリスが絶望に瞳を揺らし、死を覚悟したその時。
背後の草むらをガサリと分けて、眠たげな銀髪の少年――レヴィが姿を現した。
「……あー、邪魔。そこどいてくれない? スイーツ売り切れるんだけど」
戦場の緊張感を一瞬で霧散させる、あまりにも場違いな声。
フェリスが呆然と見上げる中、レヴィは群がる魔物たちへ向けて、ハエでも追い払うように指先を向けた。
「……あー、もう、まとめて掃除でいいか。『着火』」
放たれたのは、誰もが知る最低位の初級魔法。
だが次の瞬間、森の風景は一変した。
――ドォォォォォォン!!
空気を震わせる轟音と共に、レヴィの指先から天を衝くほどの極大火柱が噴出した。
本来なら薪に火をつける程度の魔法「着火」が、周囲の酸素を一気に食いつぶし、数百の魔物を一瞬で消滅させ、背後の地形をえぐり取るエゲツない熱線と化したのだ。
「…………あっ」
やってしまった、という顔でレヴィが固まる。
あまりの威力に、自分自身でもその場を包む破壊の光景に絶句していた。
(……まずい。この世界の魔力伝導率、前世の場所より良すぎるのか? ただの爆発どころかえげつない熱線みたいになっちゃったよ……)
熱風に煽られ、フェリスは言葉を失って固まっている。
先ほどまで彼女を追い詰めていた脅威は、影も形もない。ただ、ガラス状にドロドロに溶けた地面と、あまりの火力に内心で冷や汗を流す主人公がそこにいた。
「……ま、まぁ道は空いたし。じゃあね。今の、忘れろよ?」
レヴィは気まずそうに目を逸らすと、フェリスの返事も待たず、逃げるように森の奥へ消えていったのである。
~~~
(……そう、あの時、適当な魔法で済ませてさっさと逃げれば良かったんだ)
レヴィは現実に戻り、目の前のパフェを力なく突ついた。
まさか、あの時助けた少女がこの男の子供で、しかもそのせいで目を付けられる羽目になるとは。
「おーい、レヴィくん? 魂抜けてるよ? パフェ溶けちゃうよ?」
ルシオンがひらひらと手を振って、レヴィの顔を覗き込んでくる。
この男がどこまであの日の事を知っているのかは分からない。だが、入学届を勝手に出したという事実は、何らかの確信を持って自分を逃がさないつもりだということだけは伝わってくる。
「……はあ。分かりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば」
レヴィは諦めたように、最後の一口を口に放り込んだ。
これ以上抵抗しても、この男は言葉巧みに自分を追い詰めてくるだろう。
「お、いい返事だね! 期待してるよ、うちの娘のことも、君の学園生活もさ」
ルシオンは満足げに笑うと、伝票をひょいとつまんで立ち上がった。
「あ、ここの代金は俺が持っとくから。じゃあ、明日の朝、校門で待ってるよ!」
この嵐のような男は、それだけ言い残すと颯爽と店を出ていった。
一人残されたレヴィは、空になったパフェのグラスを見つめ、今日何度目か分からない深いため息を吐いた。
(……静かに暮らしたいだけなんだけどな、本当に)
レヴィは最後の一口、溶けかかった生クリームを力なく飲み干した。
窓の外には、王都へと続く街道が白く輝いている。そこには、かつての戦場のような血生臭さも、魔王の威圧感もない。代わりに待っているのは、賑やかで、面倒で、そして彼が最も避けたかった平穏ではない日々だ。
「……はぁ、二度目の転生でこれかよ」
レヴィは重い腰を上げ、店を出た。見上げた空は、あの日森を焼き尽くした火柱とは対照的に、どこまでも青く澄み切っている。
絶対に目立たず、最低限の仕事だけこなして平穏を勝ち取ってやる。
そう固く心に誓った彼だったが、運命はそれを許してくれそうになかった。




