第3章第014話 馬鹿をロックオン
第3章第014話 馬鹿をロックオン
・Side:カステラード・バルト・ネイルコード
さて。エイゼル市から二泊してやっと国境近くの宿営地についた。前線となる場所はもう半日ほど先だが。まずはここで状況の確認となる。
すでに六六が幾棟も建てられ、臨時指揮所や宿舎に使われいる。馬車で板状の部品を運んできて、現地では整地して杭を並べてその上に組み立てるだけ、あいからわず便利だ。
次の日の朝、朝食の後に早速軍議だ。渦中のレイコ殿と小竜様にも同席して戴く。
レイコ殿と面識のない者達が、何故子供がここにと驚いているが。すでに諸侯重鎮はそろっているので、レイコ殿達を紹介する。
反応は二分だな。王領やエイゼル市近くの人は、
「おお、あの菓子を奉納されたレイコ様ですか。」
「リバーシ、家族で楽しませて戴いておりますぞ」
と、わりかし好印象だが。
「なんだ、赤竜神の巫女だと聞いていたが、ただの小娘じゃ無いか」
「さっさと引き渡せば、紛争にならなくて済んだんじゃないのか?」
…この辺の呟きは、バッセンベルの息のかかった奴らか。
「あやつのせいでジムールの三男が家族諸共殺されたのか」
ピキンッ…
隣にいるレイコ殿から寒気が走る。 どこの馬鹿だ今のは?
…母上からは聞いていたが…まさが本当に感じ取れるほどの"殺気"なるものが実在するとは…
「そこのあなた。そうあなたです。サッコ・ジムールの事情に関して詳しいようですね」
レイコ殿が詰問する。
まさか自分が声をかけられるとは思っていなかったのか、中年のバッセンベル貴族が戸惑っているが。…先ほどのレイコ殿の殺気に気がついたやつは、そちら側にはいないのか?
「あなたが誰だかなんてどうでも良いですが、事情に詳しそうなあなたに一つ聞きたいことがあるんです。サッコの妻子の処刑を命じたのは、誰ですか?」
「え…いや…その…」
レイコ殿の雰囲気を見れば、サッコ自身に対してはともかく、その家族の連座に憤っているのは明白。
戸惑っているバッセンベル貴族。流石に、自分の発言がレイコ殿の怒りとして返ってきているのは理解したようだ。
「…誰なのです?」
実際彼は知っているのだろう。この一件に関しては、私の所にも報告が回ってきた。
処刑の指示を出したのはアトラコム・メペック・モレーロス伯爵。バッセンベル領のナンバーツーにして、サッコの実家の寄親でもある。
バッセンベル領の領主ジートミル・バッセンベル・ガランツ辺境候は、現在病床と言うことで領政の執務も取れていない。もちろん本戦役にも不参加だが、代理として二十歳になる娘、トラーリ・バッセンベル・ガランツ嬢と、その後見人としてアトラコムが参加していて、この軍議にも来ている。
この馬鹿貴族は、アトラコムが指示を出したことを知っているのだろう。そちらをチラチラ見ながらも、誰が指示を出したのか言えずにいる。言えるはずが無い、赤竜神の巫女の怒りをアトラコムに擦り付けたとあれば、バッセンベル領での立場が無くなる。
「申し訳ありません。ツキシマ・レイコ様」
立ち上がって頭を下げたのは、トラーリ・バッセンベル・ガランツ嬢だった。
「幼子の処刑を止められなかったのは、私の不徳といたすところ。赤竜神の巫女であらせられるツキシマ・レイコ様を不快にさせたこと、ここに深くお詫びいたします」
トラーリ嬢が、処刑に指示には関わっていないことは分っているが。それでもここでは、彼女が領の代表だ。
レイコ殿にはそこまでの報告はされていないはずだが。彼女もこのトラーリ嬢が主犯ではないと思ったのだろうが、眉をひそめて首をかしげている。
「トラーリ様。バッセンベル辺境候代理ともあろう方が、爵位も持たぬ物に軽々しく頭を下げる物ではありません」
アトラコムの隣にいた青年が窘めるが。…この馬鹿、ここの空気が読めていないのか?
「モンテス。ツキシマ・レイコ様は、赤竜神の巫女であり、ネイルコード王国の承認を得ている大使です。大使ならば爵位で伯爵扱いとされるのも知らないのですか? 元はといえばあなた達が…」
トラーリ嬢は、レイコ殿について最低限の情報は得ているようだが。
モンテス・メペック・モレーロス男爵。アトラコムの息子だったな。親のアトラコムの威を借りて好き放題してる小物…と、報告にはあったな。
「伯爵? こんな小娘が私より上位だというのですか?」
「赤竜神の巫女様であるのなら、伯爵でも低すぎです。見えないのですが、ツキシマ・レイコ様の肩におられる小竜様が」
「クー…」
この部屋にいる者達が皆、小竜様を見る。いきなり注目を浴びた小竜様が戸惑っておられる。
「ふん、この小さい獣が?。赤いトカゲか珍しい犬にしか見えませんが。本当にドラゴンの眷属なのですか? 皆謀られているのではないですかな?」
ああ。誰かを見下すことで相対的に自分が上位にいられると思い込むタイプの馬鹿だな。分不相応な位を引き継いだガキに良く見られる。ただ、誰を見下しているのか、理解しているのか?この馬鹿は。
「モンテス男爵…だったかな。つまり、レイコ殿を大使と承認した私の父上の目が節穴だと。ネイルコード王国国王クライスファー・バルト・ネイルコードが騙される程度の人間だと。貴様はそう言いたいのか?」
怒気を含めて問いただす。
軍相であり第二王子である私がここにいることも気がついていないのか。この馬鹿は。
侍従らしきものがモンテスに耳打ちする。…本気で私の顔を知らなかったようだな。まぁ私もこんな奴に会ったことも無いが。軍議に誰が出ているのかくらいは、事前に調べておくものだろう?
「…こ…これはカステラード殿下。いえ、そんな滅相なことはございません。あくまで疑うべきは疑った方がよろしいのでは…と申したまで」
「もうよい。モンテス、お前はとっとと、こちらに向かっている後詰めの領兵を迎えに行け。そのまま指示したとおりにその部隊の指揮を執っていろ」
さすがに父親のアトラコムが窘める。
「…分りました、父上。カステラード殿下、巫女"殿"、失礼いたします」
馬鹿が会議室から退場した。
まだ怒り収まらないようなレイコ殿の頭をポンと叩く。ハッとしたレイコ殿から殺気が消えるが。今度は酷く落ち込んだように見える。
幼い子供が連座で殺されたのがよほどショックらしく、今でも後を引いているらしいという報告は事実だったようだ。…こんな優しい子供を戦場に連れてきて良かったのだろうか。
今のやり取りで、バッセンベル領の元凶が誰だかレイコ殿にも分ったようだ。アトラコムの顔を忘れるかとばかりに、じとっと睨み付けている。
本来、連座の適用範囲の裁定は領主の一存ではあるのだが、当然ながら執行には領主の許可が必要だ。それをこのアトラコムが、独断で執行したらしい。妻子の処刑には、トラーリ嬢も不本意だったのだろう。
「重ね重ね、無礼をいたしました。申し訳ありません、ツキシマ・レイコ様」
「言いたいことはいろいろありますが。だいたいの事情は今のでよく分かりました。あと、私に様はいらないですよ」
「…それでは、殿下も使われているのと同じレイコ"殿"でよろしいでしょうか」
「はいそれで。…あなたも苦労しているようですので、ここではこれ以上は追求しません。…ただまぁ、いつかその母子達の仇は取りたいですね」
レイコ殿が、皆にわざと聞こえるように、最後の所をぼそっと言う。
その宣戦布告と言えるような言葉を、アトラコムは無表情で聞き流していた。




