終盤旅行計画
「夏休みも、もう終盤になりました」
「……どうしたの? シャール」
異世界にも扇風機はありました。
蒸し暑いこの部屋に扇風機の優しくて涼しい風。
コレがないとこの夏はとてもじゃあないけど耐えられそうにないです。
その涼しい風が吹く部屋の中でシャールは私に向かって話しかけた。
お題は夏休みの終盤……についてらしい。
「何ですか! シエスカさん! まるで興味がないその反応は!」
「そうね、どちらかと言えば私は秋とか春派かしら」
「夏も良いじゃあないですか!」
「確かに良いけどさ……」
正直、異世界にもセミが普通に居るなんて思っていなかったわ。
彼らの鳴き声はこの夏の熱さをさらに増してもう、外には出たくないです。
しかもこの世界のセミは寿命がプラス1週間。
熱さはもっと増します。
鳴き声も前世のセミとは比較になりません。
「そこで、です!」
「はいはい」
「今年、海に行っていないですよね?」
確かに、夏と言えば海、そしてスイカ、そしてカキ氷と言うイメージはある。
と言うよりそれが定番である。
「まぁ、此処から海は遠いからね。もう山で我慢しちゃえば?」
「確かに夏に山を登る事もありますけど!」
どれだけシャールは海に必死になっているのだろうか。
私はどちらかと言えば部屋でのんびりと過ごしたいインドア派だ。
部屋でごろごろする。とても素晴しいじゃあないか。
皆は長期休暇と言う事もあって実家へ帰ったり旅行へ出たりそりゃあもう色々。
一方の私はこの涼しい扇風機とともにこの夏を乗り切るのだ。
絶対に部屋の中のほうが涼しいよ。
それにこの辺は毒持ちのモンスターも出没すると言う話でしょ。
聞いたわよ、竹富からだけどこの辺てっ夏になると結構出るらしいよ。
毒持ちモンスターが。
前世のオオスズメバチとかヒアリとは比にならない。
けど刺されればそこそこ痒くてたまに死者も出るみたい。
そんな物に襲われるリスクを犯すよか、この部屋でのんびりと過ごすのが一番。
「もう! シエスカさん、海へ行きましょうよ!」
「一人で行ってくれば? 私は此処で待ってるから」
「シエスカさん、もしかして泳げないんですか?」
来た来た、よく海へ誘う手段として用いられるこの方法。
相手を上手い事挑発して気がついたら海に着いていたと言うパターン。
しかし、私はそんな甘い手には乗っからないわよ。
「勿論、人並みには泳げるよ」
「人並みには?」
「えぇ、勿論」
水泳の授業だって正直に言えばそんなに嫌いではない。
水に入れば確かに気持ちいし、何より。
屋内にプールがあるのだ。
インドア派の私から見れば数十分程度歩いただけでプールに入れるなんて夢のような話だ。
でも、この学園の屋内プールてっ此処から一番離れた距離にあるのよね。
それに今はそんなに入りたい気分でもないし。
やっぱり、此処はシャールには悪いけどきっぱりと断る必要があるわね。
ゴメンね、シャール。私、インドア派なんだ。
「屋内プールじゃあダメなの?」
「海ですよ! 海! 青い空! 青い海! 白い浜辺!」
「こんな素晴しい景色を見ずに夏休みを満喫したとシエスカさんは言えますか!」
「勿論、言えるわ」
即答である。
別に海を見なくたって私にはアイスがある。
それに窓を見れば入道雲。
部屋には扇風機。
ね? とても夏ぽいっでしょ?
それにうるさいほど鳴いているセミの声も加わったわ。
「そうですか……分かりましたよ。シエスカさんが部屋に篭りたいならそれで良いです」
ようやくシャールちゃんもわかってくれたようである。
そうよ、シャール。私はこの素晴しい空間で自分なりに夏を満喫するの。
「折角このために大人数用の旅行チケットも手に入れたのになぁ……」
旅行チケット? それに大人数用?
私のほかに誰かいたかしら。
「二泊三日の旅で豪華なお料理とデザート」
「一泊目は少し高めの汽車に乗ってゆっくりと目的地まで揺られて」
「その後海に着いたら船に乗って満喫して」
「後半は海へ実際に入って遊んで……」
……何、その超豪華な夏の旅は。
前世の私はそんな事、一切経験していなかったような。
と言うよりシャールはそんなに沢山のお金を持っていたかしら。
「そんで、夜になると宿にある温泉になんか入ったりして」
「シャール」
「はい! 何でしょう!」
「その……料金とかは大丈夫なの?」
シャールのお家柄は一応領地とかを持っていてそこそこのお金持ちと窺った事がある。
勿論、本人からである。
でも領地があると言っても本当に小さい領地で、そこまで有名じゃあないのだとか。
「はい! 少し前に伝書鳩でお父上にお願いしてみたら了承の返事を貰いました!」
「旅行費も全て家が負担してくれるみたいです!」
こんなに美味しい話を果たして簡単に信用して良いのだろうか。
でも珍しくもないかも知れない。
この学園はそんなに貴族が多いと言うわけではなさそうだけど、やっぱりチラホラ貴族は居る。
立ち振る舞い方がもう貴族とか。
オーラが出ているとかそういった部類だ。
でも基本は村人で構成されていて、その殆どが夏休み中親の手伝いで実家に帰る。
私の家も一応貴族に入っているらしいのだが。
「シャール」
「はい!」
「たった今、私もその旅に行く事を決めたわ」
「毎度アリ!」
でも、こんな機会は滅多にないと私の脳裏は悟った。
そして参加する事にしたのだ。
参加費が気になるところではあるが、私は行く。海へ。
さらばだ、扇風機。また会うその日まで……封印!




