98 男三人、鍋パっしょ
冬といえば鍋。テキトーに切った食材を鍋に放り込むだけで美味しくなる。
「流世、ネギを切るのは俺にやらせろ」
「はいはい」
キッチンで野菜をカットする僕の横から屈強な大男が現れた。
彼の名前は不知火葱丸。強面だけどイケメン、名字はカッコイイけど下の名前が絶望的にダサイでお馴染み、僕の数少ない友人の一人だ。
包丁を渡すと、不知火は慣れた手つきで長ネギを切っていく。
「うむ、良い音だ。実家にいた頃を思い出すぜ」
「ネギを切る音でホーム感を味わう奴を初めて見た」
「どうだ流世、この瑞々しくも歯ごたえ良さそうな繊維が切れる音は素晴らしいだろ? 食べる前に耳でも味わってくれ」
「ネギを切る音なんて大した差はないだろうに」
「あ? あるだろうが。違いが分かるまで聞かせてやるよ」
ネギを切る不知火がキレる。こいつのムッとした表情は他人からすれば恐ろしい剣幕なのだろう。僕は慣れたので気にしない。
気になるのは不知火が取り出した大量のネギについて。それ全部切るつもり? 鍋に入りきらないよ?
「僕が悪かったからやめて」
「流世がそう言うなら」
「このセリフ便利だな」
「切り終えた。リビングに運ぶぞ」
ガスコンロと土鍋はリビングに設置してある。
ネギ多めの、というかほぼネギで満杯になったボウルを持って僕と不知火はリビングに入る。
「ウェ~イ☆ 準備はオッケ? 始めようべ☆」
陽気で妙にイラつく声が出迎えてくれた。
ネギが魔法先生な漫画を読みながら寛いでいる金髪チャラチャラ男。日凪君だ。
彼は僕が具材を放り込んだ鍋をスマホで連写する。
「#ウェイ #今日は鍋パ #マジ楽しすぎ♪」
撮影後は手早くスマホを操作してハッシュタグを追加しまくっていた。
「気になる? ほら俺っちって陽キャっしょ? こうして日頃の生活を投稿しなくちゃいけないのさ☆」
「いや聞いていないけど」
聞いていないし陽キャの習慣はどうでもいい。
「早く煮えないかな☆」
「調子に乗るな日凪テメェこの野郎。流世にたらふく食べさせたいからテメェはあまり食うな」
「ね、ネギっちは厳しいぜ」
不知火が声のトーンを下げただけで途端に日凪君の顔は青ざめて、最後の声は掠れていた。
「すまねぇな流世、今日はお前の快気祝いなのに。こいつがどうしても参加したいと土下座してきたんだ」
「ウェイ☆」
当たり前のように土下座したのか。そしてなぜ得意げに「ウェイ☆」と言えるんだ。
「このメンツで集まるのは久しぶりっしょ」
「そうだね。君が僕を陥れようとして逆に不知火にボコボコにされた以来だ」
「そ、その話はNGだべや~」
いやいや泡吹き土下座事件は忘れられない。僕が唯一、自分よりも惨めな奴を見た瞬間だもの。
「過去は水に流してウェイウェイしようぜェ~イ☆」
日凪君はすぐにテンションを上げる。常人なら考えられない胆力とプライドのなさだ。
僕と不知火は顔を見合わせ、小さく息を吐いて座る。
男三人、鍋パとやらを始めよう。
「男だけだとむさ苦しいよな☆」
「あ?」
「ひぇ!? や、やっぱ女子いた方が楽しいっしょ? 小鈴と、永湖って子も呼ぼうぜ」
「「あ?」」
一発目の「あ?」は不知火のみ。二回目は僕も発した。
「金束さんも月紫さんも呼ばないよ。君がいる限り」
「テメェそれが狙いか。道理で最初、流世の部屋で鍋やろうとうるさかったんだな。だがここは俺の部屋だ。月紫も金束も来ねぇよ」
そう、ここは不知火の部屋。ミクのパネルや人形で埋め尽くされ、スピーカーからボカロが爆音で垂れ流されている。久しぶりに来ると脳が揺れるね。
「つーか月紫のことどこで知った。月紫も流世の女だから手ぇ出すなよ」
「うひぇ!? ごめんなさい!」
日凪君の土下座も久しぶりに見た。君の土下座はムーブがスムーズだね。この前、常連のおっさんの土下座を見たから君の洗練され具合がよく分かる。
それと不知火、誤解しているよ。
「月紫さんは僕の女ではない。彼女に失礼だ」
「あーはいはい悪かった」
「悪びれた様子が微塵もない……」
「あ、はいはい! だったら俺っちが狙ってもいいっしょ!」
「テメェは入ってくんな」
筋肉たくましい腕を右から左へ振るう。手に握られた長ネギが日凪君の頬を吹き飛ばし、同時に「ぶべぇ!」と情けない悲鳴も宙を舞った。
「やれやれ、つまらねぇモノを斬ってしまった」
不知火はネギソードをクルクルと回して鍋に突っ込んだ。やめて、日凪君を殴ったネギを食材として鍋に入れないで。
「ちなみに最近の小鈴はどんな感じ? 俺っちのこと何か言ってた?」
「日凪君は本当にすごいね。そのメンタル、コランダムで作られているの?」
「しくよろ☆」
ウザイ。
「ちなみにこの長ネギは俺の実家で作られているぜ」
ほんの少しだけウザイ。
「金束さんは何も言っていないよ。それ以前に日凪君の名前を出したら超絶不機嫌になる」
「それマジ?」
「マジ」
「マジかぁ。ちなみに眼鏡の子は?」
「同じく」
「それマジ?」
「マジ」
「マジかぁ……」
なんだよ「マジかぁ……」て。可能性があったと思っているのか。
「煮えてきたぞ。俺がよそってやる」
「うわぁネギが盛り沢山」
椀によそわれる大量の長ネギ。不知火はさらにその上から小ネギを乗せてきた。緑一色だな。麻雀なら役満だ。僕としては不満。白菜や肉も食べたいんですけど。
「どうだ? 美味しいだろ?」
「確かにすっげー美味しい。ビールが合う」
風邪の時には苦しめられた不知火産ネギだが、これを肴に飲むビールは美味しい。僕が有する飲みシチュの中でトップ10には入る。
「そうかそうか。親友として誇らしい。もっと食え」
強面に微笑みを浮かべて不知火は得意げにネギを追加していく。
「ありがとう。不知火も食べなよ」
「おう。流世がよそってくれ」
「なんでお互いによそい合わなくちゃいけないんだよ。キモイだろ」
「キモくねぇ。俺らは親友だ。マイフレだ」
「はいはい」
月紫さんに看病してもらって風邪は治り、不知火に快気祝いしてもらえる。ビールが美味しい。
久しぶりにゆったりと飲めている。とても良い気分だ。
「親友か~。俺っちそういう人がいないから羨ましいべや」
正座して食べている日凪君が声を出す。
あ、数少ない鶏肉を食べていやがる。しかし不知火は「ネギ以外ならどんどん食っていいぞ」と許す。
「日凪は色んなサークルやってんだから友達は多いだろ」
「まぁね☆ 最近はバイトも始めて絶好調☆ ほら俺っちって車を買うことにしたから金が必要っしょ?」
「知らねぇよ。あ、ネギは取りすぎるな。テメェは白菜や鶏肉だけ食ってろ」
「ウェイ☆」
僕にも白菜と鶏肉をください。
「そういえばネギっちは根暗っちといつから仲良いの?」
「なんでテメェに教えなくちゃいけねぇんだ」
「ひっ、そ、そう言わずにさぁ」
「テメェには話したくねぇ。黙ってろ」
「すみませんでした!」
片手に椀を持った状態で土下座をする日凪君。器用だな。チャラ男キャラやめたら?
「ね、根暗っちぃ」
「うわこっち来た。土下座したまましがみついてこないで」
「ネギっちと根暗っちの仲の良さはすごいと思うんだ。特にネギっち。根暗っちのことになると本気になるっしょ。それ程の理由が二人にはあるんしょ? 教えてくだせぇ!」
また土下座だ。君にとっての土下座は軽すぎるだろ。何もかも軽い奴なんだね。
「流世に触るな。あ?」
「お、教えてよぉ!」
僕と不知火が仲良くなった理由、か。
別に隠すことでもないし、話してもいいかな。
「僕と不知火が出会ったのは……あー、ごめんやっぱ話せない。食事中にはよろしくない内容だ」
「そんなことねぇよ。最高の出会い方だっただろ」
「そうだっけ……?」
「俺は一生忘れない。流世は俺を救ってくれた。懐かしいな……」
話さないと言ったのに不知火が語り始めた。
「そう、あれは大学生になったばかりの四月のことだった」
不知火は鍋にネギを敷き詰めて蓋を閉めると、天井を見上げる。何か思い出すかのように目を閉じた。
……ん? なんか回想に入る感じ?




