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52 決着

「17、18、19☆」

「……20」

「はい根暗君20言った。はい負けー」


 ルールの変更。ゲームをして、負けた方が二人分飲む。

 負け続けることはない。そう思っていた僕は一度も勝てずにいた。


「はいイッキイッキイッキ☆」

「……げほ」

「じゃあ次は風船ゲーム!」


 誤算。慢心していたのは僕の方だった。甘く見ていた。

 飲みサーに所属する奴なら飲み会で行われる数々のゲームを網羅していて慣れている。


「おっきい風船は~い!」

「ち、ちっちゃい風せ」

「はい動きが違うはいアウトー。二人分イーッキ☆」


 対して僕は一人酒をしてきた人間。飲み会のノリやゲームとは一年以上も縁がない。

 今も「ちっちゃい風船」と言う時は両腕で大きな輪を作り、「おっきい風船」と言う時は両腕で小さい輪を作るというゲームで悪戦苦闘だ。

 なんだその意味不明なゲームは。昨今はこんなのが流行っているのか。初見だとルールがイマイチよく分からないし酔った状態では間違えるに決まっている……。

 何より、日凪君が強すぎる。風船ゲームにしろ20を言ったら負けのカウントゲームにしろ、僕はどうやっても勝てない。

 知らないゲーム。相手は達者なチャラ男。為す術がなく、僕は変わらないペースで二倍の量を飲むエンドレスの地獄に陥っていた。


「……っ、が」

「おっ、まだ飲めるんだ。キメェわ~。じゃあ次は山手線ゲーム、イェーイ! お題はウチの大学のサークル名ェーイっ」


 地獄にハマり、酔いは爆発的に加速する。そうなってはまともに思考を巡らすことも口を動かすことも出来ない。

 決壊する意識、溺れていく。吐き気を抑え込んでも眼前に待っているのは並々注がれたグラスが二杯。


「店員さーん、焼酎ロック二つしくよろ」


 しかも日凪君は自分が負けないことをいいことに、アルコール度数の高い焼酎を注文する。マジでセコイ。

 ここまでビールを十数杯、ワインに日本酒と飲んでからの焼酎ロック連続。あっという間に僕の許容量を上回る。


「……っ」

「あれれぇ? おかしいぞぉ? 根暗君が動かなくなっちったぁ」

「まだ……平気……」

「じゃあさっさと飲み干せ」


 限界はとっくに超えている。ここまで飲んだのは本当に久しぶりだ。視界はぼやけて、息を吸うだけで胃の中が逆流しそうだ。


「次はどのゲームしよっかなぁ?」


 一方で日凪君は存分に休憩が出来ている。何十分も飲まずに休めることで気分は回復し、今や開始時と同じ顔色とテンションに返り咲いていた。

 だがこいつも限界なんだ。あと一杯でも飲ませたら倒れるはず。なんとかしてゲームに勝って……っ、勝っ、勝てない……!


「飲み干し、たよ……」

「おーおー頑張るねぇ。一回も吐かずにいるのはすごいよ☆ 何? 吐けないタイプの人?」

「僕は二度と吐かないと誓ったんだ」

「あっそ。どーでもいーっての。いいから、とっとと、くたばれ」


 ゲームに負けて焼酎。

 また負けて今度は赤ワイン。

 焼酎、ワイン、日本酒、ハイボール、ビール。数多のお酒を流し込んだ胃が悲鳴をあげる。少しでも気を緩めたら吐き出してしまう。


「……げほ…………」


 このまま倒れてしまいたい。倒れたら楽になれる。どうせ僕なんて……。

 もう、駄目だ。意識が……。




『ねぇアンタ』




『……アンタ、一人なのに楽しそうに飲んでいたわね』






 負けてたまるか。






「……根暗君さー」

「は、い、飲ん、だ」

「お前さ、マジでいい加減にしろよ。なぁ。ありえないっしょ。なんで、なんでまだ飲めるんだよ……!?」


 何杯飲んだだろう。もう分からないし、もう駄目だ。何を飲んでいるかすら分からない状態になって何分が経っただろう。何もかも分からない。意識がない。


『私の名前は金束小鈴よ』


 それでも僕は飲み続ける。目の前に立ち塞がるグラスを片っ端から飲み干す。


「や、やめろって。マジで死ぬぞ」

「安酒を飲んでくたばるそこら辺の大学生と一緒にするな。お前らみたいにこの程度で死んでたまるか。僕はまだ飲める」


『水瀬流世、アンタに協力してもらうわ』


「次のゲームは何? 次は何を飲めばいい?」

「嘘だろ……なんだよお前。なんでそこまでして……」

「彼女が言ったんだ。僕に言ってくれたんだ」



『私にビールが美味しいシチュエーションを教えなさい!』



 うん、教えるよ。

 約束する。僕は約束した。金束さんが美味しいと言うまで決して離れたりはしない。


「んぐ、んぐ、ぷはぁぁ……!」

「い、イカレてる」


 指に力が入らない。落ちたジョッキが大きな音を立てて脳髄にまで響く。響いて激痛が走る。

 知ったことか。目を開け。意識を保て。

 倒れたら楽になれるとか思うな。一人ぼっちに戻ることに比べたら今なんてちっぽけな痛みだろうが。負けたら金束さんと一緒にいられなくなるぞ。絶対に気絶すんじゃねぇ。

 絶対に負けてたまるか!


「呼びボタン押し、げほっ、て。次はど、のゲーム?」

「……」

「けほっ……日凪君?」

「どうしてそこまでする。なんでそんなボロボロになってまで降参しないんだ! 根暗のくせに!」


 あぁそうだよ。僕は根暗だ。ボッチだし気弱だし隠キャだ。華やかなお前とは違って惨めで面白味のない平凡以下の男だろうよ。

 そんな僕でも頼ってくれる人がいる。僕を必要としている人がいる。一人酒に逃げた僕に、誰かと飲むのが楽しいってことを教えてくれたんだ。


「頭おかしいだろ。なんでそこまで固執する。いくら小鈴が巨乳で可愛いからってマジで死ぬ思いをしてまで頑張ることはないだろ。他にも可愛い子はいるっしょ? 馬鹿じゃねぇの!?」


 チャラ男の口調は全くチャラくなかった。狼狽えた顔を引きつらせて叫んでいる。僕に引いているのだろう。僕が狂っているように見えるのだろう。

 滑稽だね。君が。見当違いのことを叫んでいる。


「……はは」

「な、何を笑って……」

「君は本当に何も分かっていないね」


 僕が金束さんの容姿にだけ惹かれたと思っているのか。金束さんの魅力は容姿だけじゃないってことに気づけていないんだね。


「おかげで目が覚めたよ。ますます負けるわけにはいかない。いや、負けるはずがない。君のような何も分かっていないチャラついた雑魚大学生にはね」

「こ、この野郎っ。心配してやったのに……! いいだろう、俺っちがトドメを刺してやるっしょ!」


 酔いとは別に感情を露わにしたどす赤い顔でチャラ男が声を荒げる。大きい声を出すな。頭が痛い。やめてくれ。

 ……さっさと次のゲームを提示してこい。お前に勝つ算段はついてある。


「20と言った方が負けゲーム!」


 チャラ男は躍起になったのだろう。勢いに任せて叫ぶと、続けざまに店員さんに焼酎ロックをジョッキで注文している。


「これで終わりだ! お前の負けだよこの陰キャ野郎!」


 やっと来たか。この時を待っていた。僕がおとなしく負け続けたとでも?

 ひたすら耐えてきた。死にかけの脳を冷静に働かせてきた。崩壊する度に根性で立て直した思考を一瞬たりとも停止せず必死に考えて僕が勝てるゲームを探り続けてきた。

 見つけたよ。僕が勝てるゲームはこのカウントゲームのみだ。ああ、これで終わりにしてやる。


「じゃあ俺っちが先に言」

「僕が先攻だ」

「……いや俺っちが先攻だ」

「バレていないと思ったか。このゲームだけ最初からずっと日凪君が先攻だ。必勝法があるんでしょ」

「あ、ああ? ね、ねぇよ。じゃあお前から言えよ!」

「言ったね? じゃあ僕が先攻だ。1、2、3」

「……4」


 20を言ったら方が負け。このゲームには必勝法がある。

 相手に20を言わせるには自分が19をコールしてターン終了すればいい。なら19を言うには相手に何を言わせればいい? 相手に16、17、18のどれかを言わせる、だ。その為には自分が15をコールすればよい。

 逆算していき、3でターン終了した時点で勝敗は決していることに気づいた。つまりずっと先攻だった日凪君が必ず勝つゲームだったんだ。


「5、6、7」

「っ、8、9」

「10、11」


 君は勝ち急いだ。汗って先攻を譲ったのは失着だったね。酔った僕では必勝法には辿りつけないと踏んだのだろう。

 限界を越えようとも、死にかけであっても、僕は諦めない。


 何度でも言う。僕は負けない。お前に勝って、金束さんに会うんだ!


「じ、12」

「13、げほげほ、14、15」

「くっ……!? 16」

「17、18……19」

「っ……!」

「僕の勝ちだね」


 やっと勝てた……! 必勝法が分かってしまえば楽勝だった。

 はぁ~……ったく、やってくれたなこの野郎。風船ゲームや山手線ゲームはまだしも、これは百パーセント負ける要素がない。こいつは楽して僕に飲ませていたってわけだ。本当にセコイね。

 さて、っ、っぷ……待ちに待った反撃。君が飲む番だ。


「あくまで勝ったのは今回のゲームってだけのこと。勝敗を決するのは飲めるか飲めないかだ。さぁ、どうぞ」


 僕は日凪君の手元に焼酎ロック二杯を置く。

 君が僕にトドメを刺そうと頼んだ品だよ。随分と休んでいたようだけど数十分程度では完全には回復出来ない。吐きまくってボロボロになった今の君に果たして飲めるかな。


「ま、待つっしょ。二杯も飲むのは……」

「僕には散々飲ませてきたのに? 君が言い出したくせに? 自分が飲むことになった途端にルール変更を取り消せるとでも?」

「だ、だけど」

「なら一杯だけでいいよ」


 僕は片方のグラスを手に取り、並々に注がれた焼酎を一気に飲み干す。焼ける喉、激痛が走る頭蓋の内側、全てを飲み込む。

 飲み干したグラスを叩きつければ、グラスの奥ではチャラ男の顔が歪んでいた。


「は、はぁ!? ありえねぇ……!」

「当初のルールくらい守ろうか。相手が空けたら自分もすぐに飲み干す、だよ」

「っ、っ~!?」

「早くしろ。そして覚悟しろ。このクソ野郎が」

「……は、ははっ。こいつ、マジでイカれてやがる」

「早く」

「ふー……。根暗君、俺っちがもう飲めないと決めつけるのはよくないっしょ」


 歪んだ顔を無理やりニヤつかせて、日凪君は震える手でグラスを持つ。


「見くびるなっての。俺っちはただのチャラ男じゃない。……これくらいの限界、越えてこその陽キャだ!」


 ニヤついた顔、青ざめた顔。日凪君が焼酎をイッキ飲みする。


「んぐんぐ、んぐ」


 覚悟を決めたのは潔い。それは認める。

 けれどやっぱ決めつけるよ。君では飲めない。




「おっうえぇえ! っっ、うっぷ!? ぅ、ぅ、おぅえぇぇ……」


 日凪君が白目を剥く。ビシャビシャ、と汚らしい音と焼酎がテーブルの上に広がり、焼酎だけでなく悲鳴も吐き散らして全身を痙攣させる。


「気持ち悪、おえええぇ……!?」


 見くびっていたのは君の方だ。焼酎のアルコール度とキツさを見くびっている。君ら陽キャが調子乗ってイッキ飲みしてきたカクテルや冷酒とは訳が違うんだよ。

 なぁそうだろ? 偉そうに頼み続けていたくせに、君は焼酎をイッキ飲みしたことないでしょ。


「あっ、が、し、死ぬ、ヤベェ死、おええぇえ……!?」


 日凪君は狂ったかのようにのたうち回る。鼻と口から液体を漏らし、上体は激しく前後に揺れる。

 数秒後には固まって、ついに事切れる時が訪れる。テーブルへと倒れていき、頭をグラスに叩きつけた。グラスは割れて痛々しい音が響いた。


「っ!? い、痛っ、吐っ、があああ……っ、っ、痛い、痛いよぉ、た、助け……」


 日凪君は気絶する。割れたグラスの破片に埋もれるようにしてぶっ倒れて顔は真っ白。ピクリとも動かなくなった。

 知っていたよ。お酒の美味しさをロクに知らない、ただのチャラ男だ。僕でもキツイのに君が焼酎を飲めるわけがない。


「……僕の、っ、うっ、勝ちだ」


 僕はチャラ男に向けて拳を突き立てる。

 この飲み対決に完勝した。僕は勝ったんだ……!


「ざまぁみろ雑魚大学生。お酒で僕が負け、るか、よ……っ」


 勝った。チャラ男に勝った。文句がつけようもない程の完璧な勝利だ。


 つっても、あぁ、っ、さすがにヤバイ……。

 勝ったことで気が緩んだ。途端に吐き気が急激に増す。吐き気も頭痛も増して意識が…………。











 家路に着く。どうやって帰ってきたのかは覚えておらず、気づけば目の前にアパートがあった。


「会計したっけ……? 日凪君を飲み屋街の裏通りに放置してきたような記憶はあるけどよく覚えていな……っっ、げほげほ!」


 咳をしただけで体が倒れる。地面に膝をついて肘をついて、胃の底から湧く嗚咽を強引に飲み込んでさらに気が悪くなる。


「か、帰ろう。あと少しで家だ。帰って、寝て、起きたら、金束さんに……」






「水瀬」


 重くも軽くも感じない両足は階段を上がる。共用廊下を進み、視線は前方を向く。

 玄関の前には金束さんがいた。

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