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102/130

102 修羅場にネギ

「メリクリだな、流世」

「し、不知火」

「やれやれ、また風邪かと思って全速力で来てやったぞ」

「不知火……」

「流世?」

「不知火いぃ!」

「どうした。流れる涙と鼻水が顎先でブレンドされているぞ?」


 不知火は「あ?」と言って、一般人なら恐れ慄く顔になる。でも今の僕には仏のように思えた。仏だ。神様だ。

 友が来てくれた。頼りになる不知火が来てくれたぞー!


「お願いだ! 窮地を救ってほしい!」

「意味分かんねぇ。クリスマスで窮地だぁ?」


 怪訝な表情の不知火。靴を脱いだ辺りで「あぁ合点がいった」と呟いて僕の頭に手を乗せる。


「なるほどな。今年もボッチクリスマスで寂しいから俺を呼んだのか」

「……中に入って」

「今年の流世はそうならないと思っていたんだがな。ったく、月紫か金束のどっちかと過ごせよ」

「リビングにどうぞ……」

「まっ、俺的には流世と聖夜を過ごせて嬉し…………あ?」


 不知火が最後に漏らした「あ?」は普段とは全く違った声音だった。シンプルに、面を食らった驚きの一声。

 リビングの中に入った不知火が硬直し、続けて僕も入室する。


 途端に全身が暗黒と極寒に包まれた。


「……」

「……」


 月紫さんと金束さん。二人は睨み合い、無言で唸り合い、火花を散らしている。


「し、不知火が来たよぉー」

「ふん」

「こんばんは不知火さん」


 僕の掠れた声に一応は返事をして、二人はすぐ睨み合いを再開する。世にも恐ろしい光景だ。


「おい流世。ちょっと待て。これは……まさか……」


 僕より頭一つ分高い不知火の頭からカシャカシャ、と機械音が聞こえてきた。

 今日の僕の耳は幻聴をよく捉える。それだけ精神が参っているとも言える。


「……遂にこの時が来たか」


 機械音は何かを演算していた。

 結果が出たらしく、不知火は『ギギギ』と錆びた金属音を立てて首を僕の方へと捻る。

 眉間に太いシワを寄せて、強面の顔を引きつらせていた。


「いつかこうなると思っていたが……マジかよ……」

「う、うん?」

「あ゛ぁ゛……」


 大きな背丈を丸めて項垂れる不知火。


「と、とりあえず座りなよ」

「……おう」


 ひとまず座ってもらい、僕も元いた位置に戻る。

 僕の左右には金束さんと月紫さん、正面には顔を手で覆って愕然としている不知火。


「不知火も来てくれて嬉しいな。僕の友達が勢ぞろい。少ないよね、あははー!」

「……」

「……」

「……」

「あれぇ? みんな、今の笑うところだよ。うひゃひゃひゃ!」


 四人の大学生がテーブルを囲み、まるで宅飲みみたいだね。せっかくだし宅飲みしちゃう? きっと楽しいよっ。ねー?


「……」

「……」

「……」


 僕らがいくら話しかけても三人は黙っている。誰も口を開かない。凍てつく空気は和らぐことなく、最悪の雰囲気はより最悪になっていく。


「あはは! あっはっはっは……は、はは……」


 死にたい。


「流世……」


 うん、見ての通り僕はもう駄目なんだ。頭がおかしくなった。精神はとっくの前に全壊している。

 でも大丈夫。不知火が来てくれた。月紫さん金束さんの両方と顔見知りである不知火なら現状を打破してくれるはずだ。


「……」

「……」

「……」

「……」


 漬物石が豪雨のように降り注ぐ重苦しい空気が部屋中に充満する。

 どうした不知火。早くなんとかしてくれ。僕は絶命寸前だ。


「なぁ流世」


 来た。やっと不知火が動いてくれた。待ってました!

 さあさあ、いつもみたいにクールな口調と凄みで場を支配し、この二人を宥めてこの最悪の雰囲気を吹き飛ばしてくれ。


「なぁ流世、俺は言った。何かあったら俺に頼れと。ダチの為なら俺はすぐに飛んでいくと。言った、あぁ確かに言ったよ」


 さすがだ。よっ、イケメン! お前は救世主だ。この場を盛り上げようぜ!




「すまん。悪いと思う。今回だけは勘弁してくれないか」




 ……はい?




「俺は帰る」

「え……待ってよ、不知」

「帰らせてくれえぇ!」


 っ!? え、不知火……?


「限界だ。これは無理。どう考えても完全に無理! 気まずすぎるだろ!? 殺すつもりか!?」

「不知火!?」

「俺帰りゅうぅ!」


 あの冷静でクールな強面はどこいった。表情がやつれてミイラのように変形していく。


「ああぁあぁああぁぁ!?」


 立ち上がり、絶叫。大量の汗を垂らし、歯をガチガチと鳴らして震えあがっている。瞼を痙攣させて狂ったように蠢く眼球。


 不知火がこれ程に狼狽えている姿を見たことがない。

 ありえない。どういうことだ。頼り甲斐のあるカッコイイ不知火が見る影もないのだ。


 不知火はノックダウンされたかのような覚束ない足取りでフラつき、逃げようとしていた。

 え、逃げようとしてい……はぁ!?


「それは駄目だ不知火ぃ!」

「離せ流世ぃ!」

「離さないぃぃ!」


 それだけは駄目だ!

 渾身の力で不知火の足にタックルするも、僕の力では大男の歩みを止めることは出来なかった。

 不知火はしがみつく僕をそのまま引きずってリビングを出て、一直線に玄関へと向かっている。


「逃げるな不知火ぃ!」

「あぁぁん!?」


 首を百八十度グルンと回し、血が滲んだ眼球で僕を見下ろしていた。


「ふざけんな馬鹿! よくもとんでもない修羅場に呼びやがったなテメェこの野郎! いくらなんでもこれは例外だ! これは無理! 頼むから帰らせてくれ!」

「こっちこそ頼むよ! 不知火が最後にして唯一の救いなんだよ!? どうにかしておくれ!」

「流世、お前、おまっ、ちょ、いや本当に勘弁してくれ。一生に一度のお願いを使うから俺を解放しろ!」

「そこをなんとか! 僕は来世分も使うから!」

「俺帰りゅりゅうぅ!」


 し、不知火が。あの不知火が、ここまで取り乱している。


「ネギ手裏剣!」

「的確に僕の目にネギがあぁ!?」


 目を潰された。ぐああぁ!?

 手を離してしまった僕を、不知火は一気に引き剥がして玄関のドアにへばりつく。


「すまないな流世。俺は力になれそうにない」

「待て。何を勝手に帰る感じの空気を醸し出している」

「マイフレを手助け出来なくて非常に心苦しい」

「僕は息苦しいよ? あの部屋、酸素がほとんどないんだよ?」

「さて、帰ってミクと楽しい聖夜を過ごすか」


 おい待てよ、それは僕の耳栓だ。おい聞けよ。無視するな。


「ね、ねぇ、冗談だよね?」


 だって僕と不知火は一年以上もの付き合いで、困った時はお互いに助け合ってきた友達なんだよ?


 お前、マジで帰るつもりじゃ……。


「せめて祈りだけは捧げよう。メリークリスマス流世!」

「不知火いぃ!?」


 ドアが閉まる。外の廊下から聞こえるけたたましい足音はすぐに遠くの方へと消えていった。


 ……不知火が帰った。来訪して数分も経たぬうちに僕を見捨てて、逃げた。逃げやがった。


 つ……つっかえねぇなぁおい!?

 使えなさすぎだろお前! 親友の為ならとドヤ顔で言っていたくせに即退散かよ!?


「あ、あんの野郎、二度と親友とは呼ばせねぇからな……!」


 おしまいだ。希望が潰えた。

 不知火は去った。救世主とはならなかった。


 即ち、僕はまたあの空気を一人で耐えなくてはならない。


「あがが……! ……はぁ~」


 僕は重たい足を引きずってリビングに戻る。

 どうかお願いします。僕が席を外している間に多少なりと仲良くなっていてくれ。

 いや、仲良くとまでは望まない。せめて普通にしていてください。


「ごめんね、不知火が帰っちゃった」


 到底ありえない願いを込めて、部屋の中に入る。




「アンタが今日来た魂胆は見抜いているわ! 二人きりになんてさせない! 私がりゅーせーと二人きりで過ごすの!」

「あなたこそ水瀬君と私のクリスマスを邪魔しないでください!」

「何よ!」

「何か?」


 凄惨な光景が目に飛び込んできた。金束さんと月紫さん、二人は揉みくちゃになって暴れており、取っ組み合いの喧嘩をしていた。

 ……さらに悪化しているんだが!?


「この!」

「ていっ」

「地味女のくせに!」

「派手な髪色が目障りです!」


 あ、あかん。これはあかんで!?


「二人とも何してるの!? 二十歳の大人が取っ組み合いの喧嘩をしにゃいでよ!」


 大学生のすることじゃないよ!? キャットファイトやめてぇ!


「この地味眼鏡女が悪いのよ!」

「いいえあなたのせいです!」

「むがーっ!」

「うがーっ」

「ち、ちょ、髪の毛を引っ張り合わないで! ほら一旦離れよう!」


 このままでは両者どちらもダメージを負ってしまう。僕が止めるしかないっっっ!

 二人の間に入って必死に、そりゃ必死になりまくって二人を落ち着かせる。


「……」

「……」


 よし、どっちも落ち着い……な、なんでどっちも僕の方を見つめてきているの……?


「こうなったらアンタに決めてもらうわ」

「それがフェアですね」


 ……汗が噴き出る。でも体の芯は凍える程に冷たい。でも歯は寒さとは別の理由でガチガチと震える。


「水瀬! あ、違う、りゅーせー!」

「水瀬君っ」


 取っ組み合いをやめた両者が僕を見る。


「どっちの味方につくのよ!」

「どちらの味方なんですかっ」


 声を揃えて僕に問いかけてきた。


「……」


 僕は無言でアイマスクを装着す


「りゅーせー!」

「水瀬君っ!」


 僕の両腕がぁ!? 痛い痛い痛い! いや物理的には痛くないけど心が痛すぎる! 不知火助けてえぇ!

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