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101 地獄のクリスマス・両者激突

 見た瞬間、理解した。

 ドアを開けた先に立っている女が、水瀬のことをどう想っているのか。




 目に入った時、直感がビビッときました。

 水瀬君の奥にいる人が、水瀬君にどんな想いを持っているのか。




 それはきっと向こうも。




 それは恐らくあちらも。




 間違いないわ。こいつは、




 間違いないです。この人は、






 敵だ。






 ……あ……あれ……?

 今、空間に亀裂が入ったような……!?


 外は寒く、風が痛い。

 冷たいと感じるのは気温のせい? 痛いと感じるのは風のせい?


「……」

「……」


 違う。冬のせいではない。なぜなら僕の全身から汗が噴き出している。脳内で超弩級の警告音が鳴り響いているんだ。

 月紫さんと金束さん。互いを見て、睨んで、二人の間で何かが起きている。


 空間に亀裂が入った。

 快晴の空に雷鳴が走った。

 目に見えない激しい火花が散った気がした。


「え、えっと……?」


 恐る恐る口を開くも、出るのは白い息だけ。言葉を出せない。

 おかしい。なんだ重苦しい空気は。冗談抜きに、大袈裟ではなく、人生一のヤバさを感じる。第六感が悲鳴をあげている。


「……」

「……」


 そういえば、この二人は会ったことがないのでは? よく僕の家に来る月紫さんと金束さんが顔を合わせるのは今が初めて……?


「私は水瀬君のお友達です。とても仲が良いです。今日は水瀬君のお家に遊びに来ました」


 言葉を紡げない僕の腕を、月紫さんが掴んだ。自身の方へ引き寄せようと力を込めている。


「はぁ? それが何? 私もよ? 私は今日『も』水瀬の家に来ただけよ」


 立て続けに脳が激しく揺れる。

 金束さんが僕の襟首を掴む。力が弱いはずの彼女が強い力で引っ張ってきた。


「も? 今日も?」


 ピクリ、と片眉を吊り上げて月紫さんが怪訝な顔になる。


「何を偉そうに強調しているのか知りませんが、水瀬君の首を掴まないでください」

「アンタこそ離しなさいよ。馴れ馴れしいわ」

「馴れ馴れしい? いいえ、だって『私の方があなたより』水瀬君と仲が良いのですから」

「私の方が? はぁ?」

「何か?」


 なぜか所々をやけに強調して喋る月紫さんと金束さん。

 初めて顔を合わせた二人が、初対面の人に対する態度とは思えない殺伐とした口調と強烈な睨み合いを行っている。


 空気が爆ぜた。鼓膜が破れそうな爆音が僕の間に響き渡った。

 僕の第六感が震えあがっている……え、え、え?


「……」

「……」


 再び沈黙が訪れる。月紫さんも金束さん、どちらも口を閉ざして尚も睨み合う。

 僕も喋れない。いや、喋れなかった。口が動かない。火花散る音と雷落ちる衝撃が玄関先に響き渡る。


 一体何が起きているの……?


「私の名前は月紫永湖です」

「聞いていないわ。さっさと帰って」

「帰りません。あなたが帰ってください」

「はぁ?」

「はい?」


 お、おかしいよ。異常だ。空気がおかしくて異常だ。

 今この現状がどうなっているのか分からない。何が起きているのか計り知れない。

 ただ、ヤバイ雰囲気だ。それだけはハッキリとしている。僕の人生で今が最もヤバイことだけは察した。

 ぼ、僕がどうにかしなくては。


「とにゅあえじゅ中に入りょうか?」


 どうした僕!? 噛みまくりか!

 振り絞って振り絞って、絞り出した勇気と共に発した僕の声は口先数センチで消えていく。代わりに心臓は痛いくらい拍動し、辺りからは爆心地みたいな轟音が鳴る。


「ふん……いいわ、中で話をしてあげる」

「話してあげる? 負け惜しみを言うの間違いではないでしょうか」


 金束さんと月紫さんは睨み合ったまま僕の部屋に入っていく。最悪のムードを継続させて。


 何が起きているのか、これから何が起ころうとしているのか、何もかも分からない。どうしてこんなにも空気が張りつめて、どうしてこんなにも空気が痛いんだ。分からない。


 ただ、嫌な予感がする。全身が震えあがる。

 恐らく僕は……例年のクリスマスよりも地獄な時間を味わうことになるのでは……!?






 隣の部屋から大学生のウェーイな声が聞こえる。壁を通過し、楽しそうな声が僕の部屋の中に入る。

 だが彼らの和気藹々ムードはすぐに消える。押し潰されて粉砕された。


 それ程に室内は重苦しかった。静まり返っていた。


「……」

「……」


 月紫さんがカーペットの上に座り、金束さんが座布団の上に踏ん反り返っている。

 僕は丁度その間、両拳を膝の上に置いて正座している。


 ……いいか、水瀬流世よ。

 この二人はなぜか異様に仲が悪い。理由や原因は分からないが、この場を処理出来るのは僕だけだ。勇気を出せえぇ!


「あははー、二人は会ったことがなかったね。そっかそっか。僕としては仰天ニュース」

「……」

「……」

「あ、あららー……あひひ……うぅ……」


 下手くそだった。さすがコミュ障。うひひ☆

 ……あの、死にそうです。重苦しくて息が出来ない。


『不知火! 今すぐ来て! 僕は死ぬ!』


 スマホに文字を打ち込む。頼む不知火ぃ。僕をこの地獄から救っておくれえぇ!


「なるほど、あなたがコスズって人ですね」

「気安く私の名前を呼ばないで。不愉快よ」

「分かっています。二度と口に出しませんし、出したくありませんから」

「はあ?」

「私は水瀬君のお友達です。それはそれはとてもとっても仲良しなのです」

「ふーん、だから何?」


 ゴングが鳴った。さっきから幻聴が聞こえるのも訳が分からない!


「水瀬、お茶」

「は、はい!」

「水瀬君、私も手伝います」

「はい!」

「は? じゃあ私も手伝うわ」

「はひぃ!」

「結構です。あなたは一人待っていてください」

「ばびぃ!?」


『不知火いぃぃ! 頼むから既読をつけてくれ! 親友の為ならすぐ飛んでいくと言っただろうがあ!』


 不知火頼むって。本当マジでお願いするから!

 僕はどうすればいいんだ。足先から灰になって消えてしまいそうなんだぞ!?


「は、はい金束さん」


 お茶を注いだグラスを金束さんに渡す。


「ふふん」


 すると、金束さんが笑顔になった。

 だけど嬉しそうな笑顔とは言えない。酷く意地の悪い、勝ち誇った笑みだ。


「私は専用グラスでアンタは紙コップ。この意味が分かるかしら?」

「……」

「ふふんっ」


 金束さんがなぜかこれ見よがしにグラスを掲げる。氷の入ったグラスを誇示するようにカランカラン、と鳴らし始めた。

 一方、月紫さんは黙る。下唇を噛み、金束さんのグラスを見つめていた。


「水瀬が私に買ってくれたのよ。私の為に。私専用のグラス」

「……」


 や、ヤバイ。空気がヤバすぎる。秒で常にワースト1を更新し続けていく。


「ふふんっ、私の方が仲良いのよ」

「……水瀬君、私は紙コップで構いません」

「は、はあ……? えーと、永湖さんもお茶でいい?」

「はいっ」


「永湖?」


 紙コップにお茶を注いでいると、金束さんが不機嫌な声をあげた。

 同時に月紫さんが微笑む。先程の金束さんと同様、勝ち誇った表情だ。


「あなたは名字で呼ばれていましたね。私は下の名前で呼んでもらえています。はい私の勝ちです」

「は、はぁ!? 勝手に勝ちとか決めないで!」

「なぜです? 私の方が仲良いことが証明されましたよ」

「されてない! このグラスが見えないの!? 私の圧勝よ!」

「いいえ私の完勝です」

「アンタの完敗よ!」

「あなたの惨敗です」


 死ぬ。僕、死ぬ。

 なぜ二人がいがみ合っているのか。威嚇をして、なぜ僕との友好度を張り合っているのか。

 全っ然、分からない。とりあえず死にそう。僕はまもなく死ぬ。胃も心もとんでもなく痛いんですが!?


 ……不可解なのは、月紫さんの口調。

 いつもはおっとりしているのに今は冷淡に喋っている。彼女らしくない、怒気を含んだ声だった。


「水瀬!」

「はいっ?」

「こいつのこと下の名前で呼ばないで!」

「いきなりそんなこと言われても」

「私の言う通りにしなさいよ! ……りゅーせー!」

「へ?」


 今、りゅーせーって……えぇ!?


「りゅーせー?」


 月紫さんの眉が動いた。そのまま金束さんの方を向く。

 迎え撃つようにして金束さんは真っ赤な顔で踏ん反り返る。


「な、何かしら。私は普段通り名前を呼んだだけよ」

「りゅーせー、と言いましたね。水瀬君のことをいつもそう呼んでいるのですか?」

「そ、そうよ。私は仲が良いから!」

「嘘ですね。先程まで『水瀬』と呼び捨てでした」

「ち、違うわ! さっきからずっとりゅ、りゅーせーって呼んでいたわよ!」

「その割には発音がおかしいです。やはり嘘ですね」

「本当よ! そうよね、りゅーせー!」


 月紫さんの訝しげな視線から逃れるようにして金束さんが僕を睨む。続けざまに月紫さんも視線を僕へ向けた。

 え、えぇと……嘘です、ね。金束さんに下の名前で呼ばれたことは一度たりともない。基本的に「アンタ」と呼ばれていたよ……?


「り、りゅーせー!」


 しかし僕は真実を言えなかった。

 なんというか、目の前で必死に僕の名前を呼ぶ金束さんを否定したくなかった。

 りゅーせーって……。正しくは『りゅうせい』だよ。月紫さんの言う通り変なイントネーションだ。

 ……それが可愛いと思う自分がいた。ぞ、ゾワゾワする。


「りゅーせー……うぅ、りゅーせー……!」

「えーと……」

「りゅーせー!」

「ひゃい!」


 したことがない新しい呼び方を連呼するのが恥ずかしくて耐えられなかったのか、僕にクッションを投げつけてきた。ぶへぇ。


「水瀬君に酷いことしないでください」

「う、うるさいっ。私とりゅーせーはいつもこうやっているの! アンタには分からないでしょうね!」

「はい? 私の方が水瀬君と親しいって何回言わせるんですか」

「はあ!? だから私の方が水瀬……り、りゅーせーと仲良いもん!」


 バチバチ、火花が散る。

 二人の体から黒いオーラが滲み出て、僕の皮膚からは汗がドバドバと溢れ出る。あ、ああ……。


「私はりゅーせーとキャンプに行ったことがあるのよ。この部屋に泊まったことも何回もあるんだから」

「……それが何か?」

「アンタはあるの? ないでしょ?」

「……」

「ふんっ、私の勝ちね」

「私は水瀬君と夏フェスに行ったことがあります。あなたに負けていません」

「夏フェス……はぁ!? な、夏フェスって……水瀬! こんな奴と一緒に行ったの!? 私は誘わなかったくせに!」


 あ、あわわぁ、誰か助けてください……!


「私の勝ちですね」

「ま、待ちなさい! 私はキャンプ以外にも遊んでいるわ。例えば学園祭とか。水瀬と一緒に回ったのよ!」

「学園祭なら私も一緒に行きました」

「な、ななっ……水瀬ぇ!」


 誰カ助ケテ……。


「一緒に月見鍋もしましたし、動物園でデートもしました。あーんもしましたけど? あなたは?」

「あ、あーん……! っ、ううぅ、私は水瀬と枝豆狩りに行ったり野球観戦したりビアガーデンで飲んだり紅葉を見に行ったわ! 私の方が遊びに行った回数は多いわ!」

「回数が多いからなんですか? それとやっぱり名字で呼んでいますね」

「あ……ち、違うわ、りゅーせーって言ってたもん!」

「嘘です」

「嘘じゃないわ!」

「どちらにしても私は水瀬君から下の名前で呼んでもらえているので私の圧勝です」

「うるさい! むがーっ!」

「むうー」


 怒る金束さん、無表情の月紫さん。

 両者の放つ殺気と黒いオーラに挟まれて、僕は何度も何度も心の中で叫ぶ。


「りゅーせー!」

「水瀬君っ」

「私の方がこいつよりアンタと仲良いわよね!?」

「私の方がこの人より仲良し良しですよね!?」


 なぜこの二人は仲が悪いんだ。なぜ僕の部屋が修羅場みたいな空気になっているんだあああああぁあ!?

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