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ラストコール  作者: せい
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-6-

 白糸の滝。そう呼ばれる滝は幾つもあるが、ここもその中の一つだ。街中にある川辺でよく会っていて、あの女が水辺が好きだということが分かってから、どうせなら子供の時に来てすごいと思ったこの滝に連れて来よう、そう思って連れて来た所だった。

 道に迷いながらやって来た男は、子供の時より背が高くなった分滝の勢いがなくなっているような気がして、少しがっかりしたのを覚えている。しかし、始めて来たと言う女は、滝から流れる涼しい風に嬉しそうに身を委ねるようにして、すごいね、連れて来てくれてありがとう、と言ったのだ。男を気にしてそう言ったのかもしれないし、それが本音だったのかもしれない。どちらにしろ今の男には、そしてその時に聞こうとしなかった男には分からないことだが、そんな事は問題ではなかった。

 黒々とした石に水飛沫を上げて落ちてくる細く長い滝を眺めて、嬉しそうに目を細める女に、救われた気がした。それだけで、十分だった。

 女と居ると、いつもそうだった。

 さりげない女の言動にいつも救われる気がして、何の気なしに行う女の行動に心臓が飛び跳ねる。二人だけの時間の中ではいつも、苦しみと喜びが順番に、波に揺れる船のように存在していた。そのこと全てが悲しみとなって男を襲い、またそれら全てが楽しみとなって男を包んだ。そういう、関係だった。

 その関係はまるで一つの映画を繰り返しているかのような、一つの小説を繰り返し読んでいるかのような、全てが分かり全てが完結し、そして終結しない。そんなドラマの中に身を投じていたかのような気分だった。

 終焉がないと思っていたからこそ、二人してお互いに寄りかかっていたのかも知れない。支え合い助け合うのではなく、凭れ合う。そんな関係だったからこそ、終わってしまったのか。それに気がついたからこそ、女は離れていってしまったのかもしれない。自分はあの時、女の事を何一つ分かっていなかったし、分かってやろうともしていなかった気がする。

 滝の前に設置してある柵に肘をかけて凭れ掛かり、それを見上げる。周りには誰も居らず、滝の立てる水飛沫の音と風のそよぎだけが辺りを支配し、冷たい水分が風に乗って、そっと男の頬を撫でた。

 四日目。昨日も一日車を乗り回しあちこちに顔を出したものの女と会う事は出来ず、数時間おきにかけた電話も無駄に終わった。

 やはり、無駄なんじゃないか、とも思った。幾ら探しても本当は女なんて存在せず、新しい彼女の元へ戻った方が良いのではないか。いつもの生活に戻って、仕事をし、彼女に会い、時にゆっくりと身体を伸ばす。そんな生活に戻った方が良い。何度も、そう思った。

 それでも、女との思い出の場所を見る度にあの女のことがまざまざと思い起こされて、結局男は探索をやめる事が出来ずに居たのだ。無駄かもしれないけれど、自分の満足にしかならないかもしれないけれど、男は、女を探す事をやめる事は出来なかった。

「……まあ」

 柵に凭れたまま滝を見上げて、男は小さな声で呟く。

「ここじゃあ、死ねないよな……」

 しばらくぼんやりと滝を眺めてから、行くか、と呟く。

 いつまでものんびりしている訳にもいかない。いつ終わるのか、ちゃんと終わりがあるのかも分からないけれど、女を捜しに行こうと、そう思った。

 そして男は、思い出の一つに背を向けた。


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