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涼しい風がそよぐ山の中、木陰に設置してある小さなベンチに腰掛けて、女はのんびりと伸びをした。
明後日にはもう死ぬんだ、こうやってのんびりと時を過ごすのも良いと思う。
車は、山の下においてきた。一本の大きなペットボトルとタオルだけをバッグに入れて、緩やかな山道を辺りを見回しながら登って来たのだ。男と二人で何度も登って来た、そして自分の子供とも歩いてみたいと思っていた、初心者向けの山道。少し体力があれば散歩のような気持ちでのんびり登って行く事も出来る、女のお気に入りの場所だ。
冷たい水滴をつけたペットボトルから飲料水を一口だけ飲んで、流れる汗をタオルで拭う。今日は暑いから体調に気をつけないといけないなと思い、思わず苦笑した。
どうせ死ぬつもりなのに、健康も何も無い。そう思って、いや、と再び首を振る。死に場所を決めているのに、こんな所で倒れて運ばれでもしたら、それこそ洒落にならない。
ゆっくりと立ち上がって、女は再び歩き出した。そっと右手を下ろして、手を握るような仕草をする。子供の手を握り、そして離すことを想像した。三歳といったらどれ位の身長なのだろうか。自分が手をすとんと下ろした長さでは、子供は自分と手を握る事は出来ないだろうか。いや、そんな事は無いかもしれない。まあ、実際ココに居ないのだからそんな事は分からないのだが。
子供がいると分かったのは、男と別れて数週間した後の事だった。気持ちは悪くなるし不調は続くしで、まさか、とは思ったのだ。まさかとは思ったが、そうあって欲しくは無いとも思った。
男との子供ができたところで、別れてしまった以上はどうしようもないのだ。この子供は、存在するべきではない。存在するべきではないが、この子供に罪は無いのだとも思う。だからそういう意味では、この子供の存在を認めるべきなのだ。
そうした二つの思いが交錯して、女は子供が出来たと知ってから三日三晩悩んだ。会社ではどうしたのか声を掛けられ、大丈夫だと答えるのが億劫になってしまい、二日ほど休んでしまった。
そして、この子を産もう、と決めた。
自分の母親や父親は死んでしまったけれど、たった一人で子供を育てる自信はないけれど、一人でなくなるという思いと母親になる事が出来るという喜びが相まって、女にそう決意させたのだ。
それなのに、その子供は生きる事が出来なかった。生まれて数日、早産だったのが原因だったのだろう。それが、三年前の明後日の事。たった数日しか一緒に居なかったのに、妙に悔しくて、哀しいと思った。
それと同時に、あの子供は本望だったのだろうか、と疑問に思った。
たったの数日しか生きる事が許されず、言葉も発さず、母親を認識できたのかすら分からない。した事といったら弱弱しい声で泣いて手足を少し動かしただけ。
自分の人生に比べたら、何も無い。あまりに、あっけない人生だった。
いや、もしかしたらその短い期間を必死に生きていただけに、充実した人生だったのかもしれない。自分のように色々やったわけではないけれど、このように自ら命を絶とうとしている女に比べれば、余程良い人生だったのかもしれない。そうとも、思える。
どちらにしろ、女には分からないことだ。
自分がその子供だった訳でもないし、成り代る事も出来ない。
ただ、一緒にこの道を歩きたかったと、そう思った。そしてできる事なら、三人で。
未だにそう思っている自分に、女は苦笑した。
どうしようもなく、情けなかった。




