17 驚電
日曜の朝、玄が目覚めたのは深夜までゲームにいそしんでいる玄が、いつもなら絶対に目覚めるはずのない時間だった。
とはいっても両親はすでに起きて、朝食を摂っている位の時間ではあったが。
玄は寝ぼけた頭で、手に持った電話機を恨めしげに睨んで大きな欠伸をした。
ついさっき恵に渡された徳水家の子機電話を、たっぷり三十秒は見つめてから渋々と受話器を耳に当てた。
「もしもし……」
「…あんたね、いったいどんだけ待たせるのよ。恵さんがあんたに受話器渡してから1分以上経つわよ」
茜のあきれた声が受話器から聞こえる。
「わり……身支度に時間がかかってさ。っていうかこんな朝っぱらからなんだよ茜」
頭のはっきりしていない玄は、覇気のない口調で電話の相手に答える。
「電話で身支度とか関係ないでしょうが! しかもね、朝っぱらって……いま何時だと思ってるの? もう九時半よ、九時半! 休みの朝の九時半っていったら普通起きてるでしょ。っていうか玄もいい加減携帯買ったら? いつも恵さんに取り次いで貰うの申し訳ないし、夜は連絡しづらいじゃない」
「いらない……金がもったいない。どうせ母さんは喜びはしても迷惑はしないし、夜ったってそんな夜中にわざわざ連絡することなんかあるのか?」
「わ、わからないじゃない……も、もしかしたら、夜中に……ほら、突然声が聞きたくなったりするかも、し……しれないじゃない?」
受話器の向こうでしどろもどろになる茜の様子に、寝ぼけている玄は気づかずに思わず吹き出す。
「ぷっ、なぁに女の子みたいなこと言ってんだよ」
「なっ! ……わ、私だって一応は女なんですからね! 馬鹿!」
ガチャ!
へらへらと笑っていた玄の耳元で激しく叩きつけられたであろう受話器の音が響き、ツーツーツーと耳障りな電子音が木霊する。
「……つぅ、なんだよあいつ……っていうか俺のせい、か? あいつ沸点低いしなぁ」
受話器をとっさに耳から離した体勢で呟いた玄は、大きく息を吐くと覚えている電話番号をゆっくりとプッシュした。
トゥル、カチャ
「(はやっ! 待ち構えてたな)もしもし、徳水ですが茜さんいらっしゃいますか」
内心でびくびくしつつ礼儀正しく架電した玄は先方の反応を待つ。
「……なによ」
押し殺したような低い声での短い返事。
「……なによってな、電話してきたのはどっちだと思ってんだよ」
一応切られたのは自分なので、玄は少し強気に言い返してみる。
「知らないわよ! 用がないなら切るわよ!」
(やっぱりダメか)
「わかった! わかったってば……えっと、悪かったよ。寝惚けて、ていうのは卑怯か……さっきは、うっかり思ってもないこと言った。いくら仲が良くてもデリカシー不足だった、ごめん」
律儀に電話を耳に当てたまま頭を下げる玄。
玄は小さい頃から謝る必要のないときは意地でも謝るな、ただ謝るべきときには誠心誠意謝れる人間になれと教えられてきた。
あんなぼけぼけした両親でも、たまにいいことを言うのでそんな時は素直に守る様に心がけている。そんな玄であったから、今回も誠心誠意の謝罪である。
(きゃあ~なによなによ、玄ったらそんなに素直に謝られたら……怒った私が馬鹿みたいじゃない。それに仲が良いと思ってくれてるんだ、ちょっと嬉しいかも)
内心で身悶えしながらも、受話器の向こうで玄が頭を下げる気配を感じるに至って、茜は完全に怒りを忘れた。
(そうよね、玄はいつでもそう。どんなに冗談のつもりで言った言葉やとった態度でも、それが少しでも相手を傷つけたと思ったら、本当に心から謝ってくれる。それって本当はとっても難しいことよね……)
「茜? まだ怒ってるのか、ごめん。茜のことちゃんと女の子として見てる。でなきゃ親御さんの頼みだからって毎日送り迎えまでしない。女の子だからなにかあったら困ると思って……」
「あぁ! 違うの、ごめん。もう怒ってない、ありがとう。わざわざかけなおして謝ってくれて。私もちょっと大人気なかったわよね、冗談言ってるのは分かってたんだけど抑えられなくて……それに玄がちゃんと私のこと、女として扱ってくれてるのも本当は分かってたから……ごめんね、そこまで言わせちゃって」
真摯な玄の言葉に、恥ずかしさで身体を火照らせながら慌てて答える。
「そっか……ならよかった」
玄も茜の怒りが解けたことに安堵しながらも、熱くなった頬をぱたぱたと手で仰ぐ。
「で、何?」
「え? なにって?」
…………
「あ、の、なぁ~! 今度は俺から切るぞ」
「ああ~! はいはい、ごめんごめん。そうでした。私が用事があってかけました」
呆れた声を出す玄を慌てて引き留めた茜は、今度はふっふっふっと気味の悪い笑いを漏らす。
「ん? 気が狂ったのか?」
「狂うか! っとにもう、すぐちゃかすんだから!」
「いや、でもお前が悪代官みたいな笑い方するから」
「ふん、そんなこと言ってられるのも今のうちよ。聞いたら絶対驚くんだから」
胸を反らせて威張る様子が、受話器越しにでも簡単に想像できる。
「まさか!」
思わせぶりに話を振って玄を驚かしたり、うらやましがらせたりすることができる話題としてもっとも確実なものはゲーム関連である。
そして、今の現状から考えればそれはVS関連である可能性が高い。さらに、昨日の話を考え併せれば……
「VSのソフトを入手したのか!」
「せ~か~いで~す。ほら、びっくりしたでしょ」
正解を告げる茜の口調は小憎らしい位に得意気だ。しかし、ゲームオタクの玄にはそんなこと気にしている暇はない。
「何! 何のソフト! 例のRPGか? まさかギャルゲー? それとも、次の新作のサンプルソフト? うおー! すげー! 見て~!」
玄も既に武幽電をプレイしているのだから、VSデビューはしているのだが、内容が内容だけに生々しさが付きまとい、純粋にゲームとして見ることができないため、VSの性能を実感した気分になれないでいた。
だから、普通のソフトで稼働しているVSを体感することは、ゲーム好きの玄にとってかなり魅力的で、また昨日の敗戦で落ち込み気味な自分の気分転換にもなる。
「おまえ、今日ひま? ひまだよな! 電話して知らせてくれたくらいだもんな! じゃあ行く、これからおまえんち行くから! 十分、は無理だから二十分後! いい? いいよな! じゃ、すぐ支度するからまた後でな」
玄の勢いに押されて、あっけにとられている茜をよそに、いつになく浮かれた気分で勝手に電話を切ろうとした玄は、それでもその寸前に質問した。
「で、そのソフトって何?」
玄が喜び勇んで自分の家に遊びに来てくれることと、玄が喜んでくれることを自分がしてあげられることに嬉しさを隠せない茜が自慢げに答えたソフト名は……。
「え? ……もう一回言って」
「だからぁ、三国志武幽電だってば!」
受話器を落としそうになりながら、その言葉の意味をゆっくりと理解した玄のなかからは、ついさっきまでの浮かれていた気分を一瞬でうち消された。
「……やっぱり、十分で行く!」




