18 戸惑い
茜の返事を待たずに受話器を切った玄は、驚くべき速さで身支度を整えて家を飛びだし、最終的に本当に十分を若干切るタイムで森崎家のチャイムを押すことになる。
ぜぇはぁ、と荒くなった息を整えようともせずにチャイムを鳴らすと、すぐに中から「はーい」という声が聞こえてくる。
「あっいいよ、母さん。多分、玄だから私が出るわ」
そんな声がドア越しに聞こえてまもなくドアが開く。
「早いわね、本当に十分で着くなんて……」
と、苦笑しながらドアを開けて顔を出した茜の表情が凍りつく。
「……ってあんた怪しすぎ。そんな変質者みたいな息づかいで……知り合いじゃなかったら絶対ドア開けないわよ」
肩を大きく上下させながら激しく呼吸する玄を見てやや呆れ気味に玄を見る。
「はぁはぁ、別に……はぁ、いいだろ、はぁはぁ早く……はぁ、見せろよ、はぁ」
この台詞だけを聞いたら間違いなく変質者である。
バタンッ
「ちょ、ちょっと! おい! なんでドア閉めるんだよ!」
いきなり閉められたドアに向かって、慌てて玄は声をかける。
カチャ
「冗談よ、あんた怪しすぎるから早く入りなさいよ。そんな姿見られたらご近所になんて思われるか。っんとにもう! 自転車はいつものとこね」
そう言って玄関のドアを開け放つと茜は家の中へと入って行く。
「わかってるよ」
玄も自転車を庭先に乗り入れて、駐輪して鍵を抜くと茜の後に続く。
「玄くんいらっしゃい。さっそく来てくれるなんておばさん嬉しいわ」
玄関では茜の母親が、にこにこしながらスリッパを並べている。
「すいません、お休みの日に朝から突然お邪魔しちゃって……」
礼儀正しく挨拶をした玄はきちんと靴を並べて、出してくれたスリッパを履く。
「いいのよ、昨日も言ったでしょ。玄くんなら大歓迎よ。あいにく主人は今日も仕事なんですけどね」
ふふふっと優越感に浸った笑みを浮かべる茜の母。 大型電器店の支店長を務める茜の父親は、日曜だからこそ仕事なのだろう。
「ほら! 母さん。挨拶はもういいから、お茶入れてもらっていい? 玄も喉乾いてるみたいだし」
玄はあまりに急いだため、うっすらと汗をかき、未だにやや息も荒い。
「あらあら、そんなに急がなくても良かったのに。そんなに茜ちゃんに早く会いたかったのかしら?」
「ちょ! ちょっと、母さん! 変なこと言ってないで早く台所に行って! もう~」
にこにこと微笑みながら玄に向かって、さらっと茜にとってはとんでもないことを言う母親を、ぐいぐいと台所に向かって押し出す。
「はいはい、わかりました。茜ちゃんは本当に照れ屋さんね」
ほほほ、と笑いながら台所に消えていく母親をため息で見送った茜は疲れた表情で玄へと振り返る。
「なに笑ってんのよ!」
茜は忍び笑いをしている玄を見て一喝。
「いや、いつ来ても仲の良い母娘だなって」
「むぅ、まあ否定はしないけどね。でも玄の所だって似たようなものよ」
「違いない」
玄の言葉に二人で笑い合う。
◇ ◇ ◇
「適当に座って」
2階の茜の部屋に案内された玄は、「おう」と返事をして床の座布団に腰を下ろすと、荷物を置いて部屋を見回す。
茜の部屋は6畳の洋間で東と北に窓がある角部屋である。白を基調とした壁紙で、部屋全体は明るく、室内にはシングルベットとシンプルな学習机、よく整理された本棚が一つ。部屋の中央に小さな丸卓が置かれて座布団が4つ置かれていた。友達などがよく来るのだろう。
タンスなどは壁面にある扉の向こうに収納されているらしく室内には見当たらない。 綺麗にメーキングされたベッド周りや絨毯は淡いピンクで統一され清潔感が漂う。しかし、女の子らしい飾りっ気はなく、このくらいの年代の女の子が好みそうな小物やぬいぐるみなどは目に付かない。唯一あったのが机の上に置かれた大きめの兎のぬいぐるみだった。
「綺麗だけど、あいかわらず殺風景な部屋だな」
「そう? 別にかわいいものが嫌いな訳じゃないけど、あんまりごちゃごちゃしてても邪魔くさいだけだしね」
そういいながら学習机の上からVSとROMケースを持ってきた茜は、それを机の上に置き玄の隣に座る。机の上におかれたROMケースは、間違いなく玄が肩から提げたバッグの中に所有しているものと同一のものである。
「じゃあ、去年あげたそのぬいぐるみもなんか失敗だったな……今時の女子高校生が何を喜ぶかとか、良く分かんなかったんだよな」
玄が学習机の上に置かれた兎のぬいぐるみを見て呟く。
「あれは良いの! 私だってひとつくらいはそういうの持ってていいじゃない? それに、せっかく玄が私の誕生日に選んで買ってきてくれたものだしね」
茜は兎を手元に引き寄せると抱え込んで抱きしめる。
「そうか? それなら良かったけど……もともと俺が欲しかったソフトを親父さんに頼んで仕入れてもらって、しかもそれを俺の誕生日プレゼントだって貰っちゃってたからな。 さすがに、なにか返さなきゃいけないと思ったはいいけどなにを返せばいいやらで……結局女の子なら、ぬいぐるみだろうって安易な結論に行き着いたんだよな」
そんなたわいもないことを話ながらも玄の頭の中は三国志~武幽電~のことで埋め尽くされている。
-なぜ茜のところに?
決まっている。父親のツテだ。
-本物だったらどうしよう?
発売日の翌日に偽物なんてあるわけない。
-一緒に戦うのか?
同盟は3名までできるけど……。
-武将は誰だろう?
関羽との相性とか関係あるのか……。
-茜はこのゲームについてなんて思う?
そもそも信じてくれるだろうか……。
様々な自問自答を繰り返して混乱しそうな頭を、たわいない会話をすることで少しでも落ち着きを取り戻したかった。
しかし、結局は混乱した頭は整理されないままであり、事実を確認して向き合うしか方法がないことに気が付かされるだけだった。
「ま、いいんじゃない。玄らしいといえば玄らしいわよ。それにもらった本人がいいって言ってるんだから」
「それもそうか。っとじゃあ、それはそれということで……それよりさ」
いつもの自分ならこう言うだろうと考えながら会話を強引にVSの方向へ切り替える。
「はいはい、玄の目的はこっちですもんね」
会話をしながらも玄の注意が、VSに向いているのを察していたのだろう茜は、苦笑しながらVSを手に取る。
「それで、もうプレイしてみたのか?」
「ん~、まだよ」
玄がもっとも気になっていた質問に、茜は微笑んで首を振る。
「せっかくだから玄と一緒に始めようと思って」
「そ、そうか……ありがとな」
自分は彼女のことは全く考えずに、VSデビューしていて、そればかりか武幽電すら経験済であることに若干の罪悪感を感じつつも、その気持ちは嬉しい。
「いいって! じゃあ、あんまりじらすのもあれだし早速やってみましょ」
茜はそう言うと武幽電のケースを開けてROMを取り出しVS本体へとセットした。そして、いざ電源へと指が届こうとしたとき……。
「ちょっと待った」
「ちょっと~、なによいいところで!」
「あ、ごめん。……あの……そ、そうだ! VSは投影型のゲームだからカーテンくらいは閉めた方がいいんじゃないか?」
「え? ああ……なるほどね。目が悪くならないか心配だけど、確かにそうね。さすがにゲームの環境には妥協しないわね、玄は」
くすくす笑いながらVSを机に置いて立ち上がった茜がカーテンを閉める。武幽電のことを事前に忠告しようとした玄は、結局言い出すことができなかった。
(結局、言えなかったか……もっともなんて言ったらいいかなんて全く分からないんだけど)
「よし、じゃあ今度こそ始めるわよ」
「お、おう」
成り行きを見守る覚悟を決めた玄の視線の先で、茜の白く細い指がVSの電源を入れる。するとVSの小さな画面から淡い光が溢れだして弾けた。




