*傷口に塩
「大事ないか」
「うん」
発して歩み寄ると、少年の足下にもう1人の少年が怖々とこちらを窺っていた。
「その子は」
「! ああ……ベリルに会いたいって来た子なんだけど……」
アザムが前に出るように促しても、少年はベリルを見上げて出ようとしない。
「緊張してるみたい」
「良い」
苦笑いで応えたアザムに、彼はさして関心もなく返した。
「でも、どうしてここに?」
話題を変えるように問いかけると、ベリルの瞳が少し曇る。あまり良い言葉は返ってきそうにない。
「例の組織をFBIに任せていたが、全てを捕える事は出来なかったようだ」
「!?」
アザムの心臓がドクンと音を立てた。
「……え?」
聞き間違いだと思いたくて聞き返す。
「奴らはお前の抗体とレイを狙っている」
「!? レイを!? レイは大丈夫なのっ!?」
すがりつくアザムをなだめるように、肩に手を置いて静かに頷く。
「他の者に保護を頼んでいる」
言ってジーンズのバックポケットから携帯を取り出した。
「どうだ。……! なに? それで……そうか」
眉をひそめるベリルの表情に、アザムは嫌な予感を募らせる。
「それでっ!? どうなの?」
電話を閉じてポケットに仕舞う彼に詰め寄った。
「ひと足遅れたそうだ。病院に向かう途中に連れ去られたのだろう」
「そんな……っ」
目の前が真っ暗になる。
「思い詰めるな。レイの持つ知識が欲しいなら無茶なことはせん」
よろめいたアザムを支え、安心させる言葉をつむいだ。
「そうか……そうだよね」
「家に戻ると良い」
「僕も行く」
「!?」
黙って聞いていた少年はアザムの言葉に目を丸くした。
なに言ってんのこいつ!? という視線で見上げる。
「その子を連れてか」
「!」
そういえば……と気がついて見下ろした。
「サムウェルだな」
「! 知ってるの?」
「ロメオに家族の画像を見せてもらった事がある」
少年を一瞥しアザムに視線を移す。
「家に戻れ」
「嫌だ」
発したアザムの真っ直ぐな眼差しに、彼は小さく溜息を吐き出す。初めて出会った時よりも大きくなった身長は、ベリルとほぼ同じくらいにまで伸びていた。
「昔から変わらんな」
「ごめん……我が儘だって解ってる」
「良い。とりあえずお前の家に向かう」
伏せていたアザムの頭を軽くなでて、駐めてあるオレンジレッドのピックアップトラックに足を進めた。
ガレージに車を駐め、アザムが玄関の扉を開く。何度か訪れているベリルは、知ったふうにリビングに向かった。
ソファに腰掛けると、なにげなくサムがちょこんと隣に座る。それを一瞥し、飲み物を持ってきたアザムに視線を移した。
「今ロメオがレイの行き先を調べてくれている」
コップを手にして応えた。
「! 彼は仲介屋なんじゃないの?」
「ロメオは情報屋とも連携している者だ。個々に報告される情報を一つにまとめて私に転送する」
ベリルはそれぞれに対応した仲介屋と紹介屋を数多く持っている。
それだけ色々な仕事をこなし、彼らに払えるだけの金額を有しているという事でもあるのだが……額としては他の傭兵が持つ仲介屋と同じか、もしくはそれ以下である。
ベリルの下で働くのは金ではないという事なのだろう。何故なら、彼らがその金額を望んで提示しているからだ。
『金は使える者が使うべき』
有効に使うのは我々ではない、という意識から来ているのだろう。信頼しあえるつながりは何物にも代え難い。
「……」
アザムは、相変わらず上品で飄々(ひょうひょう)としたベリルの態度に小さく溜息を吐いた。
思えば、利用されている事を知ったとき反抗的だった自分にあんな接し方をした彼には頭が下がる。
本来ならば、腫れ物に触るような態度を取られても不思議ではなかっただろう。
不死とはいえ、ウイルスに感染したアザムにつきっきりで看病し生きる力を与えてくれた。
『己の道は己で築くもの』
誰に決められるものでもない。すでに敷かれているレールであっても、それを選ぶのは自分自身なのだ。
そのレールを無駄にするのも活かすのもまた、己自身……自分を見捨てなければ光は先に輝いている。
全てに裏切られたと悲観し、「自分なんか生きていても仕方がない」と言ったアザムに静かだが強い口調で語った。
レイは親であり友人でもあると思っている。しかし、ベリルには師という言葉がふさわしい。
永劫の時間を駆け抜けていく──いつか僕は、彼の見た目を超えていく。それでも彼には一生敵わない。
「そういえば、ティーロさんは元気?」
「うむ。良くしてくれている」
傭兵だったティーロが、引退したあとレイが勤めていた製薬会社の警備員をしていたおかげでベリルとつながる事が出来た。いわばもう1人の功労者だ。彼は今、ベリルの設立した傭兵学校の教官をしている。
怖い思いもしたけど、楽しいコトも沢山あったように思う。今考えれば、だけど……とあの時の事を思い起こし、アザムは苦笑いを浮かべた。
「あの時もロメオが良くしてくれた」
「! そうなんだ。じゃあ今度お礼言わなきゃ」
あれから7年も経ったんだな……しんみりと考える。長かったような短かったような、そんな年月だ。
ベリルが何かに気がついてバックポケットから携帯を取り出すと、着信を震えて伝えていた。通話ボタンを押し、耳に当てる。
「……そうか。うむ、詳細を頼む」
「何か解ったの?」
簡素な電話のあと、アザムが心配そうに問いかけた。
「いくつか潜伏している場所を掴んだ」
「準備してくる」
足早に階段を上っていく。
「オ、オレは行かなくていいんだよな?」
不安げに見上げる少年の眼差しに、ベリルは小さく笑った。
「我々が戻るまでここにいても構わんよ」
「ホント!?」
「ただし、一歩も外に出る事はならん」
「ええっ!?」
げんなりしてソファに腰を落とす。
「家に帰してやりたいのは山々だがね。尾行されないという保証は無い」
「……」
少年は顔をしわしわにして大げさに頭を垂れた。そして、半ば家出まがいの事をして会う事の出来た相手をジッと見つめる。
思っていたよりも細くて、先ほどの闘いがウソのように感じられるほど、今の様子は違っていた。
あの時の静かに燃えさかるような雰囲気は無く、上品な物腰で立つ姿はとても傭兵などとは思えない。





