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人を模した君へ 〜未登録の十七歳〜  作者: ユノ・サカリス


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第1話《呼ばれた名》

オープンテラス。

白いテーブルに赤いトレー。

小さな子どもが、ハンバーガーとポテトを抱えている。


「熱いから、ゆっくりね」


母親が笑い、油と塩の匂いが広がる。


その中で、少女は足を止めた。

十代後半に見える顔。視線は子どもの手元に固定されている。

そこに迷いはなかった。


《エネルギー低下。補給必要》


一歩、距離を詰める。

次の瞬間、ハンバーガーは少女の手にあった。


「え……?」


子どもの声が震える。


少女は包み紙を剥がし、そのまま口へ運んだ。


《取得完了》


パンの柔らかさと肉の脂が広がり、指先にかすかな熱が残る。

痛覚信号が走るが、空腹の優先順位がそれを上回る。


《嚥下。吸収開始》


母親が立ち上がる。


「ちょっと!」


周囲がざわめく。

だが少女は理解していない。それが“奪う”という行為であることを。


「警察を!」


《警察……拘束リスク上昇。回避行動へ移行》


少女は走り出した。

人波を縫い、テーブルの脚を避け、椅子の隙間をすり抜けて通りへ飛び出す。


「待て!」


背後で怒号が上がる。


角を曲がった瞬間、前方に小さな影が飛び出した。


《子ども》


内部で演算が走る。


《衝突予測。回避行動選択》


身体が大きく軌道を変え、芝生へ踏み込み、その先の人影へぶつかった。


「きゃっ!」


鈍い衝撃が走り、もつれた身体がそのまま地面へ倒れ込む。

少女の肘と膝が擦れ、皮膚が裂けた。


《皮膚損傷。軽度》


遅れて痛みが走る。


「いたた……あなた、大丈夫?」


頭上から声が落ちる。

少女は顔を上げた。

差し伸べられた手が、途中で止まる。


「……え?」


視線が少女の顔に固定され、呼吸が浅くなる。


「……優……希?」


その名が落ちた瞬間、空気が張り詰めた。


血、悲鳴、伸ばした手。

九年前の無差別殺傷事件の記憶が、容赦なく押し寄せる。


「なわけないか……」


女性は首を振る。

少女は肘を見下ろした。


《出血。止血不要。行動優先》


立ち上がろうとする。


「待って!」


女性も立ち上がる。


「怪我してる!」


少女が走り出すと、女性も追う。


「待ちなさい!」


距離が縮まる。


「早いな……でも元陸上部、舐めんなよ!」


少女の心拍がさらに上昇し、公園へ飛び込む。

芝生の上で足を止め、振り返った。


数秒遅れて女性が追いつく。


「はぁ……あなた……大丈夫?」


数歩の距離。


――似ている。いや……違う。でも……同じ?


少女の内部で照合が走る。

笑い声、教室、放課後。


少女の口が、ゆっくり動いた。


「……み……ゆう」


女性の心臓が跳ねる。


「なんで……私の名前……」


少女の視線が揺れる。


「警察に……捕まる。逃げなきゃ……」


再び走ろうとしたその手首を、女性が強く掴んだ。


「待って!」


かすれた声。

指先がわずかに震えている。


「あんた、なんなの……優希にそっくりで……」


涙が滲む。


「なんなのよ……あんた。名前は?」


少女は一瞬視線を彷徨わせ、それから答えた。


「優希」


女性――美悠の目が大きく見開かれる。

呼吸が止まる。


――違うはずなのに。


九年前、自分の目の前で血に倒れた同級生。

篠宮優希。

あの時、伸ばした手は届かなかった。


「……私のこと、知ってるの?」


喉の奥が焼けるように痛む。


「美悠……友達」


その二文字が、美悠の胸を貫いた。


理解が追いつかない。

目の前にいるのは他人のはずなのに、呼び方だけがあの頃と同じだった。


遠くでサイレンがかすかに響く。

優希の身体がわずかに強張る。


「警察……来る。逃げなきゃ」


理由も理屈も整理できない。

それでも――今ここで手放せば、また失う。

九年前と同じように。


「行くよ!」


美悠は優希の手を強く引き、再び走り出す。

公園を抜け、路地を曲がり、さらに細い道へ。


息が荒くなる。それでも足は止まらない。

やがて古びた二階建てのアパートが見えてくる。


「ここが……今の私の家」


鍵を乱暴に回し、扉を開ける。

優希を中へ引き込み、背中でドアを閉めた。


外の音が遠のき、部屋には二人の荒い呼吸だけが残った。

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