リスポーンの無い世界で 後編
足は止まらなかった。
気づいた時には、もう同じ場所に向かっていた。
人気のない、あの裏。
同じ景色。
同じ流れ。
左和が突き飛ばされる。
地面にぶつかる鈍い音。
「はは、弱っ」
笑い声。
一人が、ふと思い出したように言う。
「てかさ、あのサメ女は?」
「あーあいつ?」
別のやつが鼻で笑う。
「無理無理w あんなん女として見れねえわw」
「ボコって金だけ週一で取ってる」
「ひでーw 一応女の子なのになw」
また笑いが重なる。
左和は何も言わない。
ただ、俯いたまま。
抵抗もしない。
慣れているみたいに。
その時、砂利が小さく鳴った。
その音で、全員の視線が動く。
「……は?」
「誰だよ」
いじめっ子の一人が眉をひそめる。
優大は何も言わない。
ただ、そこに立っている。
ドクン、と鼓動が高鳴るのを感じる。
緊張と恐怖。
「おい、なんか用?」
「そいつ離せ、そしたら見逃してやる」
「はぁ?何お前イキってんの?」
「……チッ」
一人が舌打ちする。
「邪魔すんなって」
そう言って、一歩近づく。
「帰れよ」
優大は動かない。
「……聞いてんのか?」
もう一歩。
距離が詰まる。
「……」
それでも、動かない。
「何か言えよ、きめえな」
苛立ちが混ざる。
次の瞬間、拳が振り上げられる。
――来る。
その距離で優大の腕が動く。
迷いはなかった。
ドゴッッ!!!
まっすぐ。
無駄のない動きで拳が相手の顔に入る。
「痛っ……!?」
鈍い音。
体がよろける。
優大の拳が入った、その次の瞬間。
「テメェ!!」
「ぶっ殺せ!!」
ドガッッ!!!
横から強い衝撃。
「うっ!!」
視界が揺れる。
何が起きたか分からないまま、体が傾く。
「調子乗ってんじゃねえぞ!」
腹に一発。
息が詰まる。
「っ……!」
声にならない。
怖い。
(あ〜馬鹿だ俺……)
次の一撃。
頬に、頭に、容赦なく叩き込まれる。
反応が遅れる。
(何でこんな事……よく分かんねえ奴の為に……)
読みは当たっているのに体が追いつかない。
ゲームとは違う。
一発受けた時点でもう崩れる。
立て直す余裕なんてない。
バキッ!!ドゴッッ!!
「ほらどうしたよ!」
笑い声。
囲まれる。
逃げ場がない。
膝がつく。
砂利が擦れる音。
視界が低くなる。
優大は手で頭を覆ったまま地面に倒れ込む。
歪んだ視界に強烈な赤い色だけが鮮明に輝いた。
(鼻血……いや、口も切った……痛え……)
「イキって出てきたくせにこれかよ」
「だっさ」
「やめて……!」
左和の声。
はっきりした声。
「うるせえよ、座ってろ馬鹿!」
勢いよく突き飛ばされる音。
体が地面にぶつかる。
「クソ共……」
「何か言った?クソ雑魚君」
優大は動けなかった。
力が入らない。
その時。
「そんじゃ罰ゲーム!」
誰かの声。
背後から重い気配。
スコップ。
「おいおいそれはヤベェってwこいつ死ぬぞw」
「責任取らねえからなー」
持ち上げられる音がやけに鮮明に聞こえる。
――やばい。
初めてはっきりと理解する。
これはゲームじゃない。
リスポーンもやり直しもない。
振り下ろされる。
(あ……死ぬ)
その瞬間。
ヒュッ――
何かが空を切る音。
「っ……!?」
バチンッ!!
目に直撃した。
鈍い、でも鋭い音。
「ぐっ……!」
短い悲鳴。
カラン、と音を立ててスコップが地面に落ちる。
全員の動きが止まる。
「……は?」
誰かが呟く。
「何?何で辞めたん?」
「おい、あれ!」
その視線の先。
「意外と当たるもんだな」
聞き慣れた声。
そこに立っていたのは――
大我だった。
手にはもう一本のペン。
軽く指で回している。
「大我……」
優大はうつ伏せになりながら呟いた。
いじめっ子たちがその名前を聞き一瞬戸惑う。
だがすぐに目を合わせ、落ち着きを取り戻した。
「なんだよ、この前の奴かよ」
「調子乗んなって」
一人が踏み出す。
その瞬間。
大我が動く。
踏み込み、距離を詰める。
「えっちょ――」
バコッッ!!!
一発。
「っ……!」
顔面に入り、崩れ落ちる。
間髪入れず、次。
二人目。
三人目。
反応させる隙もなく、
一方的に、叩き込む。
「なっ……!」
「なんだこいつ……!」
動きが違う。
優大とは、明らかに。
「チッ……!」
一人が距離を取る。
「行くぞ!」
逃げる。
振り返りもせずに。
足音が遠ざかる。
静寂。
砂利の音だけが残る。
「フー……」
大我が小さく息を吐く。
「お前さ」
振り返る。
「一人で勝てる訳ねえだろ、喧嘩もした事ねえのに」
「……うるせえ」
優大はその場で息を整える。
体が重い。
視界も少しだけ揺れている。
「ほら」
大我が手を差し出す。
「立てるか?」
優大は一瞬だけその手を見てから、掴む。
引き上げられる。
ちゃんと立てたことに、少しだけ安心する。
「……悪い」
「マジでな」
軽く返される。
でもその声はさっきより柔らかい。
優大はそのまま、左和の方へ歩く。
さっきより少しだけ足取りがしっかりしている。
左和はまだ座り込んでいたが、
顔を上げて優大を見る。
「……スマホ貸せ」
「え……?」
「いいから」
短く言う。
左和は少し迷ってから、スマホを差し出す。
優大は自分のスマホを取り出し、操作する。
連絡先を交換。
そのままデータを送る。
「……これ、昨日の動画とさっきの音声」
左和の目が大きくなる。
「……音声も?」
「一応な」
優大は一瞬だけ考えてから、言葉を続ける。
「校長と親に出せ、そしたらさすがに動くだろ」
左和はスマホの画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。
やがてゆっくりと顔を上げる。
「……撮ってたんですね」
小さく笑う。
ほんの少しだけ、安心したような顔。
「すごい」
その一言に、優大は少しだけ視線を逸らす。
褒められることにまだ慣れていない。
「……ありがとうございます」
今度ははっきりと。
優大は少しだけ間を置いて、
「……ちゃんとやれよ」
それだけ言った。
左和は小さく頷く。
今度は迷いなく。
「……行くぞ」
後ろから大我の声。
優大は軽く手を振る。
「またな」
左和に向けて。
「……はい」
優大は大我の肩に腕を回す。
「重い」
「うるせ」
短いやり取り。
そのまま歩き出す。
いつもの帰り道へ。
「早く帰るぞ」
優大が言う。
「……あいつら、パソコンの前で待ってる」
少しだけ笑いながら。
「その身体でまだやろうとしてんのかよ」
大我も笑う。
「当たり前だろ、お前ら俺がいなきゃ勝てねえんだから」
「いや勝てるわ!余裕だわ!」
夕方の空気。
いつもと同じ帰り道。
でも、さっきまでとは少しだけ違う。
背後で、左和がスマホを握りしめている。
もう俯いていない。
優大は振り返らない。
もう振り返る必要もないと思った。




