リスポーンの無い世界で 前編
「ナイス!」
ヘッドセット越しに大我の声が弾けた。
最後の一人を落とした瞬間、
画面がリザルトに切り替わる。
優大はようやく小さく息を吐いた。
「……ふぅ」
「今の普通にやばいって、優大」
「エイムどうなってんの?」
「別に……普通」
そう返しながらも、少しだけ口元が緩んでいた。
三人が即座に反応する。
「いや絶対普通じゃねーだろ」
「お前だけ別ゲーやってるレベルなんだよ」
「盛りすぎ」
「盛ってねーよ、なあ?」
「な、今のはえぐい」
笑い声が重なる。
「次どうする?」
「もう一戦いくか」
「ラストな、これ勝って終わろうぜ」
「了解」
カウントダウンが始まる。
3、2、1――
試合が再開する。
銃声と足音、短いコールの応酬。
無駄な言葉はほとんどないのに、何を考えてるかは全部分かる。
「右詰めてる」
「見えてる見えてる」
「一人ロー」
「落とした!」
「ナイス〜」
それだけで成立する連携がなんとなく誇らしかった。
気づけば画面はまた勝利の表示に変わっていて、
大我が笑いながら言う。
「はい最強」
「雑魚狩りなだけだろ」
「じゃあランク上げるか?」
「んー明日な」
「うわ、逃げた」
「違う、眠いだけ」
「絶対嘘」
「マジだって」
そんなやり取りを続けたまま、優大はヘッドセットを外した。
少し静かになった部屋にさっきまでの声がまだ残っている気がする。
ベッドに倒れ込んで、天井をぼんやり見上げる。
楽しかった、という感覚だけが
そのまま残っていた。
――今日も勝てたな。
それくらいの軽さで考えていた。
放課後になれば、また同じように集まって、
同じゲームを起動して、同じ声を聞いて、同じように笑う。
何も変わらない。
変わる理由もない。
———
休み時間。
中学校全体に合図が響き渡る。
「昨日さ、あの最終ラウンド覚えてる?」
いつもの四人が優大の机に集まっていた。
大我が机に身を乗り出す。
「三対一のやつだろ」
優大はペンを指で回しながら答える。
「あれ普通詰める?俺だったら引いてたわ」
「いや、あそこで引いたら負けてた」
「でもさ――」
いつも通りの会話。
いつも通りの空気。
窓の外から差し込む光も、特に変わらないはずだった。
――その時。
「……おい」
誰かが、ふと声を落とす。
視線が自然とそっちに向いた。
校舎の外、少し離れた場所。
人影が、数人。
その中心で――
一人が倒れていた。
「え……」
鈍い音が遅れて届く。
蹴る音。
笑い声。
現実の音なのに、どこか遠く感じる。
「なにあれ……」
「やばくね?」
大我たちの声が、少しだけ揺れる。
でも優大は――何も言わなかった。
ただ見ていた。
距離。
人数。
動き。
視界の中の全てが勝手に整理されていく。
まるで、いつもの画面みたいに。
「……」
机の上にあったペンを、無意識に手に取る。
軽く、重さを確かめる。
一本。
視線は外したまま。
――角度。
――風。
――タイミング。
考えるより先に身体が動いていた。
窓を開け、振りかぶる。
「おい、優大――」
声が届くより速く。
腕が振り抜かれる。
一直線。
ブレのない軌道で、ペンが空を切る。
次の瞬間。
「っ……!?」
一人の頭に、正確に当たった。
音が止まる。
笑いも、動きも、一瞬で途切れる。
「は?」
「誰だよ!」
視線が一斉にこちらへ向く。
咄嗟に大我は優大を押し倒し、向こうから姿を見えなくさせた。
教室の空気が一気に固まる。
「お前何やってんだよ……!」
隣で大我が小さく言う。
でも優大は、ただ天井を見ていた。
当たった。
狙った通り。
それだけが、はっきりと分かっていた。
「……当たったな」
ぽつりと呟く。
その声にはほとんど感情がなかった。
「いやそういう問題じゃねえだろ……!見られてたらマジでヤベェぞ……!」
ざわつきが広がる。
「え……今の優大がやった?」
「やばくね……あの人達って確か柔道部の……」
外では、いじめっ子たちが苛立った様子で何かを叫んでいる。
でもその音すら、どこか遠い。
優大の中では、ただ一つの感覚だけが残っていた。
――今のは、成功だった。
それは“正しいかどうか”じゃなくて、
ただの結果として。
画面の中と同じように。
その時。
廊下の向こうから、
ドスドスと足音が近づいてきた。
さっきまで外にいた連中。
怒鳴り声が、だんだんはっきりしてくる。
「どこだよ」
「この辺から飛んできたよな」
教室の空気が一気に重くなる。
誰も動かない。
誰も目を合わせない。
ガラッ――
勢いよく扉が開く。
数人の男子がそのまま教室に入ってきた。
視線が鋭く教室をなぞる。
「おい」
一番前にいたやつが低い声で言う。
「さっきペン投げたやつ、知らねえか?」
誰も答えない。
分かりやすいくらいの沈黙。
だが一部始終を見ていた数人はチラッと優大の方を向いた。
大我は瞬時に自身の身体で優大を覆い隠す。
(馬鹿……こっち見んじゃねえお前ら……バレるだろうが!すぐ窓閉めとけば良かった……!)
空気が張り詰める。
「……は?」
苛立ちが混じる。
「聞いてんだけど」
一歩、教室の中に踏み込んでくる。
椅子がわずかに軋む音。
誰かの息が浅くなる。
優大は何も言わない。
ただ座ったまま、前を見ていた。
心臓は静かだった。
むしろ、さっきより落ち着いている。
――来るか。
そんな感覚だけがあった。
静かに自身の筆箱の中にあったカッターを手に取る。
「誰だよ」
もう一度、問いが落ちる。
優大がカッターを手に立ちあがろうとした、
その瞬間。
「……あー」
軽く、間の抜けた声が入る。
大我だった。
全員の視線が一斉に向く。
「多分さ、それ」
頭をかきながら、少しだけ困ったように笑う。
「隣のクラスじゃね?」
「は?」
「いや、なんかさっき騒いでたし。
窓からなんか投げてるやついた気する」
適当な言い方。
でも、妙に自然だった。
「マジかよ」
「そっちか……」
男たちの視線が少し揺れる。
「行くぞ」
短く言って、何人かが振り返る。
「チッ……」
最後に一人が教室を睨みつけてから、扉を強く閉めた。
バンッ――
音が残る。
そして、静寂。
誰もすぐには喋らなかった。
数秒遅れて、教室の空気が一気に崩れる。
「……っはぁ」
誰かが大きく息を吐く。
「やば…」
「マジで怖かったんだけど……」
ざわざわと声が戻ってくる。
でも優大はまだ動かなかった。
ただ、隣を見た。
大我が少しだけ視線を逸らしている。
「……助かったな」
優大が言う。
小さく。
「……お前さ」
大我の声は、いつもより低かった。
「そのカッター、どうするつもりだったんだよ」
笑ってない。
さっきまでの軽さもない。
「別に……咄嗟に手に取っただけだよ、
深い意味はない」
優大は首を傾ける。
本気で分かっていないみたいに。
その反応に一瞬だけ言葉が詰まる。
「ったく……そういうとこあるよな〜お前……」
そう言って、大我は前を向いた。
ほんの少しのズレ。
でも確実に、生まれてしまった何か。
優大はそれに気づかないまま、
ただ机の上のペンを見た。
一本、減っている。
それだけだった。




