お姉さまの背中にGが居る!?【3】(終わり)
「じゃあ、こんどは右手を見せて欲しいんだけど、いいかな?」
……いや、いやいやいや! 来栖お姉さまは知らないでしょうけど、いま私の右手の中にはゴキブリが蠢いているのです。
もし、この右手をこの場で開いてしまったら、驚かせるどころか来栖お姉さまの中の人類ワースト一位に輝いてしまい、きっと遠くから見つめる事すら許されなくなってしまうでしょう。さらに、私自身がゴキブリ少女としてのレッテルを貼られてしまい、ただでさえちんちくりんでハードモードな人生が、一気にバッドエンドになってしまいます。
冗談じゃない。私は、まだ花の高校二年生。いくらちんちくりんとはいえ、こんな害虫一匹の為に人生を棒に振ってしまうなんてあまりにも悲しすぎる。
でも、ピンチの後にチャンスありって昔からいうし……、見つめていただけの毎日から、こうやって来栖お姉さまと話すことができたじゃない!
今回だって、きっと何か良い解決方法があるはず。考えろ……! 考えるんだ……! 鈴絵……!
そうだ! 鞄の中に入れてしまうのはどうだろうか……? いや、ダメだ。そもそもここで鞄を開けるという行動が不自然だし、仮に入れられても隙間から出てきてしまう可能性も高い。
そうだ! 制服のポケットに入れるのはどうだろう……? ああ、ダメだ。ポケットは浅いし、閉じる事が出来ないからゴキブリがその場で出てきてしまう可能性が高い。
そうだ! このまま遠くに投げてしまうのは……。 いや、やっぱりダメやん……。この群衆の中では不自然な行動すぎるし、うまく投げてもゴキブリって飛ぶよね……(泣)
いま、この場を脱することが出来るのは、この右手からさり気なく密閉したどこかに、ゴキブリを隔離する必要がある。しかし、そんな都合のよい場所なんて、こんなところにどこにも……。
「…………!」
そして、私はもっとも恐ろしい考えを頭に浮かべてしまう、恐らく数多くの犯罪者も利用した、最終手段として証拠を隠滅しようと隠せる場所が直ぐ近くにあることを……!
た……食べちゃう……? 食べちゃうの……!?
そういえば、祖父がコレクションをしていた昔のバラエティ番組に、ゲテモノ食いを芸人が食べるというコーナーを思い出した。日本のゴキブリよりも遥かに大きなゴキブリを油で揚げたものを、芸人に出していて、それを料理した料理人に食ってみろといって、笑いを取っていたっけな。結局、料理人も食べなかったけど。
……いましようとしているのは生なんだよね。せめて油で揚げていればまだ救いはあったかもしれないのに。
で、でもさ、死なないよね……せめて二~三日腹痛かアレルギーを引き起こす位だよね……。人の胃液って結構強力だっていうし……。
出来るだけ、考えをポジティブ方向へもっていくように善処しようとする。
さり気なく、右手から口へ移し、そのまま躊躇いもなく呑み込めばいい。そうすることで、私が腹痛になるだけで、誰もが幸せになる未来が待っているのだ。
そう、そこには、この絶望から這い上がる可能性、希望の光があった。
それに虫なら、蜂の子やいなごも食べた事はある。きっと大丈夫! 根拠はまったくないけれど。
「河野さん? ど、どうしました? すごく顔色が宜しくないようですが……?」
来栖お姉さまが心配そうな表情で、私の顔色を窺っている。……もうこれ以上、時間を引き延ばすのは難しいだろう。
今日、何度目の決意になるのだろうか。
私は、大丈夫……大丈夫……と何度も心の中で自分を言い聞かせる。もはや催眠術に近いものがある。
「だ、大丈夫です……。 先輩……。 み、右手ですね……少し、待ってください……」
私は、右手に力を入れる。右手の中で蠢いているゴキブリは、ずっと握られていたせいか最初に比べてずいぶんと動きが大人しくなっている……ような気がする。
いまがチャンスよ! 呑み込め! 私! 来栖お姉さまの為に!
これが最後と意を決し、私を両目を力いっぱい開き、震える右手をさりげなく口元へ近づけていく。あと、30センチ……20センチ……10センチ……。遂に、口元まで5センチと迫ったところで、私は目を閉じて、口をさりげなく開ける。
ああ、お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許し下さい……!
まさに、その瞬間、私の後頭部と背中に今まで感じた事のない強い衝撃と鼓膜が破れると思うほどの衝撃音が響くと、意識がゆっくりと途絶えていってしまう。
微かに聞こえたのは、お姉さまの叫び声と踏切警報機の甲高い音だった。
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「うう……気持ち悪い……もう食べれないよ……」
何故か、私は知らない場所で正座をしながら、食卓に置かれた皿に盛られた黒い何かを食べさせられていた。感触も味も感じなかったが、ただただ嫌悪感で涙を流していた。
しばらくして、私がもう食べれないとギブアップをすると、皿に盛られていた黒いものから何本もの足と二本の触覚が生え、私の方に向かってきた。一斉に襲い掛かるゴキブリの大群に私の恐怖は絶頂を迎える。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その瞬間、体はビクリとし、私は跳ね起きる。
「あれ……ここは……どこ?」
汗だく状態の私は、見知らぬ風景に呆然としていた。少し大きなベッド、真っ白な天井と白い壁、そして独特の消毒液の匂い……おそらく病院の個室なのかな……。
ただ、なんで私がこんな個室にいるのかが分からなかった。
「痛っ……!」
後頭部に鈍痛を感じた私は右手をそっと充てる。どうやら包帯で手当てをされているようだった。
そして右手を見つめる私。右手にはもう、あの悪夢のような感触はなかった。
「……と、とりあえず手を洗いたい……」
私は、ベッドから起き上がると、女子トイレに移動して何度も何度も右手に謝りながら手を洗い続けた。ちょうど20回ほど手洗いを繰り返し心を落ち着かせた私は、先ほどの病室に戻ることにした。
病室の扉に近づくと、誰か人の気配を感じた。私は恐る恐る扉を開け部屋の様子を確認すると、そこには、来栖お姉さまが困った様子で病室内をうろうろしていた。
「……せ、先輩……? どうしたんですか?」
私の声に気が付くと、来栖先輩は一目散にこちらに走ってくるとそのまま私を抱きしめる。
「む……むぎゅぅ……!」
「ああ、良かった河野さん! 突然居なくなってしまったのでびっくりしました」
「せ、先輩……苦しい……」
「ああ、ごめんなさい!」
そういうと、来栖お姉さまの体は私から離れていってしまう。ああ、しまった! もうちょっと感触を楽しめば良かったのに……私のバカバカバカ!
そんなしょうもないことを思いながら、来栖お姉さまに支えられ、再びベッドに横になった。
そして、あまり思い出したくないが、記憶が切れたあたりからのことを、来栖お姉さまに聞いてみた。
経緯を簡単に説明してもらったが、踏切近くでチキンレースを開催していた珍走団の原付の一つが勢い余って、私にぶつかったとのことだった。幸い私にぶつかったことで、来栖お姉さまには傷一つなかったとのことだった。
突然の事故のおかげか、右手に掴んでいたゴキブリもこの拍子にどこかに消えてしまい、誰一人気が付いた人はいなかったようだった。確かに、後頭部は痛かったけど、ゴキブリを食べることに比べれば、全然マシなのではないだろうか。
「とりあえず、親御さんには連絡したから、もうしばらくしたらくると思うわ」
「いえ……ありがとうございます。先輩にご迷惑かけてすいません……」
「い、いえいえ、こちらも役と……じゃなかった、全然気にしなくて良いのですよ。むしろ河野さんのおかげで私は無事だったのですから、むしろお礼を言うのは私の方ですわ」
「そ、そうですか……。それなら良かったです……」
「……えっと、それでね? 何かお礼をしたいのですけど、何かある?」
「……え!?」
「なんでも好きなものいってね、お小遣いで買えるものなら頑張ってみるから……」
「じゃ……じゃあ……」
多分、あまたの修羅場を潜ってきた為だろうか、この時の私は少し積極的だった。
「せ、先輩のこと、お姉さまと……呼んでもよいでしょうか……」
「え……!? ええ、もちろん、是非に。ああ、その代わり私も鈴絵と呼んで良いかしら?」
「は、はい……せんぱ……じゃなかった、お姉さま!」
「ふふ、これからよろしくね、鈴絵」
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こうして私の衝撃の一日は終わりを告げた。今までの人生で一番酷い目にあったものの、来栖お姉さまと仲良くなれた一番素敵な日でもあった。人生はプラスマイナスゼロとはよく言ったものだ。
苦い思い出はあるものの、あれから私たちはあの開かずの踏切で立ち話で色々話す中になった。もちろん奴らが、周りにいないことは常に確認はしている。
その後、とある休日に作業を開始する。私は、まずは燻煙式殺虫剤で家じゅうをくまなく燻すと、キッチンや玄関などにゴキブリホイホイをいくつか設置する。
さらに、家の周りには雨にも強いゴキブリ駆除役を一定区間に配置する。
奴らは同じ餌の場合耐性を付けるから厄介だ。三か月毎に餌の成分を変えて、耐性が付かないようにしなくてはならないだろう。
まぁゴキブリのおかげで来栖お姉さまと仲良くなれたのは確かではあるが、それはそれ、これはこれ。
……そう、奴ら害虫ははこの地上から滅すべき存在なのだから。
【鈴絵サイド END】
ゲームでは、来栖お姉さまサイドのザッピングストリーなどを追加予定




