エンディング 変わっていくけど変わらない日々
私の声に、皆が空を見た。
そこには、横に長い白い雲。
たくさんの白い小さな細い雲。
瞬きしているうちに、それが龍に見えてくる。
「シロだ!」
卒業前に春日部先生が写真を撮ってくれたから、写真を持ってる皆はシロの姿をちゃんと知ってる。
だから米倉さんもそう言った。
「たくさんいるよ」
七海ちゃんまでが空を見てる。
「お友達も一緒なのかな」とは結意ちゃん。
「わぁ・・・うん、だって、たくさんの薄龍と一緒にいたって・・・前も長谷川君が書いてたもんね・・・」と見上げながら言う私。
「わー・・・」と杏ちゃんも嬉しそう。
ワァアッと、また競技の応援者の声が上がる。
私はチラっとまたボートの群れに目を向けて、少しだけ見たあと、また空を見た。
「あ・・・」
ちょっとの間に、それらは、『龍の群れ』じゃなくて、『雲の群れ』みたいに形が崩れてた。
風で雲はすぐに形を変えるから。
「あー・・・」杏ちゃんも残念そうに声を上げた。
「でも嬉しい」と米倉さんは本当に嬉しそうに私に向かって微笑んだ。
「今、シロがいて、雲を見せてくれたんだね」
本当だね。
私たちは、空に向かってオーイオーイって、手を振った。
普通の人たちから見たら、何もない青空に向かって。
見えなくても、そうしたよ。
私たちは、そこにシロがいるって、知ってたんだから。
***
長谷川くんのチームは、残念ながら全国には行けない順位でゴールしました。
「残念」
「応援に来たのに」
実は空を見ていたのに、ぶつぶつ文句を言ってみる私たち。
いや、せっかくだから順位も出してくれたらなんか嬉しかったな、と。
望み過ぎの私たち?
『ピィ(おかーさん)』
「えっ」
「どうした、佳世ちゃん」
「シロの声が聞こえた!」
「嘘っ、本当に!?」
「シロ、シロ?」
『ピィ~(きょ・・・)』
聞こえかけたけど、すぐに小さくなって聞こえなくなっちゃった。
「シロ?」
キョロキョロとする私。
そして、ハッとして、また空を見上げた。
大きな、大きな、龍の顔が。
シロでも、きっと、クロでもなくて。
一瞬大空に描かれてて。
私が息をのんでいる瞬間に、風に吹かれてぼんやりして形を崩した。
「・・・今、ものすごく大きな、大きな、龍の顔があった」
茫然として呟く私。
「え?」
「すごく、顔、はっきりしてて、角も、ガバっと開けた口も、牙も、舌も、吐いた息も、見えた。雲だけど。雲だけど」
「どこに」
「そこに。その小山の上、でももう消えたよ、あの雲の塊が」
「この湖の龍神さまかなぁ」って、七海ちゃんが、そう言った。
そうなのかもしれない。
私は思って、頭を下げてた。
シロと、クロを、どうぞよろしくお願いします。って。
なんとなく。
おかーさんだし、私。
先生に、子どもを、よろしくお願いしますって、お願いする気分だった。
***
メーリングリストには、「負けました…来年また頑張ります」的なメッセージを入れた長谷川君。
ちなみに負けたから写真はメーリングリストにはUPしないとも明言。
写真を希望する面々をがっかりさせていました。
一方で、長谷川君はちょこちょこっと七海ちゃんとやりとりを続けているらしい。頑張ってるなぁ。
(七海ちゃんに敵を作らないように配慮してね、なんて見守る私たちなんだけど。はっ、ひょっとして私たち、小姑ポジション!?)
とはいえ長谷川君はシロの事もいろいろ教えてくれて、実際結構良い人みたいだ。興味あることはきっとマメなタイプなんだろうなぁ。
***
シロはいろんな手をつかって連絡をくれるようになったけど、クロが良く分からない。
どうも、シロとクロは今やすっかり別行動みたい。
学校が終わったら、シロの方は、今も私の部屋に帰ってきてまったりくつろいでいるんだって。
ちなみに西野さんから
「『前にもらった寝床、もうちっちゃくなって使えないけど、大切な宝物だからちゃんととっておいてね』ってシロとクロがお願いしてるよ」って教えてもらった。
うん、大事にとっておくね。
で、クロは、一応私の部屋に戻ってくるけど、実際はもう私の部屋に入れないぐらい大きいらしい。
だから、昔、うちの上空で朱雀の朱音さんが過ごしてたみたいに、クロも家の上空で過ごしたりしてるんだって。
(クロはちゃんと朱音さんにも話を通して、朱音さんが作っていた、家の上空の『お部屋』空間をクロ用に改装させてもらって、過ごしてるんだって)
私は相変わらず、シロやクロの姿も見えないし、声も聞こえない。
たまに、ごくたまに、何かの条件が重なったとかで運(?)がいい時だけ、ちょっと『ピィ』ってシロの声を聞く事ができる。
クロは、随分と空高い所にいるようになったので、なかなか私には声が聞こえにくいみたいで、本当に聞いたりできないんだけど。
かわりに、北海道にいった久本君が、クロが映っている写真をメーリングリストにUPしてくれた。
一面に広がる平野の上の空、にょろ~ん、と大きく長くなってたクロの写真。
『クロ、相変わらずのほほんとしてるけど、ものすごく大きかった。クロがいるところ、空気が超光っててキレイだった。神様か』
と久本君は書いてた。
空気が光ってたのは、きっと、クロが何か空気をきれいにしたんじゃないかなぁ。
それにしてもクロ、まだ生まれて半年なのに、本当に大きく育ったんだなぁ。
***
米倉さんが作ってくれたメーリングリストには、今もポツポツ、投稿がある。
卒業した時は毎日たくさんの投稿があったけど、今は皆それぞれの生活の方に移行してるんだと思う。投稿の数が減ってきてる。
それでも、たまに、私たちにぜひ言いたいって出来事があったら、投稿する。
私たちは、それを、毎日は見ないけど、思い出したように確認して、状況を知りあってる。
誰が何をしたとか。誰と会ったとか。こんな事が大変だとか。
旅でどこに行ったとか。こんな友達ができたとか。こんな体験をしてきたとか。
山犬ケンタロウを連れている斎藤君が、見知らぬ人にいきなりケンタロウの事で話しかけられてびっくりした、とか書いてたり。
シロやクロの目撃情報も、分かる人たちが投稿してくれる。
シロとクロは元気にしているみたいで本当に嬉しい。
朱音さんの影響も時々話題になる。
例えば、東京の学校に行ってて、塾の講師のアルバイトをしている高橋さんが、TVの朱音さんの影響で、担当している小学生ぐらいの子の間に『分かる』子が増えてきているみたい、と書いていたり。
アメリカの研究所に行く事になったという吉見君(念力使える)が、状況を書いてたり。
つまり、すっかりタレントとして大活躍中の朱音さんが、TV画面なんかを通して日本全国(ひょっとして世界中?)に影響を与えているのが分かる、って事で。
ちなみに晃兄ちゃんは、朱音さんのサポートをするっていって、会社を辞めて朱音さんのマネージャーになった。
大丈夫か。
まぁ晃兄ちゃんだからなんとかなるのかな…。
あ、余談だけど、継人兄ちゃんに彼女ができたそうです。
メーリングリストに投稿があって発覚。
恐ろしい情報網、とびっくりしたけどまぁ良いや。
ちなみに小川さんからの投稿で、彼女が小川さんの近所のお姉さんなんだって。
彼女の肩には、ちっさいおっさん…じゃなくて、ちっさいおばさんが乗っているそうです。本当か。本当らしい。
いろんな意味でびっくりです。
***
居間、TVに朱音さんが映って、せんべいをパリパリかじりながら、ママと話してみたりもする。
「これからどうなるのかなー、日本は」
「えぇ? 大きな事考えてるわねぇ、佳世は」
私が朱音さんの影響の事を言っているのはママには分かってる。
「別に今も昔も変わらないわよ。
今まで見えてなかったものが見えるようになったからって急に何かが変わるわけでもないし。
逆に、ずっと分からないままでも良いのよ。分からないのが劣ってるってことじゃないのよ」
「うん」
それは分かる。
見えないものが見える人の方が偉い、とか思っちゃうのは錯覚だなって、長谷川君のボートの試合の時のことをきっかけに、思うようになった私。
見えてる人の方が見えてない人より多くの事を分かってるかと言うと、別にそうでもないんだなって、あれで分かったんだよ。
「でもね、ママ」
と私はちょっと考えて答える。
私は、高校三年生の冬まで、何も見てなかった、だからそんな世界があるのなんて全然思いもよらなかった。
でも、シロとクロが生まれて、そこから、知らなかった世界を見たんだ。
「知らなかった私と、見えて、また見えなくなった私とでは、やっぱり、違うとおもう。『知らなかった事を知れた』って意味で」
うん。
そして、それをきっかけに、そんな話題さえできる繋がりが、友達が、できたって、思う。
そう、世界が、広くなったんだ。
視野が、考え方さえ、広がったんじゃないかって思うんだ。
「だったら良いじゃない」ママは笑った。
「それにしても朱音さん、本当にほれぼれする笑顔よねぇ」
「うん。本当だね。あはは」
私も、それこそ継人兄ちゃんも。
それから、普通に『分かる』人たちも。
もし全て朱音さんの影響だったのだとしたら、
朱音さんってものすごい人(?)なんだなぁって、今更ながらに思う。
(もしかして晃兄ちゃんは、関係なく『分かる』人だったのかもと思うんだけど。なんとなくね)
朱音さんがいるからこそ生まれたつながりも沢山あるんだろうなって思う。
TVを通して朱音さんが日本全国に笑顔を振りまく。
私たちみたいな人たちが、生まれてくるんだろうな、なんて思っちゃう。
その時は、その人たちにも、私たちみたいに、話を聞き会えたり助け合える友達たちが、近くにいて、気付きあえたらいいなと願う。
自分が、もし一人で『見える』『見えない』を抱え込んでたら、とても困っちゃてたと思うから。
もし力になれるなら、私たちも力になりたいな、なんて思う。
***
「シロー、クロー」
私はたまに部屋に戻って、声をかけてみる。
「お弁当箱、新しいの作ってみたよ?」
たまに頼まれて、シロとクロのお弁当箱を新調するんだ。
体も大きくなったのに、こんなに小さいサイズで足りるのかな、と不思議になるんだけど、それでもシロとクロはものすごく喜んでるらしいんだ。
クリスマスの日に、サンタクロースからのプレゼントって贈った寝床は、今も私の机の上においてある。
たまにほこりを払ったりして、キレイにしてる。
***
シロとクロへ。
見えなくなったけど、皆にも教えてもらって、シロとクロの様子も知ってるよ。
またいつか自分で見れたら、聞こえたらって、やっぱり思っちゃう部分もあるけど、でも、大丈夫、心配ないよ。
大切にだよ。これからもずっと大切に思ってるよ。
ずっと大好きだよ。毎日大好きだよ!
ずっと元気でいてね、シロ、クロ!
おかーさんより
***
『ピィ~♪』
『キュ~♪』
今日も風に乗りながら。
シロはお友達の龍と一緒に雲を作るお勉強をしてて。
クロは黒いものを食べながら、高く低く早くのんびりと、少なくとも日本中を、飛び回ってるんだよ。
<おしまい>




