Episode 10
さて、料理スキルの実験といこう。
料理スキルで最も基本となる『パン』のレシピを確認する。
必要な素材は手持ちのもので全部そろっていた。
さっそく作ってみる。
完成したパンを、とりあえず自分で食べてみた。
「……普通だな。」
HPがほんの少し回復した。
効果としては、それだけ。
いかにも初期アイテムらしい、シンプルな性能だ。
なら、次だ。
俺はフィールドで適当なモンスターを狩っていたシーラを呼んだ。
「シーラ。パンを作ってみたんだ。」
「パン?」
駆け寄ってきた彼女に、出来立てのパンを渡す。
「焼きたてだから、まだほんのり湯気が出てる。」
「本当ね。」
「ちょっと手で割ってみて。」
シーラがパンを割る。
「ほら。小麦のいい香りがするだろう?」
シーラの視線が、手元のパンに釘付けになる。
俺は続けた。
「外側はほんの少しだけ香ばしくて、中は驚くほどふわふわ。最高の焼き加減だよ。」
シーラが、ごくりと喉を鳴らした。
「……もう、食べてもいい?」
「もちろん。」
一口……シーラは雷にでも打たれたようにのけぞり、そのまま天を仰いで目を閉じた。
間を置いて二口……三口。
そのまま猛烈な勢いで食べ進めていく。
小動物みたいに頬を膨らませながら、一心不乱にパンを咀嚼している。
……悔しいが、めちゃくちゃ可愛い。
そんな俺の視線にも気づかず、シーラはあっという間にパンを完食した。
「ミルトン!すごく美味しい!」
満面の笑みだ。
「パン屋さんになれるわ!」
「……いや、そういう話じゃないんだよな。」
まあ、嬉しい評価ではあるんだが。
「味はいいとして……ステータスに変化はある?」
「あっ!……えっと、HPはあんまり回復してないけど。」
「けど?」
「毎秒ちょっとずつHPが回復する『リジェネ』のバフが乗ってる!」
「よしっ!」
俺は小さく拳を握る。
「何、このパン!」
あの泥水でもバフが発生した。
だったら、ちゃんとした料理なら効果が出る。
これは予想通りだ。
とは言え、これで『料理人』を選んだ自分の選択が正しかったと証明されたわけだ。
「あれ?」
シーラが首を傾げる。
「でもミルトン、前のときに比べると、ちょっと効果が弱いような気がするわ。」
「……使用者の精神状態にもよるのかな。」
俺は考える。
「あのときは、君もPvPで負けて、かなり追い詰められてたし。」
「確かに、そうかも。」
俺は顎に手を当てた。
「そういえば、泥水のときも思ったんだけど……元のアイテムの効果そのものを押し上げてるわけじゃないんだな。」
「ええ。」
シーラが頷く。
「公式の詳しい計算式は伏せられてるんだけど……元の効果はそのままで、別のユニーク効果がランダムで乗るって話よ。」
「ユニーク効果?」
「例えば、単純に武器の攻撃力が上がることもあるけど、それは基礎攻撃力そのものが増えてるわけじゃないの。」
シーラが先輩プレイヤーらしく説明してくれる。
「『攻撃力+10』みたいな追加効果が、別枠で付与されるだけ。それが定説みたい。」
「なるほど。」
俺は頷いた。
「付与される効果はランダムか。ちょっと使いにくいけど……それはそれで面白いか。」
その後も、追加でパンを焼いた。
二人でワイワイと話しながら、検証を続ける。
そして、何度目かのパンを食べ終えたときだった。
「ねえ、ミルトン。」
シーラが、妙に真剣な顔で俺を見る。
「どうした?」
「これ、パン屋さんになれるわ。」
「それ、さっきやったくだりだな。」
「そうじゃなくて!」
シーラが身を乗り出してきた。
「最初のパンの暗示って、解除した?」
「いや?」
俺は首を振る。
「まだログアウトする時間じゃないし、何もしてないよ。」
「やっぱり!」
シーラの顔がぱっと明るくなった。
「効果が消えてるの!」
「……ん?」
「これ、パンが『消耗品』だからよ!」
シーラが興奮した様子で早口になる。
「しかも、『パン全部』に対して暗示がかかってるわけじゃないの。食べた『その一個のパン』に対して、暗示がかかってる!」
「…………!」
「だから、そのパンを食べ終わったら暗示も終わり。同じ暗示がもう一度発動することもない!」
俺は目を丸くした。
「ってことは……。」
「そう!」
シーラが身を乗り出す。
「これなら、いつ、どのプレイヤーが使っても、ミルトンの『現実への影響を残さない』っていうルールを破らないんじゃない!?」
「…………確かに!」
思わず大声が出た。
「ふふん。どう?私の考察。」
「……天才。」
得意げに胸を張るシーラを見て、俺は腹の底から笑った。




