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第1話:『引き寄せられた翼』

本作を見つけていただきありがとうございます。

かぶんす初めての王道ファンタジー


中学生の頃に考えたプロットを思い出しながら書いてみました。

どこか古臭く、どこか懐かしい感じに仕上がってると思います。


12話で完結 8/1より毎日2話投稿します。

硝煙と鉄の臭いが立ち込める戦場は、悲鳴すら乾ききっていた。


「おい、まだ息のある奴はいないか! 使える武具があったら剥ぎ取っておけ!」


怒号が飛び交うのは、血と泥に塗れた平原の中央だ。戦の勝敗など、この地に集う泥濘の傭兵たちにとってはどうでもいい。命を売り買いし、今日の糧食を得る。それが彼らの世界のすべてだった。


赤く染まった草むらの中、傭兵団の長であるガルドは、大きな大剣を肩に担ぎながらのしのしと歩いていた。髭面に刻まれた数々の傷痕が、幾多の死線をくぐり抜けてきた男の生き様を物語っている。


ガルドの足が、ふと止まった。


血みどろの死体の山、その隙間に小さく丸まる「何か」があった。煤で汚れ、擦り切れた布切れを纏った子どもだ。年齢は十にも満ちていないだろう。親と思われる死体にしがみつき、ピクリとも動かずに目を閉じている。


「……チッ、まだ子供が生き残っていやがったか」


背後にいた副団長のバレスが、嫌悪感を隠そうともせずに吐き捨てた。鋭い目つきをした細身の男だ。


「捨てておけ、ガルド。戦災孤児なんぞ拾ったところで、傭兵団の飯を食いつぶすだけの足手ま足を引っ張る。明日には野犬の餌になるのがオチだろう」


ガルドは答えなかった。ただ、大きな手で自分の腰袋を探ると、固くなった干し肉を小さくちぎり、少年の目の前に落とした。


少年は怯えたように身をすくめたが、悲鳴すら上げない。その瞳は完全に光を失っており、生きていることすら忘れたかのような虚無に満ちていた。


「名前は」


ガルドが低く問う。少年は唇を震わせたが、意味のある言葉は返ってこなかった。


ガルドは溜息をひとつ吐くと、少年の首ねっこを猫のように掴み上げ、無造作に自分の肩へと担ぎ上げた。


「おいガルド! 本気か!?」


「うるさいぞバレス。命拾いした強運だけは認めてやる。……飯の分くらいは、陣営の雑用で働いてもらうだけだ」


それが、少年——「その子」と傭兵団の出会いだった。


* * *


それからの日々、少年は影のように傭兵団の後にくっついて歩いた。

言葉を発することはほとんどなく、食事を与えられれば機械的に口へ運び、夜は冷たい地面に小さく丸まって眠った。団員たちの態度は冷淡だった。戦場で死にゆく者に情をかける余裕など誰も持っていない。


だが、ガルドだけは違った。

酒を飲んだ帰り際、寒さに震える少年の上に自分の分厚い革外套を無造作に放り投げたり、冷えたパンを削って「食え」と突き出したりした。器用な言葉は一つもない。しかし、その無骨な動作の裏には、荒くれ者には似つかわしくない不器用な温もりが宿っていた。


少年は、ガルドが放り投げた外套の匂いを嗅ぎながら、少しずつ、失われていた自分の呼吸を取り戻していくようだった。


運命の日が訪れたのは、傭兵団が隣国の国境近くの渓谷を移動している時だった。


「敵襲——ッ! 伏兵だぞ!!」


先頭を行く団員の悲鳴が、切り立った崖の間に響き渡った。

上空から降り注ぐのは、油を塗った矢の雨。猛烈な火の手が上がり、狭い渓谷は一瞬にして地獄絵図と化した。仕掛けてきたのは、正規軍からあぶれた残虐な山賊の群れだった。数で圧倒する敵が、崖の上から次々と駆け下りてくる。


「くそっ、陣形を整えろ! 押し返せ!」


ガルドが大剣を振るい、迫り来る敵を斬り伏せる。しかし、奇襲を受けた傭兵団の混乱は深まるばかりだった。悲鳴と怒号が交錯し、一人、また一人と仲間の首が飛ぶ。


少年は、激しい戦闘のさなか、荷車のかげでガルドから貰った外套を抱きしめて小さくなっていた。


「ハハハ! ここにガキが隠れてやがる!」


血に飢えた盗賊の男が、下品な笑いを浮かべながら荷車を蹴り飛ばした。手には、血の滴る長槍が握られている。


「おい、やめろ!」


遠くでガルドの声が響いた。ガルドは少年を助け出そうと敵を払いのけながらこちらへ走ろうとするが、三人の敵に阻まれ、身動きが取れない。ガルドの腕から血が吹き出す。


「ガルド……さん……」


初めて、少年の口からかすかな声が漏れた。

自分に温もりをくれた唯一の人が、自分のせいで死に直面している。少年の胸の奥底で、冷え切っていた何かが猛烈な熱を帯びて発火した。


恐れでもなく、怒りでもない。ただ「失いたくない」という切烈な感情。


少年の懐から、一枚の「板」が滑り落ちた。

それは、何年も前に亡き祖父からお守りとしてもらった、古い絵板——何ひとつ描かれていない、無地の薄いカードだった。


(死なせたくない……!)


少年の瞳が、漆黒から目も眩むような黄金色へと変色する。

カードが突如として青白い光を放ち、その表面に、この世界の古代文字とも異なる狂暴なまでの幾何学模様が浮かび上がった。


世界の「理」が破れる音がした。


「な、なんだ……!?」


少年を殺そうとしていた盗賊が、突如として足を止めた。渓谷の空気が激しく歪み、重力が狂ったかのように石ころが空中へ浮かび上がる。


空間に、縦に亀裂が入った。

その切れ目から溢れ出したのは、この世界の魔法とは根本的に異質で冷徹な「異星の気配」だった。無機質で重厚、それでいて圧倒的な圧迫感。


次の瞬間、カードから解き放たれた光が宙で結像する。


そこに現れたのは——「漆黒の羽を持ち、異形の武具を纏う人間」だった。


背中から生える四枚の羽は、鳥のそれではない。硬質な金属の質感を持ち、黒い光沢を放ちながら微振動している。纏っている甲冑は、この世界の職人が作れるような代物ではなかった。接合部のないなめらかな曲線、内部で不気味に明滅する青いライン。そして顔面を完全に覆う、幾何学的な仮面。


世界のどこにも存在しない概念。「地球」という遠い星の戦慄すべき技術と力が、少年の叫びに応えて顕現したのだ。


『——識別、完了。ターゲット排除フェーズへ移行』


羽を持つ人間が発した言葉は、誰も聞いたことがない機械的な言語だった。

その戦士が腕を掲げると、手に握られた異形の細身の剣が高周波の音を立てて振動する。


次の瞬間、目にも留まらぬ速度で羽を持つ戦士が動いた。

一瞬だった。少年を襲おうとしていた盗賊は、自分が斬られたことすら気づかぬまま、崩れ落ちた。


「ヒッ……あ、悪魔だ……! 悪魔が出たぞ!!」


崖の上にいた盗賊たちが、恐怖に顔を引きつらせて悲鳴を上げた。

黒い羽を持つ戦士は空へと舞い上がり、異形の武具から光の束を放つ。爆炎が渓谷を包み込み、あれほど傭兵団を追い詰めていた盗賊たちは、ものの数分で壊滅状態へと追い込まれた。


静寂が、訪れる。


惨劇の跡に立つのは、宙に浮く異形の漆黒戦士と、へたり込んだ小さな少年だけだった。


「……具現化……だと……?」


血煙の中で大剣を構えたまま、ガルドは呆然と呟いた。

副団長のバレスも、団員たちも、言葉を失って少年と空中の「怪物」を見つめている。


吟遊詩人の歌で聞いた昔話、世界を焦土に変え、すでに歴史の闇へと消え去ったはずの古代の術。 目の前の無力な少年が引き寄せたのは、ただの魔法ではない。星の境界を越えて喚び出された、戦慄すべき異界の力だった。


戦士はゆっくりと下降すると、少年の前に膝をつき、光の粒子となって無地のカードへと吸い込まれて消えた。カードは静かに少年の手に戻る。


少年は、ガルドを見た。

「ガルドさん……」


ガルドはゆっくりと歩み寄ると、震える手で少年の頭に大きな手を乗せた。


「……助かったぞ、小僧」


その声はかすかだが、確かに温かかった。

傭兵団の頭上に立ち込める暗雲を背景に、少年の呪われた、そして途方もなく壮大な運命の歯車が、静かに回り始めたのだった。

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