表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯台のひと夏  作者: 塔上月扉
PR
5/14

5 はかない記憶

 暑いけれど、コーヒーを沸かした。

 何種類かある燃料のうちの一つを使って、お湯を沸かす。

 不思議と暑い日でも、熱いコーヒーやお茶を飲みたくなることがある。

 固いパンはとっくに食べきってしまった。最近はクラッカーと乾麺が活躍中だ。普段からヨットに積み込んでいる保存用食料。

 床の上で足の裏を滑らせて、乾燥してざらついた床の感触を確かめる。そろそろ箒で掃いた方が良いかもしれない。

 灯台の中では裸足で歩いている。涼しいからだ。サンダルは灯台の入り口に置きっぱなしだ。外へ出る時にしか履かない。

 テーブルの上に熱いコーヒーが入ったカップを置く。クラッカー二枚も直接テーブルに置く。真っ白のノート。鉛筆と消しゴム。読んでいない本。どれも少しだけ埃をかぶっている。夏休みに放置された宿題のようだ。

 灯台へ来てから何もしていない。

 熱いコーヒーをひとくち飲み、クラッカーの箸を少しだけ囓って、またコーヒーを飲む。

 そのまま、ぼんやりと窓の外、と言っても海と空しか見えないが……に目を漂わせる。一度だけ鳥が遠くを横切っていくのが見えた。それ以外は何一つ景色が変わらないまま時間が過ぎてゆく。

 コーヒーがいつのまにかぬるくなっていた。じんわりと全身を覆っている汗。まるで周りの暑さに、コーヒーの熱さが溶け込んでしまったかのように感じる。

 これからわたしは、どうなっていくのだろう。

 目の前にはこんなにも美しい海と空の景色が、どこまでも広がっているというのに、この先の明るい未来を思い描くことができない。せめて楽しかった過去を思い出そうとしても、うまく思い出せない。あの時何か楽しいことがあったな、と友の笑みがぼんやりと一瞬浮かぶだけだ。

 未来も過去も遠い景色を見ているような、遠い日々を思い出そうとしているような……ぼやけていて……わからない。

 少なくとも楽しかった過去は確実に自分が体験したはずなのに、どこか夢の中のようにぼんやりとして他人事に感じる。

 思い出したい時に、楽しいことを鮮明に思い出すことができたら、自分を励ませられるのに。

 人の記憶とは、どれほど頼りなく、はかないものなのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ