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わたしと運勢の管理人(改)  作者: 椎名忍・四谷伊織
_白い少年
5/15

白5

 陽が傾く頃「そろそろ帰ろう」と、ミキが提案する。衣羽はもう高嶺に対する恐怖はすっかり消え去っていた。


「依頼料、渡さねえとな! 少し待ってろ」


高嶺は立ち上がったミキを引き止め、奥に居たスーツの男性へ目配せした。男性は軽く一礼し、茶封筒を持って彼の横へとついた。


「今日はいつもより多めに採っちゃたから少しでいいよ」


そんなミキの言葉に高嶺は目を丸くする。


「あぁ? 何言ってんだ? 何にも代えられねえ命救ってもらってんだ。俺の気持ちでもあるんだから、素直に受け取ってくれりゃあいいんだよ! 」

さらに、ふところから自身の物と思われる黒い財布を取り出すと数枚の札束を取り出して茶封筒へ追加した。

「それで、これは衣羽ちゃんに。」

「えっ!? 」

「引ったくられちまって何にも無いんだろう? 女の子は身だしなみも大事だ! 服でも揃えるといいさ! 」

ガハハと豪快に笑い、衣羽にウインクを飛ばす。

「そっ、そんなっ! 私、何にもしてないです…… 」

「いいのいいの!おじちゃんは 若いに見栄を張りだけなんだから! 」


少女は彼の優しさに涙が溢れそうだった。


「ありがとう。高嶺さん」

「あっ、ありがとうございますっ!! 」


そうして封筒を受け取り、ミキは出口へと足を向ける。衣羽は何度も何度も頭を下げながら少年の後ろを追った。



 扉を出た所で、見送りで着いてきてくれた高嶺。衣羽へ手を伸ばすと、大きな手をその頭へ乗せた。


「衣羽ちゃん、助手として、ミキ(あいつ)の世話をしてやってな! 」


そういえば最初にそう紹介されたんだと、思い出す。自分でも"助手"の意味をよくわかってはいないが、高嶺の温かい手と優しい笑顔に自然と頷いていた。


「本当に、ありがとうございます」


もう一度感謝を伝えると、手はクシャクシャと頭を撫でた。

 夕陽が差し込んだビルの中、ヒラヒラと手を振る高嶺を背に少年達は五階分の階段を降りるのだった。



 「高嶺さん…いい人ですね」


こんな時間だけあって、来たときと同じ筈の帰り道は少し雰囲気が違う様子だった。会社帰りのスーツ姿のおじさん、自転車の後ろに子供をのせた主婦。様々な音が行き交っていた。

衣羽の呟きはその音に溶け込んでしまい、目の前を歩く白い後ろ姿に聞こえていないかもしれない。


「うん。そうなんだ。運の無駄遣いしてる奴だから、最初はどんな奴かと思ったけどね」


どうやら聞こえていたらしい。帰路を見つめたまま話す彼の表情はわからない。


「運を持ちすぎてるのも、大変なんですね……」

「僕のオフィスも、あれは高嶺さん…って言うか楠木組が所有していた所を使わせてもらってるんだ」

 「へえ、そうだったんですねえ」

 「……信じてくれた? 」

 「えっ……? 」


振り向いたミキは赤い陽の中、微笑んでいる。


 「"管理人"の存在。信じたかな? 」


 その言葉で、衣羽は高嶺の所に来る前を思い返す。

自身の中身、特殊な体質、そして運勢の管理人。実際にその眼で見た事は揺るぎない現実で、最早疑う方が難しい。

そうして頷いた衣羽にミキは満足そうな顔を見せる。


 「それで、君の事なんだけどね」


前を向き直した彼の話は続く。指先から橙色の光を出して弄びながら。


 「本来なら、運を持てない空のからだには15歳で"特別な力"をカミサマから渡されるんだよ」

 「………えっ……?」


衣羽が驚くのも無理はない。彼女は現在17歳。だがもちろん何の力も持ってはいない。


 「あ……あのっ! そしたら…その話が本当なら…私も"特別な力"って言うのを渡されるって事ですか……?」


 そんな問いに彼は光を握り潰し、弾けた粒を目で追った。全て消えた所で口を開く。


 「君は特殊すぎるんだ…。空の器が余っているなんて話、聞いたこともないんだ…」

 「…………。」

 「さっきも話したけど、全く運が無い状態だと、そもそも命が長持ちしないからね」

 「で、でもピアスが護ってくれたんですよね…? 」


宝物が入っている筈の彼のポケットを後ろ手にチラリと見る。


 「ピアスが…というよりは壬影の力だな」

 「壬影さんは…ただの施設長で……」


 (……でも…"ただの施設長"が私を護る術って…普通使えないよなあ…… )


 言いかけた所で、彼女の中にモヤモヤしたものが沸き上がる。施設に居た頃の姿からも、そういった類いの事をしている様子は見たこともなかった。


 「本当に、壬影あいつは何考えてるのか知らないけど……」


 話す内にオフィスへ続くブロック塀の前まで辿り着いていた。出た時同様、ミキが手を添える事で裏路地が表れる。中は相変わらず暗いが、その分、赤に溶けそうだった少年の白さが際立つ。

衣羽もそこに足を踏み入れた時点で彼は言葉が続きを漏らした。



 「………壬影も、管理人なんだよ」



 路地の静けさは声を良く響かせた。


 「まさか……そんなわけ……」

 「だからこそ、謎なんだ。空の器である衣羽の存在を…そうだな…まるで隠す様に手元に置いていた事が…ね。」


 この春、衣羽の前から突然失踪した壬影。今日、見てきた物を今更疑う筈はないが、彼が"管理人"であると言うことはすぐに受け入れられなかった。


 「まあ、とりあえず、このピアス直しちゃおっか」

 「は、はあ……」


オフィスの扉を開いたミキが部屋へと招き入れる。

モヤモヤとした気持ちを抱えながら、衣羽はもう一度甘い香りに包まれた。




 「さて。」


 ソファに深く腰をかけたミキが話を切り出した。高嶺の所でしていた事と同じようにスケッチブックに何かを描き出している。


 「壬影あいつの物を直すのは癪に触るけど…」


と、二度目の同じ台詞を吐く。よっぽど嫌なようだ。

向かいに座った衣羽はテーブルに無造作に置かれたピアスを見る。何度見ても二つに割れているのは変わらない。


 「あの…私は何かすることありますか? 」


 宝物を直してもらうというのに見ているだけも申し訳なくなった衣羽。それに、じっとしているにも気持ちが落ち着かない為、少年に声を掛けてみたのだ。

彼女の声に反応して彼はスケッチブックの隙間から視線を覗かせた。すぐに目を伏せたもののカラフルなのれんの先を指差した。


 「コーヒー淹れてきて」


予想をしていなかった頼み事に彼女はすぐに反応できなかった。


 「ミルクと砂糖は多めね」


だが、少年はさらにテイストを告げ、黙々と作業を再開してしまった。


 (よ、よし、作ってこよう)



 のれんをくぐった先は窓からの光も弱く、薄暗かった。方角からしてこの時間にここにはあまり陽が差さないらしい。電気を点けると4畳ほどの広さに使用感の少ないL字型のキッチンが広がっていた。置いてあるものが少ない為、目的を果たすのに迷う事は無かった。

 ケトルで沸かす水はすぐにお湯になるが、一人となった今、物思いにけるには十分な時間だった。


(壬影さん……)


なかなか信じられる話ではないが、同じ"管理人"だと少年は言っていた。あの不思議な力を壬影も使えるのだろうか。それに、自分が"空っぽ"である事も彼だけはずっと知っていたのだろうか…。


(聞きたいこと…沢山だよ……今どこに居るの………? )


ため息を吐くと同時に、ケトルはお湯が沸けたサインを示す。


(ミルクと砂糖多め……ってどれくらいなんだろう? )


目分量でインスタントコーヒーをカップに入れ、お湯を注げばこうばしい香りが鼻を通る。


(よし、任務完了…っ)


 そして、温かい湯気を漂わせながらのれんを出ると少年は作業をすでに終えたようで、スケッチブックは手放していた。

テーブルに置かれた1枚の紙には高嶺の所で見たものと同じマークが描かれている。


「そこに置いといていいよ」


そう言われカップを紙の横に置く。近づけば紙の中央に2つの赤い欠片が転がっていた。


「髪の毛、1本だけ頂戴。そして、ピアス(ここ)の上に置いてくれる?」

「あっ、はい…っ」


向かい側に座るなり追加の指示が言い渡され、それに従うように自分の頭に手を添えた。

急いで抜いたせいか、髪を摘まんだ指をピアスの上で開けば数本の毛が落ちる。


「あっ……」

「こんなに要らないけど……まあ、いいや。始めるよ」


そう告げ、ミキが一息吐くことで室内に緊張が走る。衣羽は自然と心臓も鼓動が速くなるのを感じる。


 白い手を用紙の上に重ねると橙色の光が漏れ出す。部屋中に薄く渡っていた香煙が吸い込まれている事から、周囲の空気が光に集まってきているようだ。

橙色はゆっくり拡がり、用紙に描かれたマークに沿った所で、空気の流れが止まる。


ゆらゆらと光が水面の波紋のように波打ち始め、そこから綺麗に折り畳まれたもう一枚の紙が現れた。

少年はその手を握る仕草をすると、それは収縮し、雫となる。

それが音も無く2つの真紅へ落ちた瞬間、真上にあった手のひらがそれを覆った。彼の口角がニヤリと上がる。


 「哺時刻ほじどきよいの物修復せし。巳蛇みへびを以て命じる」


唱えに合わせ、光は集まる。細長い形をしたそれは蛇の様で高嶺に巻き付いたものと同じものであると認識できた。

しかし、あの時と違うのは大きさの違いだけでは無い。段々と濃くなる光はしらんでゆき、まさにヘビとなったのだ。


「………っ! 」


声にならない叫びを漏らせば、とぐろを巻き蛇独特の仕草である舌を出したそれがこちらを向く。ばっちりと眼が合ってしまった。



 「おい、ミキよ。なんだこの女は」


低いその声は少年のものでも、もちろん衣羽のものでもない。


「女ぁ、何者なにもんだ? 」


声の主である白蛇が彼女を睨む。


「ひい……っ!」


蛇というものは山奥にあった施設では良く見ていたが、慣れるものでもない。しかも、白い蛇は初めて見たが不気味だ。加えて言葉を発している。恐怖が身体を強張らせた。


「ちょっと、ツチ、とりあえず手伝ってくれる?」


少年が拗ねたように蛇に声を掛ける。その言葉に蛇が舌打ちすると、ミキへと振り返り、眼を逸らした衣羽は少しだけ安心した。


「なんだこれ。"ねずみ"の匂いがするぞ」

「後で説明するから。はやく」

「あー、はいはい」


会話をする様子に衣羽は呆然と見ているしか出来なかった。白蛇は紙に描かれた輪にそってとぐろを巻く。すると光はより一層強くなった。


「さ、衣羽。思いっきり一息かけて! 」

「えっ? …えっ!? 」

「早ようやらんかい、女ぁ! 」


そうして低い声にまで急かされ、彼女は反射的に体が動く。その場の空気を一気に吸い込み、唾をも飛ばす勢いで息を吹く。

まるでロウソクの様に光は揺れると、ゆっくりと消える。光だけではなく、紙や蛇までもそこには無くなっていた。


 「終わったよ衣羽。手を出して」


差し出した手のひらに落とされたのは綺麗な艶を取り戻した真紅のピアス。割れ目もなにもなく、プレゼントされた当初の姿を取り戻している。


「わあっ! あっ、ありがとうございます!! 」

「それを直す方法として、僕が出来そうだったのは幸運を込める事。さっきの高嶺さんのものが入っているから」


その言葉に高嶺の顔を思いだし、嬉しさで涙が出そうになりながら右耳へと身に付けた。


「ほんとに…ありがとうございます…! 」

「……で、報酬なんだけど」

「…………え゛っ!? 」


感動に浸る間もなく、一気に現実に引き戻されるような言葉。忘れていたのか、考えないようにしていたかは自分でも分からないが、現在、無一文である。


「あっ……え、えっと………お返ししたいのは山々なのですが………」


別な意味での涙を溢しそうになったところで、少年の顔には不穏な笑顔が浮いていることに気づく。


「今日からここで働いてくれる? 」

「…………は? 」

「だってさあ、衣羽ちゃん、これからどうするの? お金、盗まれちゃったんでしょ? 住む場所は? 運も何もないのにどうやって生きてくの? 」


捲し立てる様に迫る少年。しかし、その言葉に全て言い返せない。


「住み込みで、しかも職もあって、運が無くても大丈夫だよ? 」

「す……住み…込み……! 」


今の彼女にとってそれはそれはまさに理想的な条件だった。揺れる心に少年はさらに追い討ちをかける。


「それにさ、壬影を探しているんでしょ? 同じ"管理人"の僕といた方が近道だと思うけど」

「………!」


まだ、彼が管理人であることについては半信半疑ではあるが。

少年の言葉にはなぜか説得力があったのだった。


「……よろしくお願いいたします…。」

「うん、よろしく」


 少年はすっかり香り立つ湯気すらない、冷めたコーヒーを少年は口に運ぶ。


「………甘くない…」


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