白2
路地は陽が届かないだけあり、肌寒い。
さらには直前の生死の危機が染み出した身体は震え出し、真っ白な少年に冥土へ導かれているのではないかと想像したりもした。
しかし、連れて来られたのは甘い香煙に包まれたとある一室。
十畳程の室内に置かれたテーブルは窓からの光を反射していて、それが煙と混ざり合って幻想的な雰囲気を醸し出している。
「あ、あの……」
「まあとりあえず座りなよ」
少年はそう言うと目の前から立ち去り、部屋の一角に掛かるのれんの奥へと入ってしまう。
(そこにも部屋が繋がっていたんだ…)
などと思いつつ、テーブルを挟むように置かれた真っ黒なソファへとゆっくり腰をおろした。
ここの空気は心地良い。
下半身を包み込むような柔らかいソファは緊張を解いていく様で、いつの間にか身体の震えは治まり始めていた。
のれんの前には煙が立ち込めるカラフルな陶器が置かれている。この甘い香りはそこから出ているようだ。
隣には閉じた扉、そして壁面は棚が並べられその中に無造作に紙が押し込められている。
他にはテレビ、電話が置かれているがそれ以外は特にない。
余計な物が置かれていない…と、言いたいが整理されていない棚が景色を台無しにしている気がする。
「ここは、僕のオフィスだよ」
マグカップを2つ持った彼が姿を現す。
のれんの先はキッチンなのかもしれない。
「おふぃす……? 」
「うん。オフィス」
コーヒーの香りを漂わすカップを置いて少年は向かい側に座ると、ソファの黒と彼の白とのコントラストが衣羽の目に移る。
「僕は巳己。このオフィスの主だよ」
「は……?」
ミキと名乗るその姿は衣羽より年下、それかせいぜい同じくらいだろう。
どれにしても未成年にしか見えない彼がオフィスを持っているとは、何かの冗談にしか聞こえなかった。
そんな衣羽の驚きを無視して、ミキは話を続ける。
「で、あんたには聞きたいことが沢山あるんだけど」
薄赤の瞳が真っ直ぐ少女を捕らえた。
「は、はあ……」
「とりあえず、名前は?」
「た、宝 衣羽です」
「ふうん、めでたい名前だね」
「あは、よく…言われます」
それは渡り歩いた家で必ず言われてきた言葉である。
(初対面でも言われるなんて…。不幸さが顔に出ているのかな…)
そう思うとなんだか情けなくなってしまった衣羽。
しかし、やはり無関心な少年は表情を変えず、質問を続けた。
「簡単に真名をもらす当たり、やっぱり一般人なのかなん。衣羽、この辺の人間じゃないでしょ。どうしてこんな、何もない住宅地に来たの?」
「えっ? …えっと…この先の山奥に私が居た施設があって…そこが閉鎖になってしまったんです…それでとりあえず…降りて来てみたんですけど…」
「……手ぶらで?」
「あっ…それは…」
もちろん、手ぶらな筈がない。
施設には少しばかり自分の私物はあり、それをトランクに詰め一緒に下山してきた。
……しかし、そこは自慢の不幸体質。
ものの見事に引ったくりに盗られた。それはそれは鮮やかで一瞬の内に。
そうして途方に暮れていた訳で、そんな物じゃ足りないと言わんばかりにトラックが登場したのだ。
思い返すだけでもなかなかの悲劇だと思う。
「ま、当然だろうね」
そんな悲劇に感想は素っ気無いものだった。
「当然・・・?」
「うん。君には、全く"運"がないからね」
「なっ……」
はっきりと断言された言葉はじわじわと怒りの温度を上げる。
まるで今まで経験したことを一言でまとめられた気がした。
彼女が沸点に達するのはあっという間だった。
「あ、あなたに何がわかるの!? 今までだって…っ どんなに辛かったか…」
半分はもう八つ当たりだった。ずっと我慢してきた涙も零れ出し、泣きじゃくる衣羽に、少年は小さく、独り言の様に呟いた。
「…わかるよ」
適当な慰めなど要らない、との想いを含めて衣羽は顔を上げ睨む。
微笑んだミキの瞳は深かった。そして、言う。
「僕は、"運勢の管理人"だからね」
聞いたことの無い名称に冷静ではない衣羽には何かの冗談を言われた様に思えた。
「なに…それ…… 馬鹿にしないでよ… 」
「僕の仕事は、管理人なんだ。運勢の均衡を保つ存在。幸運を持ちすぎてる人や不運すぎる人の差を少しでも平等にするんだよ」
「はあ……? 」
それは本当に信じられる話ではなかった。
もしも居るのならば私はこんなに不幸になっていないじゃない…と、思った。
「まあ、最初は誰でも信じる話じゃないけどね。実際に見た方が早いかな。今から対象者の所なんだ。連れてってあげる」
「えっ ……は? 」
「それに、これ 」
ミキが衣羽の目の前に出したのは、割れた彼女のピアス。
「あっ……」
「直してあげる」
彼女の思考は大渋滞だった。何もかも理解するまえに前に進んでしまう。
「さ、行こうか」
冷めたコーヒーを飲んだ少年は颯爽と立ち上がり、足早に部屋を出てしまった。
着いてくべきか迷いもしたが、こうして一人ここに残るわけにもいかないだろう。
「なにしてるの? 早く来なよ」
追い打ちをかけるように急かす声が飛ぶ。考える余儀など無いようで、衣羽の選択肢は一択だけだった。
玄関を開けて待つその白い姿は天使か悪魔か、はたまたその管理人とやらなのか。
今置かれている状況が現実なのか虚構なのか。
疑問しかないまま、少女は流されるままにその対象者とやらの所へ向かうのだった。




