白1
「うそ……でしょ……?」
春の陽射しの下。少女の目線の先には轟音を立てた大きなトラックがいた。明らかに一方通行で、大型車両進入禁止であろうこの住宅路。道幅ギリギリのそれは彼女へと迫っている。
あんなものに当たれば「痛い」では済まないだろう。
しかも左右に逃げ場すら無い訳でぶつかった後は下敷きにされてしまうかもしれない。
(それじゃあ原型を留めてられないじゃない…)
などと、こんな状況下でそんな思考をしている。
「まあ…誰だかわからなくなったとしても…悲しむ人はもう居ないもんなあ…」
呟いた少女が見上げた空は人生の最期には不釣り合いな程に真っ青なだった。
青が映るその瞳の奥では走馬灯が廻った。
少女、宝 衣羽はこれまで"運"と言う物を持っていた事が無い。
記憶すら曖昧な程幼い頃に両親は事故死。
親戚の世話になるがそこが間もなくして破産。彼女1人を置いて夜逃げしてしまった。
その後も様々な所に引き取られたが、その先々で不幸が訪れる為に、気づいたら貧乏神と呼ばれるようになっていた。
そうなればだんだんと誰もその身を置いてくれる所は無くなってしまった。
そんな時、唯一手を差し伸べてくれたのは「壬影さん」だった。
今思えば、それが唯一の幸運だったのかもしれない。
彼はとある山奥の養護施設の父長だった。今にもつぶれそうな、小さな所。
それでもようやく掴んだ人並みの生活。
だが、無情にも貧乏神は例外なく発揮されてしまった。
17歳になったこの春、父として慕っていた壬影さんは姿を消した。
衣羽より下の子供達はすでに養子等に出ていたし、兄のような存在だった人はあまり帰ってくる人でもなかったので、彼女は独りぼっち。
施設は実質閉鎖となってしまったのだ。
そうして少ない荷物をまとめ、山を降りて途方に暮れてながら迷い込んだこの住宅路で現在に至るわけだ。
恐怖なのか諦めなのか。足は動かず逃げることが出来ない。
「壬影さん《お父さん》……」
右耳につけた彼にもらった赤いピアスに触れる。
名前を呼んだところで助けに来てくれる訳ではないが…。
衣羽は自然と目を瞑った。まるで"死"を受け入れるかの様に。
――…「あんた、何者? 」
重いエンジン音の中で、突如聞こえた声。
「……へ? 」
返答として漏れたのは情けない声だった。
「あんた、何者なの? 」
再度問われる同じ質問。
声の主を探して周囲を見渡せば、それはすぐ左。
ブロック塀の切れ目に少年が立っていた。
そこに横道があったかどうかはどうでもよかった。
「て…天使…?」
そう思える程、真っ白な少年に意識は惹きつけられる。
髪も肌も白く、塀に光を阻まれて暗いその場所では浮き立って見えるのだった。
「……とりあえず、来なよ」
差し出されたのは彼の白い手。
そして、衣羽は強く引っ張られた。無意識にその手を掴んでいたのだった。
少年と同じその場へ足を踏み入れた途端、トラックは背中越しを横切った。
無事、助かった命。
"生きている" そう実感した瞬間。
衣羽の全身の力は抜け地面へと座り込んでう。握った少年の手から伝わるほのかな熱が、命をじわじわと伝えた。
「こ、怖かった……」
力なく漏れた本音。受け入れたと思った"死"は例え様の無い恐怖で包まれていたのだ。
脱力し、首を落とした瞬間、地面に赤い物が転がる。
「あっ…ピアス…」
二つに割れたそれは彼女が大切にしていたもの。
手を伸ばそうと思った矢先、拾い上げたのは白い手だった。
「まあ、早く立ちなよ」
もう一度引かれた腕に顔を上げれば、白い肌の中性的な顔が見下ろしている。
「えっと、あの、ありがとう…ございます…」
力を借りて立ち上がれば、目線が近づく。
衣羽の身長は大きいほうでは無いが、目線が合う辺り少年も小柄である。
近くで見れば、白髪から覗くその瞳は薄い赤をしていてまるで現実離れしていた。
(ま、まさか、ゆ、夢じゃないよね…?)
そんな思考を知ってか知らずか、彼はため息をついて手を離す。
そして背を向けると暗いその道を奥へと歩き出した。
「あんたにはいろいろ聞きたい事がある。着いて来て」
理由を問う間も無く、ピアスも持ったまま、彼は先に進んでしまう。
衣羽は、まだまともに思考が働かない中で言われるがまま後ろを追った。
この出会いが彼女の人生の転機である。