9.て、てめえ……!
夏祭りは、学校の傍の神社で行われていた。
行ってみると盛大で、神社の境内のみならず、その周囲でも屋台が出ている。
まずは腹ごしらえ!とばかりに、わたしたちは食べ物系の屋台に突撃する。
「たこ焼き!たこ焼き!」
「あ、おれ、あっちのから揚げ食いたい」
「その隣のホルモン焼きそばも美味しそうー」
「よし、中原、お前たこ焼きに並んで来い。おれはから揚げとホルモン焼きそば買ってくる。買ったらここで合流な」
「了解しましたー!!」
そんな風に分かれて買い出しをした後、御堂の階段に座り込む。
「このから揚げ美味しい!屋台のなのに、凄い」
「あれ、イカ焼きも買ったの?また豪快にかぶりつかなきゃならんもんを」
「だって、たこ焼きの隣で素敵な姿焼きがあったんですよ?買うでしょ、普通」
「いや、女子は買わんだろ」
「女子だって食べますよ!そんな偏見に満ちた発言するなら、一人で食べきりますよ?」
「いや、待て、食う。それめっちゃ美味そうだから、おれにも食わせろ」
「仕方ないなあ。にしてもまさか、ここへ来てピザ出て来るとは思いませんでした」
「それさ、この近くのイタリアンが出店してたんだよ。美味いだろ?」
「うお、お祭りの屋台とは思えないクオリティですね。美味しー!!」
「だろ?つかさ、ピザに驚いてるけど、おれはお前がケバブ買ってきた方が驚きなんだけど。タンドリーチキンのセットって、どこまで肉食なんだ、お前」
「純粋な好奇心です!でも、これもクオリティ高くないですか!」
「うん、ちょっとおののくくらいに美味かったわ。あ、このたこ焼きも美味い」
「結構豪快なタコが入ってましたからね。わたしも1つ食べようっと」
「熱いから気をつけろよ」
お互いが買った物を分け合って食べる。たくさんあっても先輩が綺麗に片付けてくれるおかげで残す心配もないし、いろんなものを食べてみたいわたしにはすごく嬉しい。
いつも夜店で買うよりも豊富な種類を食べられて、わたしは満足の溜息をつく。
「結構食べましたねえ」
「まだ食えるけど」
マジか!いつも思うけど、男子の胃袋ってどうなってるんだ。ブラックホールにでもつながってるのかしらん。
「まだ食べるんですか?」
「お前が言ってた、かき氷とベビーカステラ食べてないぞ?」
「食べたいけど、一つ丸々食べれる自身がありません……」
「じゃあ、金魚すくいとか、そういうの回ってから考える?」
「そうします!」
そして、最初に見つけたのは射的の屋台。
それを前にして、やることと言えば、勿論。
「勝負しましょうか、先輩」
「おお、いいぞ。何賭ける?」
えっと、賭けるの必須なんですか。いや、別にいいけど。
「ここはベタに負けた方が勝った方のお願いを一個聞く、でどうです?」
「よし、乗った」
そして、やってみた勝負の行方は、わたしの惨敗だった。
「悔しいー!!!一個も勝てなかった!」
「はっはっはっはっは。おれに勝とうなんて百年早いわ」
「一言も言い返せないから、余計に悔しい……」
ひとしきり悔しがってみたけれど、負けたものは仕方がない。潔く、先輩のお願いを聞くことにしよう。
「で、先輩、お願い事はなんにしますか?」
そうわたしが訊くと、先輩はしばし考えたのち。
「夏休み中、何か予定あるか?中原」
そんなことを逆に訊いてきた。
「えっと、8月の何日だったかな……吹奏楽部の友人のコンクールを聞きに行く約束と、あとお盆の前に、友人がうちに泊まりくる約束はしてます。それ以外なら、生徒会の当番に行くほかは予定はないですね。家族で旅行とかもしませんし」
「そっか。じゃあ、一日、どっかでおれとデートして」
「はい?!」
今、何て言った?!
「負けたら、お願い一つ聞いてくれるんでしょ?と言うわけで、おれとデート、決定な。日にちはまた後で決めるとして」
さくさくっと、そんなことが決定されていく。え、ちょ、ちょっと待って!デートって何?!
「まあ、これもデートみたいなもんだけどな」
くすりと笑って言われて、気付く。
同じ学校の制服着て、屋台のものを分けっこして食べて、仲良く並んでゲームする。
カップルじゃん!どう考えても、これ、カップルの行動じゃん!!
うわあ、何やってんの、わたし!
思わず頭を抱えてしゃがみこみたくなった。多分、今、わたしの顔は真っ赤だろう。ヤバい、気まずい!
「喉乾いたんで、さっきの自販機でジュース買ってきます!!」
どう考えても不利な形勢を立て直すため、明らかに言い訳とバレバレの台詞を残して、わたしはそのまま逃亡した。
とりあえず、宣言通りジュースを買って、顔を冷やす。
全く、何なんだ、今日のあの先輩の言動は。妙に空気が甘い割に、目つきだけは捕食者の色が乗っている気がする。
……………………もしかして、先輩はわたしに気がある?
いやいや、まさかな。前に会った先輩の元カノさんは、清楚系の可愛い人だった。どう考えても、わたしとはタイプが違う。それに、今のわたしは「圏外女子」のはずだ。あの結城先輩がそんなのに手を出してくるとは到底思えない。うんうん、ナイナイ。
自分の自意識が過剰になっていることを笑うと、ちょっと落ち着いた。よしよし、平常心に戻ったなら、先輩のところへ戻っても大丈夫だろう。
そう思ったの、だが。
「おい、いい加減にしろよ!」
近くから、そんな怒声が聞こえてきた。何だろう、と思って見てみれば、そこには一人の男子に凄まれている結城先輩。そして、その間に前に出会った元カノさん。
うん、これは、あれだな。
ザ・修羅場、と言う奴だ。
モテる男は大変だなあ、とわたしは傍観の態勢に入る。助けないのかって?ヤダなあ、そんな義理がどこに?
「何で、いつもいつもお前がいるんだよ、いい加減にしろよ!」
「いい加減にしろと言われても、なあ。別にお前らをつけ回してるわけじゃないし」
「嘘つけよ!何で、こんな所で一人でいるんだよ!ほのかをつけてたんだろ」
「やるかよ、そんなこと。そこまで暇じゃねえよ」
吐き捨てるようにそう言った先輩は、そのまま冷たい顔を元カノさんに向けた。
「いい加減にしてほしいのは、こっちの台詞だよ、三木。お前、こいつに一体何を吹き込んでんの?こいつがおれに嫉妬して、一体何の得があんの?」
「て、てめえ……!!」
「おれは、三木の当て馬に使われてやる気はさらさらない。そう言うことがやりたいんなら、他を当たれよ」
恐ろしく冷たい先輩の声に、目前の男子が真っ赤になって、先輩の胸ぐらをつかむ。だが、先輩は何処までも冷静だった。
「殴んの?ここで暴力沙汰起こしたら、部活停止だぜ?おれ、一応生徒会長なんだけど」
「は、遥斗くんっ……!」
おおう、そこで彼氏じゃなく、先輩の名前読んじゃいますか。思わずそう突っ込んだわたしの声が聞こえていたかのように、先輩の声が飛んだのはその時だった。
「んで、中原!!」
「えええ、はいっ!」
反射的に背筋を伸ばして返事をした私に、先輩が言う。
「そこで関係ないふりしてないで、ちゃんとこっちに来い!」
ご指名が、かかってしまった。
「…………あの、結城先輩は一人でここにいるわけじゃない、という証明にはなれるんですが、わたし」
とりあえず、話はここからだな。現れたわたしに、元カノさんとその今カレさんは絶句している。そうだよなー。あんなに熱くなってたのに、誤解って知ったら気まずいわなー。
「は、遥斗くん、この子……」
「生徒会の後輩。彼女と一緒にお祭りに来てるんだけど、なんか文句ある?」
「こんな子と?!」
思わず、といった感じで飛び出したその台詞は、どう考えても失礼だった。あらまあ、綺麗に収めるつもり、ないのかしら。そっちがその気なら、当然受けて立ちますけど?
「三木。お前が何をどう思おうが勝手だが、その台詞は中原に失礼だろ。謝れ」
わたしが、何か言うまでもなかった。ていうか、怖い!先輩が珍しくマジ切れしてる!
「ああ、いや、良いですよ?言いたい気持ちは解るんで」
思わず、そんなフォローをしてしまった。そしたら、何故か結城先輩に睨まれた。
「良いわけあるか!」
「いやあ、こんなイケメンと圏外女子が並んでたら、そう言いたくもなるってもんです。あ、別に自分を卑下してるとかそういうつもりもないですよ?客観的事実ってやつです」
だからね、そこで怒ってくれなくって良いんですってば。かばってもらえるのは、ちょっと嬉しかったですけど。
そう思ってにこやかに対応したのに、だ。
この先輩は見事な爆弾を落としてくれやがった。
「自分が口説き落とそうと思ってる子をけなされて、怒るのはおかしなことか?」
いっそ淡々とそう告げられて、わたしは見事にフリーズした。え、今の、何、どういうこと?!
固まるわたしに、ふ、とかすめるような笑みを見せた後、先輩はくるりと二人の方に振り返った。そして、言い放った言葉が。
「というわけだから、お前が言ってきてるのは、完璧な言いがかり。おかげで、せっかくのいい雰囲気も台無しにされたおれが本気でキレないうちに、帰ってくれる?」
見事に綺麗な、笑顔のオプション付きだった。
その笑顔の迫力たるや、悪魔も真っ青の恐ろしさで。
二人はそのまま、逃げるように去って行った。
正直なところ、わたしも一緒に逃げたかった。いや実際、踵を返して逃げかけた。
なのに、ぱしりと手首を掴まれて。
振り返れば、麗しい笑顔の結城先輩。
「ここで帰って、何かいいことあるかい?中原」
いや、多分、何も良いことないんで、大人しくしときます――。




