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彼女と彼の攻防戦  作者: 氷月
SIDE:N
8/20

8.やめた方が良いと思うけど……

 夏休み、一週目。

 人は少ないが、それでもざわめきは結構多い。まあ、休みに入りたてだから活動してるクラブも多いし、当然かな。運動部の中には夏の大会がこれから、ってところもあるみたいだし。

 そんな中、わたしは結城先輩と当番である。


 「何か今日、人の出入り多くないですか?」


わたしがそう口火を切ったのは、残り時間もあと一時間程度という頃合いだった。普段は役員しか出入りしない生徒会室が、何故か千客万来だったからだ。


「うーん、まあ、役員少ないと気軽に入って来れるからじゃない?」

応える結城先輩も苦笑気味だ。何しろ、どうでもいい用事がすっごく多かった。特に女子の。まあ、理由なんて分かりすぎるほど分かってるけど。


 だらだらと書類整理を続けながらそんなことを喋ってると、またがらりと扉が開いた。


「おつかれさまあー!」


そう言いつつ入ってきたのは…………見覚えのあるお姉さまたちだった。うん、あからさまに先輩のテンションが下がったな。面倒だから、帰ってくんないかな。


「おつかれ。どうしたの?」

おざなりな声だけど、先輩も若干驚いてはいる。まあ、そりゃそうだよね。学校の生徒会室に浴衣の女子が入ってきたら、驚くよね。わたしも驚いたよ。


「今日ね、このあたり、夏祭りなの!3人でいこってゆってたんだけど、結城くんもいっしょにどーかなって」

相変わらず、ブレない肉食系だなあ。そっか、夏祭りか。そういうイベントをきちんと押さえていく所がまた、女子だよねえ。


「そうなんだ。でも、おれらまだあと一時間くらい学校にいるし」

応じる先輩の笑顔が張り付いている。わーい、素敵笑顔だわあ。……え?台詞が棒読みすぎるって?気のせい、気のせい。


「えー、一時間くらいならまてるよーお?」

「そーそー、いっしょにいこ?」

うん……浴衣、可愛いんだけどな。頭軽そうな喋り方、プラス胸元はだけすぎたり、盛りすぎの髪型だったりがいろいろ残念だな。


「悪いけど、先約あるから」


にっこりと言い切った先輩の笑顔は、中々の迫力だった。反論なんて許さねえって気迫が見える。おお、怖っ。


 そっかー、残念。またこんど遊ぼうねー。などの言葉を残して、お姉さまたちは退散した。あの迫力は、さすがの彼女たちにも空気を読ませる威力があったらしい。すげえな。


 お姉さまたちの気配が消えると、先輩は大仰にため息をついた。


「…………………………お疲れ様です」

語尾は若干震えたのは、許してほしい。だってこの先輩をここまで追い詰めるって、中々できることじゃないもん。


「楽しそうだな、中原」

そんなわたしを、不機嫌そうにねめつける。これまた、中々の迫力だ。


 でもさあ。


 八つ当たりだよねえ、それ。


 そちらがそのつもりなら、わたしだって、たまには覚悟を決めますよ?


「そんなこと、ないですよ?」

にっこり笑ってそう言ってのけた。笑顔に、わずかな挑発を載せて。


 だって、苛ついたのが自分だけだと思わないでほしい。

 どんだけ茶化して見せたって、あの空気を読まない態度とか、頭の軽そうな物言いとかに、わたしだってイラッときてるんだから。特に、今日みたいに、女子たちの余計な牽制で仕事の手を止めさせられまくった一日の最後だと、余計に。


 そんな、わたしの好戦的な気配を、先輩も感じ取ったらしい。しばらくまじまじとわたしの顔を見つめていると、ふいと視線を逸らされた。


 あれ、何か思ってたのと反応が違う。


 しかも。


 「悪かったよ」

ぼそりと、そんな台詞までついてきた。えええええええ?!


「えっと、それ、何に対する謝罪ですか?」

驚きのあまり口をついて出た言葉に、先輩はぱちくりと目を瞬かせた。そして、ふわりと苦笑する。


「さっきの態度に対する、かな。ちょっと苛ついたから、平然としてる中原に八つ当たりしかけた。悪かったよ」


 それは、わたしが知っている結城先輩の中の、いちばん優しくて大人な部分だった。

 この人は、こういう所で不意に大人になるから、本当にたちが悪い。


「別に、いいです」


対するわたしは、そこまで大人になれない。振り切るつもりだった拳を振りきれなくて、そんな拗ねたような言葉しか出てこない。なのに、先輩はと言えば。


「それに、今日一日気分悪かっただろ。おれと一緒の当番だったせいで、そっちも悪かったな」

さらに、そんな言葉を寄越してくる。だから!何でこのタイミングで、そんなわたしを甘やかすようなこと言うんだ!


「別にいいですってば。だいたい、先輩のせいじゃないでしょう?!」

思わず、叩き付けるようにそう言い放つ。


「でも、要因はおれだしなあ」

「悪いのは、仕事を邪魔しに来た側であって先輩じゃありません!」

「でも中原、怒ってるだろ?」

「だーかーら!怒ってるのは先輩に対してじゃないんですってば!」

「いやあ、おれにも怒ってるでしょ?」

「怒ってません!これはただの八つ当たりですっ!!」

言ってから、はたと気づいた。


 いやいや、本人に八つ当たりって言ってどうするよ!!しかも、さっきの先輩の発言みたいに、大人でも格好良くもないし!


 そんなわたしの顔を驚いたように眺めた数瞬あと。


 先輩は、見事なまでに笑い飛ばして下さった。


 「あっはははははは!!そこで、キレ気味に八つ当たりだって認めちゃうところが、中原の良いとこだよなあ!」

うん、それ、全く褒めてませんよね?先輩が大人の態度だっただけに、凄く悔しい。


 むう、とむくれたくなったわたしの頭を、先輩はぽんぽん、と軽く叩く。

「まあ、お互い八つ当たり未遂同士ってことで、ここは痛み分けな?」

「先輩の、そういう態度、ムカつきます」

思わずこぼれ出た本音に、先輩は驚いたように目を見開いた。


「え、嘘?どういうとこが?!」

「そういう、大人な態度がですよ!自分の子供っぽさが目について、ホントに腹立たしいです」

「中原……それこそ、八つ当たりって言うんじゃ……」

そうです、八つ当たりです。だって、先輩にはどうあっても勝てないんだって思い知らされるようで、悔しいじゃないですか。


 そんな言葉が口をついて出そうだったけど、我慢した。それこそ、自分の子供の部分に直面するだけだから。


 だから、わたしはそのまま書類整理の仕事に戻った。別に先輩との仲が気まずくなったって、どうせこの後は夏休みだ。構うもんか。


 そう、思ったのに。


 なぜか、先輩が横で笑う気配がした。

 反射的にそっちを向きそうになったけど、我慢する。ここで先輩の顔を見たら、きっと負けだ。何の勝ち負けか分からないけど。


 「中原は、負けず嫌いだよなあ」


独り言のような、そんな笑い交じりの声まで聞こえてくる。悔しい。その声が、どこか甘い響きを帯びている気がするのが、さらに悔しい。


 だから、無視して仕事に没頭する。今日中にこの書類整理を終わらせるんだ。残り時間、無駄口叩かずやったら終わるはずだから、余計なことは言わないし、聞かない。わたしは仕事に集中するんだ!!

 幸い、先輩もそれ以上何も言ってこなかったので、わたしたちは黙々と仕事をこなした。


 「終わったー!」


心地よい達成感に、わたしが万歳をすると、先輩がくすりと笑った。今度は、その笑顔を真っ向から見れる。


「お疲れ。ちょうど時間だな」

「時間内に終わらせたわたし、偉い!」

「おお、偉い偉い。じゃあ、ぼちぼち閉めるか」


そう言って立ち上がった先輩に続いて、わたしも生徒会室を出る。そのまま、一緒に下校の流れになるのは、別に今日に限った話ではない。


 だが、今日は少し勝手が違った。

 「中原、今日、これからって何か予定あるか?」

珍しく先輩がそんなことを訊いてきた。


「いいえ?普通に帰るだけですけど」

「早く帰んなきゃいけないとか、ある?」

「まったく。門限もほぼないに等しいですから」

「そうなんだ……じゃあさ、これから夏祭り、行かない?」

何でもないことのように持ち出されたその提案に、わたしは言葉もなく固まった。


 えっと……今、夏祭りに行かないかって、誘われたよね?


 わたしが。


 結城先輩と。


 その結果、いちばんあり得そうな未来が思い浮かんで、ぽろりと呟く。


 「止めた方が良いと思うけど……」


思わずそう漏れたわたしの発言に、先輩の機嫌が一気に急降下した。

「何で?」

「え、だって先輩、先約あるって言ってましたよね?」

さっき、あのギャルのおねー様たちに言ってたじゃん!それなのに、あの人たちもいるはずの夏祭りに行く?何で、そんな地雷原に突っ込んで行くようなことを!


「ああ、あれね。だって、おれは最初から中原を誘おうと思ってたんだから、こっちが先約でしょ」


…………あれ、先輩が意味わかんないことを言い出したぞ。


「それ、先約って言わないですよね?」

「言わない?おれの中では先約なんだけど」

「だって、わたしと約束してないじゃないですか!」

「まあ、中原の都合が悪ければ、先約がお流れになったってことになるな」

「意味が分かりません!」


会話しようよ、先輩。言葉のキャッチボールができてないよ!そう思っての言葉だったのに、先輩はうっすらと笑って首をかしげた。


「意味、分かんない?まあ、分かるように言っても良いけど?」


普段より、低められた声で、そう囁く。そしてなぜか、いつもより距離が近い。さらにその詰められた距離のまま、顔を覗き込まれて。


 間近で見た瞳に、わたしはぴきりと凍りつく。


 捕食動物の目だ、これ。完璧、詰んでるわ、わたし。


 まさに、蛇に睨まれたカエルのようなわたしに、先輩はにっこりと笑う。

「予定がないんなら、いいだろ?」

その言葉に、わたしは反射的にこくりと頷いた。


 そして、その自分の動作で我に返った。


 え、ちょっと待って。今、わたし頷いた?!


 目の前には、上機嫌の結城先輩。

「おれ、お祭りなんて行くの久々なんだよねー」

にこにこと笑う姿と、さっきの捕食動物のような目が一致しない。あれ、わたしの錯覚だった?


「中原?」

思わずまじまじと見つめるわたしを、先輩が不思議そうに見返す。うん、いつもの結城先輩だ。


「あ、何でもありません。わたしも、お祭りって久しぶりです」

「そっか。夜祭りってなんかこう、テンション上がるよな」

「あー、射的とかやりたいですね!あと金魚すくいとか」

「食べ物につられないんだな、中原」

「焼きそばとたこ焼きとかき氷とベビーカステラは買いますよ?」

「決定事項なのかよ!」

そんな会話はいつも通り。そのことに安心すると、なんだかすごく楽しくなってきた。


 さっきまでの不穏な空気も忘れて、わたしはるんるんと先輩の隣に並ぶ。

 そうして、わたしたちは学校を後にしたのだった。

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