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彼女と彼の攻防戦  作者: 氷月
SIDE:N
7/20

7.もしかして、おれ一番?

 「もしかして、おれ、1番?」

自分の引いたクジを見た後、結城先輩は隣の井出先輩のクジをのぞき込み、首をかしげながら呟いた。


 ちなみに、先輩がひらひら振っているくじにあるのは、“い”の文字。

 釈然としない様子の先輩に、心から同意したい。


 普通、順番を決めるクジって、数字が書いてありますよね。そこへ平仮名が書かれてるのも吃驚だけど、その順番が、「いろは」って。五十音順ですらないって、どういうことだ、副会長。


 場所は、いつもと変わって、社会科教室。

 2年の修学旅行実行委員が、どうしてもネット環境のあるパソコンが使いたいと言ってきたので、生徒会室を明け渡した結果だ。


 現在、わたしたちは、来るべき文化祭に向かって、準備の真っ最中。ていうか、まだ7月なのに、10月の文化祭へのやることが目白押しって、ちょっとあり得ない。


「あ、うんうん。結城くんが1番だね。えっと、ペアは誰だ?“ろ”引いた人?」

わたしの引いたクジを見ると、「ろ」と書いてある。見た瞬間、“?”が頭の周りを飛び交ったが、「いろは」順なら納得である。


「それ、わたしです」

「んじゃあ、1番は結城・中原ペアっと。おお、カリスマ生徒会長と有能秘書コンビだね!」

有能秘書って、誰のことだ。突っ込みたかったが、そんな隙も与えずに副会長は次へと話を進めていく。


 今決めているのは、夏休みの生徒会の駐在ペアとそのローテーションだ。

 文化祭は10月だが、すでに夏休みからその準備期間に入っている。別にクラス単位で出てくる奴らを監視する必要はないんだが(ていうか、それって教師の仕事のはずだ)色々、生徒会に任されている仕事もある。だから、週2日は誰かが登校する、というのは生徒会の伝統らしい。ついでに、そのシフトがくじ引きなのも、伝統なんだとか。まあ、うちは長期休みだから家族旅行、なんてこともしないから、別にいつ当たっても構わないけど。


 それにしても、結城先輩とペアか……。

 こういったくじ引き系で結城先輩とペアになることが結構多い。なんだかんだと縁があるんだろうか。仕事上では大変頼りがいのある先輩なんだけど、今回みたいな場合は、面倒臭い案件が出てきそうだよなあ。

 そんなことを思っていたら、どうやらそれが顔に出ていたらしい。


「なんだよ、中原。不満そうだな?」

じろりと先輩に睨まれた。


「ええ?不満なんて、とんでもない。光栄ですよー?カリスマ生徒会長様?」

「お前、おれを馬鹿にしてるだろ」

「そんな恐ろしいことを考えるほど、身の程知らずじゃありませんよ」

真剣に言ったのだが、先輩の目は胡乱げだ。嘘つけ、とでも思ってるんだろうけど、まったくもって誤解である。


「はいはい、仲良しなのは良いけど、二人とも、会議に戻ってきなさいね?」

大変、異論のある台詞である。だが、にっこり笑っている副会長様に言い返すことなど自殺行為だ。この方は、大人しやかな外見からは考えられないが、真性のSの国にお住まいの方なのである。触らぬ神に祟りなしだ。


「じゃあ、そのペアで、1週目から登校当番をお願いします。時間は10時から4時まで。食堂はやってないから、お昼は持ってきておいた方がいいわよ。あと、夏休み中にわたしたちがやっておかないといけないことは――」


 会議は、続く。

 

 細々としたことを決めれば、あとは三々五々解散となった。

 本来ならこれで帰れるはずが、ジャンケンに負けて生徒会室の戸締まり係になってしまったわたしは、帰っていく先輩方を眺めながらしょんぼりする。そんなわたしを哀れんでくれたのか、結城先輩と滝川先輩が雑談するフリをして一緒に残ってくれた。


 「そういや、結城、新しい彼女作んないの?三木さんと別れてから、それなりに経ってるだろ?」

突然、滝川先輩がそんな爆弾を投下してくれた。え、このメンツでまさかの恋バナ?ていうか、その別れた彼女って前に食堂で会ったあの人ですよね?


「えっと、ゴールデンウィーク前だから、もう3ヶ月くらいになんのか。そう思ったら結構前だな」

しかし、身構えたのは、何故かわたしだけで、結城先輩は至極あっさりそんな答えを返す。


「彼女は結構長続きした方だよな?何ヶ月?」

「そうだなあ。たしか四ヶ月くらい、かな?でも、合間に春休み入ってるからなあ」

「休みの間に会ったりしなかったの?」

「この春はおれが家の方で忙しくてさ。ほぼ日本にいなかったし」

「まさかの海外か!どこ行ってたんだ?」

「ニューヨーク。ひたすら親父の仕事の手伝いだよ」

「セレブは言うことが違うねえ」


ニヤニヤ笑っていた滝川先輩だったが、わたしの顔を見て、話について行けてないことに気付いてくれたらしい。不思議そうに首をかしげる。


「あれ、なんか中原が固まってるぞ?」

「本当だ。おい、中原?どした?」


ひらひらと目の前で手を振られて、わたしは1つ大きく息を吐いた。

「もう、ツッコミ所が満載過ぎて、どこから突っ込んで良いか分かんないです……!」


心からの叫びだったが、残念なことに、結城先輩には通じなかったらしい。


「ツッコミ所?」

どこだ?とでも言わんばかりの結城先輩である。普段察しが良いくせに、何故こういうところが通じないんだ。


 幸い、通じなかったのは結城先輩だけで、滝川先輩は面白そうにわたしをうながした。

「いいよ、いいよ。結城が答えにくいこともおれが全部答えてやろう」

さあどうぞ、とにこやかな滝川先輩。この人も、生徒会に入ってるだけあって、曲者だよなあ。まあ、何でも聞いて良いと言われたからには、本当に聞いちゃうけど。


「結城先輩の彼女サイクルってそんなに短いんですか?」

「そこからかよ!ていうか、彼女サイクルって何だ。サイクルなんかねえよ!」

「うん、短いよー」


盛大に食ってかかる結城先輩を無視して、滝川先輩が言い放つ。そんな先輩の台詞に、結城先輩ががっくりとうなだれた。あら、結城先輩がやられるなんて珍しい。


「滝川……」

「まあ、見てもわかるだろうけど、結城はモテるからさー。別れてもすぐ彼女ができちゃうわけ。でも、全然長続きしなくて、だいたい平均して2ヶ月ってとこじゃない?」

「そりゃあまた」

「羨ましい限りだよなあ。まさに、取っ替え引っ替えって感じだぜ?」

若干悪意の籠もった滝川先輩の台詞に、わたしの視線が冷たくなったのを感じたんだろう。結城先輩は、慌てて身を乗り出してきた。


「いや、取っ替え引っ替えなんてしてないって!長続きは確かにしてないけど、おれが振られる回数も多いし」

「先輩が、振られる?」


なんだその、夏に雪が降ってきました、みたいな台詞は。


「振られるんだって。本当に」

「あ、それは本当らしいよ?告白されて、付き合って、振られるまでが、結城の様式美らしいから」

「様式美て……」

そこはもう、苦笑するしかない。それにしても、告白されて付き合ってるのに振られるって、不思議だなあ。


「ちなみに、要因について自覚あります?」

「おお、中原。突っ込むねえ」

「だって、そう言われたら気になるじゃないですか。普通、女子から告白って勇気がいるんですよ?なのに、そうやって頑張った結果付き合った彼氏を自分から振るって不思議な気がするんですよねー」

「要因ねえ。おれ自身もよく分かってないんだよな……」


「なるほど。自覚がないから、繰り返すんですね」


何も考えないで言った言葉は、見事にクリティカルヒットだった。目に見えて、結城先輩が落ち込んでる。

「あー、今のはきっついわ、中原」

「……すいません、わたしも言ってからそう思いました」


えーと、話題を変えよう!そうしよう!

「ところで、先輩のお父さんの手伝いって、どんなお仕事されてるんですか?」

わざとらしく、別の話題を持ち出す。こっちもさっき突っ込みたかった話題ではあるんだよね。


「知らないの?中原。こいつ、結城グループの御曹司だぜ?」

不思議そうな顔をして、当然のように言ってのけた滝川先輩の台詞に、わたしは仰け反るほど驚いた。


「結城グループ?!あの、大財閥じゃないですか!!」

「いや、財閥はもうないけどな」

「建前なんて良いんですよ!戦前から続いている、名家でしょ?え、結城先輩ってそこのお坊ちゃんだったんですか?!」

「そうだよー。有名だと思ってたけど、知らない子もやっぱいるんだな。正真正銘、その名家の跡取り息子が、ここにいる結城遙斗君です」

はわあああ。名家の御曹司!


 「…………て、それを聞いて何故おれを拝む」


思わず柏手を打って拝礼したわたしを、結城先輩が胡乱な目で睨みつけた。ちなみに、滝川先輩はそんなわたしの行動にお腹を抱えて大笑いしている。


「え、いや、なんかご利益ありそうだなあって」

「何のだよ?」

「……金運?あ、いや、仕事運かな?」

「あるかっ!!」


華麗にわたしの頭上にチョップを食らわせた結城先輩は、続けて笑い続けている滝川先輩を蹴飛ばす。わたしも滝川先輩も、自業自得以外の何物でもない。


 だが、反省したわたしに大きくため息をついた後、何故か先輩は嬉しそうに破顔した。


「でもまあ、中原らしい反応だよな」


その飾り気のない素の笑顔に、わたしの心臓がどくりと跳ねる。

「可愛らしい反応できなくてすいませーん」

わたしは、自分の反応に目を塞いで、そんな風に返した。


 これは追及しちゃいけない。

 そんな心の声に従って、わたしは全力で見ない振りをした。

 それが正しかったかどうかは、わたしにもわからないけれど。

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