6.あり得ないだろ
さて、絶賛ピンチ中のわたしである。
目の前のギャル系お姉様たちは、何が何でもわたしを結城先輩から引き離す、という目をしている。はっきり言って誤解だが、わたしが誤解だと言ったところで敵認定は変わらないだろう。そして、こういう人たちは、敵に対して容赦がない。
さて、どうしたもんか。
撃退手段はいろいろあるけど、下手な手を打ちたくはない。相手は先輩だから、それほど実害はないかもしれないけど、こういうお姉様たちは噂という武器を持ってるからな。変な噂を流されて校内が居心地悪くなるのは困る。折角、目立たないように、穏やかな高校生活を送ろうとしているのに。
だが、実のところ、わたしはやや冷静さを欠いていた。
勿論、怖い先輩に囲まれて怯えていたから、ではない。
結城先輩に怒っていたからだ。
この状況、先輩が自分の失策を煙に巻くためにわたしを巻き込んだに過ぎない。要するにわたしはとばっちりだ。何だって、先輩の尻ぬぐいをわたしがしてやらなきゃならんのだ。しかも、自分の身を挺して。
そんな思いを込めて、わたしはぎらりと先輩を睨む。勿論一瞬だが、その瞬間、先輩の目が面白そうに細められたのは確認できた。
くそう、後できっちりとわたしを売り払った代金は取り立ててやる。
そう決意して、とりあえずは目の前のお姉様方に意識を集中する。
「ちょうど、手が空いたので買い出しに。この後まだ作業があるんで、他の人たちの分もまとめて買ってくるって話になったんです」
まずは、生徒会室には他にもいるんですよ、とアピール。二人っきりで仕事してて、仲良く並んで買い物に来たわけじゃありませんからね?
「結構残ってるので、人手も必要で」
じゃあなんでアンタ一人で来ないのよ?にも、きっちりフォロー。この二つを塞いどいたら、狙ってくるのは、多分。
「結城くんも手が空いてたのぉ?いつも忙しそうなのにぃ?」
ええ、そっちに来ますよね。にしても、この語尾をのばす喋り方、面と向かってされるとイラっとするな。
「えっと、確かに先輩は忙しいんですけど……」
予想通りの返しに、わたしは先輩をちらりと見やる。それだけで、この優秀な先輩はわたしの言いたいことが解るはずだ。さあ、狙い球来たんだから、ちゃんとフォローしてもらいましょうか。
「ああ、おれはちょっと息抜きに。女の子一人に買い出し行かせるなんて可哀想でしょ?」
にっこり笑顔のオプション付き。うん、わたしの意図通りに回収してってくれたのは有り難い。確かに有り難いんだけど、その台詞の白々しさったらない。
「えー!やっさしーい!」
勿論、お姉さまたちからはきゃあっと嬌声が上がる。その反応に、わたしは多分、呆れきった目をしていたことだろう。どうせ長い前髪に隠れて誰にも気づかれてないだろうが。
「そうだよー?おれ、優しい先輩だから」
「えー、やっだ、結城くん、カッコいい!」
「でしょー?褒め讃えてくれて構わないよー」
「結城くん、ステキー!」
「でも、結城くん、そんな優しくしていいのお?コーハイちゃん、カン違いしちゃうかもよお?」
「そーそー、なんか、マジメそうな子じゃん?そういう子ほどカン違いしやすいからあ」
お姉さまたちの発言は、なかなか突っ込みどころ満載だ。
ここは、あれだろうか。
お姉さまたちの発言に屈辱を感じて、唇をかみしめたり、傷ついて悲しげに目を伏せたりっていう、わたしが健気ヒロインを演じるところだろうか。普通の女子であれば、そういう反応が妥当かな。
え?わたし?
普段のわたしならば、これ幸いと「よ、用事を思い出しました!」って勝手に傷ついたふりしてダッシュでこの場を離脱、そのあとガッツポーズだ。こんな頭の悪い、安っぽい挑発で傷つくような繊細な心は持ち合わせていない。
そう、普段のわたしならば。
けど、一瞬ちらりと見上げた先輩の顔に、わたしは、頭も体も凍りついた。
何故って。
すっごく、怖かったからだ。
「えー、実はおれが優しい先輩じゃないってばらすの、止めろよー」
さっきと同じ調子で、冗談にしてしまう。そしてまた、中身のない頭の軽そうな会話ではしゃいでみせる。そこに、何の違和感もないように、見える。
でも、それはそう見えるだけだ。
だって、先輩の目に、笑みなんて砂粒一つ分も乗ってなかった。
絶対零度って、ああいうのを言うんだ。きっとそうだ。そうに違いない。
確信を持ったわたしの前で、お姉さまたちはご機嫌だ。
あり得ないだろ。
この先輩を前にして、どうしてはしゃげるのか、彼女たちの歓声が信じられない。
怖い。
マジで、怖い。
今すぐ逃げたい。
とんでもない冷気を放っている先輩が魔王のようで、ただ、無意識のうちに先輩から一歩、退いた。
そんなわたしの行動を、先輩が気付いた。
先輩だけが、気付いた。
その瞬間、先輩がすっと目を細めた。ほんの、一瞬だけ。
ああ、背筋が凍るって、こういうことを言うんだ。
場違いな感想が頭をよぎる。
その先輩の一瞬の表情は、筆舌に尽くしがたい。
お姉さま方に放っている冷気とは異質のものだけど、確かに身の危険を感じるような表情だった。
とりあえず、わたしはこの一歩で地雷を踏んだ。それだけは、分かった。
「あれ?結城くん?」
人も少ない食堂で騒いでいれば、当然目立つ。だから、そう声がかけられたことは不思議でもなんでもない。
振り返ってみれば、今度は二人組。しかし、やっぱり女子。わたし、今日は何て引きが良いんでしょう。うふふ。
「え、あ…っ、ミキと、三島さんじゃん」
言った瞬間、先輩の冷気がやや薄まった気がした。そして、呼びかけて来た人を見て、唐突に気付く。
もしかして、この人、先輩の彼女か!
冷気を引っ込めた上、どことなくバツが悪そうな表情の先輩に、確信する。きっとそうだ、この人が彼女さんだ。そういや、先輩も“ミキ”って呼び捨てだし。名前呼び捨ては、彼女だよね?ということは、だ。
今、この場での救世主だ!!
彼女さん(推定)は、物怖じすることなく、先輩に近づく。
「珍しいね、放課後にこんな所にいるの」
にっこり笑う姿が可愛い。ギャル系お姉さまたちとは正反対の、清楚系女子。大人しい目な感じが、癒されるわあ。恐怖の大魔王の前に泣きそうになっていたわたしの目には、女神にも等しい笑顔だ。
そんな彼女さん(推定)の登場に、肉食系お姉さまたちは若干引き気味。
あの反応ってことは、やっぱりアタリだろうな。こっちに喧嘩は売れない、けど負けを認めるのは悔しい、ってありありと顔に書いてある。さすがに彼女に喧嘩売ったらまずいからやらないけど、虎視眈々と隙は狙ってるって感じか。
わたしが先輩の人間関係を無駄に把握している前で、先輩は彼女さん(推定)と言葉を交わしている。ああ、魔王が人間に戻っていってる……。愛の力は偉大だなあ。
あ、彼女さんが一緒に帰ろうって誘ってる。うんうん、お願いだからその人、持って帰って!
て思ったのに、先輩、なぜか断りました。何でだ。明らかにしょんぼりしちゃったじゃないか、彼女さん。こんな可愛い人にそんな顔させちゃダメだよ、先輩。
「じゃ、買い出しして戻るぞ、中原」
良い感じに水を差されたその場を、先輩はそんな言葉で締めた。まあ、元々ジュース買いに来ただけだったけど、なんかすごい罪悪感……。
「え、と、良いんですか?」
思わずそう問い返したわたしを、先輩がにこりと見やる。余計なことを言うなって?はい、すいませんでしたー。
「…………じゃあ、メンバーが待ってると思うんで、戻ります……。えと、先輩方、失礼します」
とりあえず、混沌の場にそう挨拶だけ残して、わたしは先輩と並んで自販機に向かった。
ジュースを両手に持ちながら、生徒会室への帰り道。
「なあ、中原、あの状況をどう理解した?」
そう切り出してきた先輩に、わたしは躊躇いなく答える。
「結城先輩を狙う肉食系女子に喰われそうになった可哀想な後輩・中原と、それを可憐に救ってくれた、ちょう可愛い先輩の彼女さんとその友達、という状況かと思いましたが」
取り繕いもしないわたしの返答に、先輩が吹き出した。
「そこ、笑う所ですかね?ていうか、先輩、わたしを華麗に売っ払いましたよね?!あの可愛い彼女さんが来なかったら、すっごい面倒な場になってましたよね?わたしを巻き込むの、止めてもらえます?!」
言っているうちに憤慨してきたのだが、先輩はどこ吹く風だ。
「可愛い彼女さん、か。中原、ああいうのが好みか?」
「人の話聞いてます?!!」
拾う所、そこじゃないだろ!ていうか、好みってなんだ。色々おかしいだろ。と思ったが、ふと先輩の目に浮かんだ真摯な目に口をつぐむ。
「ちなみに、あれは彼女じゃないよ。元カノ」
静かに告げられた言葉に、わたしは続ける言葉を失う。青くなったわたしを憐れんでか、先輩はくすり、と笑った。
「そんな気まずそうな顔すんなって。もう2カ月は経ってるし、今では普通に友達やってるから」
穏やかな先輩の声は、吃驚するくらい大人に聞こえた。この人のこういう所、本当に敵わないよなあ。
話の接ぎ穂を失ったわたしたちは、そのままただ無言で生徒会室へ戻ったのだった。




